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「ではこちらへ」


 例大祭の祭事が行われる当日の早朝。

 彼の家の前に一台の高級感漂う車がゆっくりと停車する。

 ワンボックス車よりも少し大きいそれは、外装だけよくある高級車の皮を被った、皇宮関係者が使用する防弾仕様の重量装甲車であった。


 ツヅリは迎えに来たその高級車もどきの後部座席へと乗り込む。


 もう煮るなり焼くなり好きにしてくれというような心境だった。

 ちなみに今日のこの予定、流石にクルリアはついてきていない。

 当然である。もし彼女の姿を母上に見られでもしたら、面倒なことになるのは火を見るより明らかだった。


「ではこれから皇都に向かいます。皇都に入ってからは警備の都合上、後部座席の隔壁装置を作動させますのでご了承願います」

「分かりました」


 運転席と助手席に二人。後部三列目に二人。そして二列目のツヅリの両隣に一人ずつ。

 計六人のスーツ姿の警護役が彼を守るために同乗しており、三列目の二人に関しては自動小銃を両手にして携帯していた。

 ウィンカーの音だけが聞こえる、静まり返る車内。

 抜群の静音性のおかげでどことなく居心地が悪い。普段彼が乗っている廃車寸前のバンダッチは「静音」なんてものとは数年前にお別れをしているのである。


 ツヅリは目だけを動かして周囲を観察する。

 荒場にはそれなりに慣れているつもりのツヅリでもこういう守られる立場となると、妙な気分というか変な緊張感を覚えてしまう。

 車両が高速走行に移行し、身体にかかる負荷が上昇するのを感じた彼はちらりと窓の外を見やる。

 ……微妙な違和感。なんか雲がいつもより近いような気がする。

 まあそれもそのはずで、彼が乗っている車両は現在空中を飛行しており、高速道路上空を一般法定速度の三倍の速度で移動していた。

 トバリにおいては政府専用車などの緊急車両は高速道路上空において飛行することが認められている。当然ながらそれは、今彼が乗っている車両も例外ではない。


 何時間経過しただろうか。


 ふと気付けば。

 ツヅリが座っている席を含む車両後方。

 妙な暗さを感じて目を開けた彼が見渡すと、車両内部、窓ガラスを含む四方が黒い金属プレートで覆われてしまっていた。

 明かりは天井のルームランプが照らすだけ薄暗さ。閉所恐怖症の人間ならば発狂していてもおかしくはない窮屈さ加減である。

 ───最初に言っていた隔壁装置か。

 ということは、もう皇都に入っているのだろう。隙を見せないよう起きているつもりだったのだが、随分と眠りこけてしまっていたらしい。


「到着いたしました。───どうぞ」

「ああ、ありがとうございます」


 ゆっくりと隔壁が上昇し、天井へと収納される。

 すっかり薄暗さに慣れた目が窓から差し込む明るい光に過敏に反応する。

 目が少しばかり痙攣するのを感じながら、開かれたドアからツヅリは外へと足を踏み出した。


「ようこそお越しくださいました。ツヅリさま」


 そこに立っていたのは何やら豪奢な神官服に身を包んだ女性であった。

 後ろには巫女のような恰好をした数人の女性。そしてそのさらに後ろには、見上げるほど大きい、荘厳な大鳥居。

 くすみのない美しい朱色に無意識に目を惹かれてしまう。


 この場所はツヅリもよく知っていた。

 ───出嶺手いずりょう市。

 円淀えんど市のある琥珀大島の隣に位置する、白樹島に存在する中枢都市。

 そのちょうど中心に位置する皇都「円外」の、そのさらに中心にある「白路大社」がこの場所の名称だ。

 ツヅリは奥にそびえ立つ真っ白な大樹を見据える。

 ここから見上げてもなお大きい、円周およそ二キロメートルという規格外の太さの幹を持つ大樹。その高さは蒼天に雲海を優に突き抜けるほど。

 ───「神樹」。

 誰もがそう呼び、誰もがあの下に祈りを捧げる。

 この白路大社はそんな、神樹である「大御神白銀樹」の根元に建立された国家総鎮守であった。


 後ろで車のドアが閉まる音、次いで走り去る音が聞こえた。

 挨拶もそこそこにツヅリは巫女さんたちに案内されるがままに大鳥居をくぐり、広い参道を歩いた先にある社務所へと案内される。

 

 外観は他の神社と比べてもかなり大きい。

 入ってすぐ、小壁に飾られた木彫りの龍が視界に入った。

 かなり大きな木彫りである。厳めしい顔つきがこちらを見下ろしている。それは鱗まで細かに彫られており、今にも動き出しそうな生命力を感じさせた。


「ではこれから、儀式用の装束に着替えさせていただきます」

「えーっと……一人で着れそうなら更衣室かどこかで着替えてきたいんですけど……」

「それはちょっと難しいかと。結構かさばってしまいますから。さ、こちらへ」


 なにやら姿見や化粧台、着物のような衣装が用意された大部屋に通された彼。

 神官服に身を包んだ女性に「さっそく」と言わんばかりに姿見の前へと移動させられると、有無を言わさず上着を脱がされる。


「ちょ!?」

「はーい。動かないでくださいねー」

「自分で脱げますから!」

「お身体を検める必要がありますから。それとお清めも」

「いやいや! あ、カバーは外さないで!」

「外しますよ。なんですか、刺青でもしてるんですか?」

「そうじゃないけどそうというか! とにかくこれはちょっと!」

「刺青ですか……それなら見せない方がいいですね。はい、下も脱ぎますよー」

「勘弁してください!」




(────これ、何て言うんだったかなぁ……)


 姿見に映る自分の姿から思わず目を逸らしたくなる。

 肩というか、全身がかなり重い。何だってこんな格好をしなくてはいけないのか。


 下着以外全部引っぺがされ、白い装束を着せられてお清めを受けて。

 なんでか知らないけれど大幣おおぬさで背中を何回も叩かれたし。あれってあんなにバシバシ叩くもんだっけ?

 そうしてまた元の部屋に連れてこられたと思ったら、今度は姿見の前に立たされて何を着させられたかと思えば……。


 「十二単衣」。

 彼が着せられたそれは間違いなく、そう呼ばれているものに違いなかった。

 しかしながらこの現物は資料で見るような煌びやかなものとは違い、黒と紫を基調とした落ち着いた色合いのものである。

 金色の蝶の刺繍が目を惹くデザインだ。

 着せられている最中、気づいた上であえて黙っていたようではあるが……。

 いや、言うタイミングがなかったのもあるだろう。


 最初の一枚目からおかしかったのだ。一枚目という表現が正しいのかも知らないけれど、僕のようなファッション弱者でも「あれ、これ女性ものじゃないか?」という違和感を感じざるを得なかった。

 そうしていざ完成してみればこれである。


「よくお似合いですよツヅリさま」

「……あの、今更言うのもあれなんですけど、間違えてませんか? 僕男なんですけど……これ女性用ですよね?」

「あら……言っておりませんでしたか? 今日の祭事───いえ御神事では、ツヅリさまには女性になっていただくのですよ」

「……え?」

「まあ女装していただくだけなので、そこまで難しいことはありません。すべて私どものほうで整えさせていただきますし」

「は?」


 なに言ってんだこのおばさん。


「───やっぱりお綺麗ですね~。こんなに顔立ちが整っているの羨ましいですよ~」

「はあ……そですか」


 その言葉、いま言われても全く喜べない。

 鏡台の前へと移動させられ、ご丁寧にもお化粧をしてもらっているこの状況。

 目の前に映る自分がどんどん見知らぬ顔に変わっていく過程を呆然と眺めながら。ツヅリは頬にパフを押し付けられ、口をあまり開かないようにしてそう答える。


 これが、屈辱という奴か?


「ところで……巫女さん、でいいんですよね?」

「私ですか? ええ、ここでお仕えさせていただいてる巫女ですよ」


 先ほどとはまた違う女性。

 厳かにウィッグの手直しを受けながらツヅリは鏡越しに、背後でコームを動かす巫女姿の女性に話しかける。

 ツヅリの頭にかぶせられた艶やかなロングヘアのウィッグ。光を吸い込まんばかりの黒色が特徴のそれは、なんでも人毛で作られているとかいないとか。

 髪飾りの煌びやかな銀細工がやけに映えている。


 彼の声に女性は手を止め、にこやかな笑顔で手元のコームを腰元に収めた。


「巫女さんたちは、今日の祭事についてなにかご存じだったりするんですか? もしなにか知ってたら教えてほしいんですけど……」


 彼にとって現状もっとも気がかりなこと。

 それは何を差し置いても、これから行われる祭事の内容に他ならない。

 たぶんこれから説明があるのだろうが、先んじて知っておきたい気持ちも当然ある。

 ツヅリのそんな質問に、巫女は少し困ったような表情をして答えた。


「残念ながら……私たちは御神事に臨む方の装いを整えるだけですから。内容についてはほとんど存じ上げないんです。それこそ「灯行役」というのがあることくらいしか……。申し訳ございません」

「いえいえ、すみません。変なことを聞きましたね」


 まあ、そういうこともあるか。

 考え込むツヅリは腕を組んで顎に右手をあてがう───が、化粧を施してもらったのを思い出してぱっと手を離した。

 そうそう、「崩れちゃうかもなのであまり触れないようにしてくださいね」と言われていたのだった。

 しかし、この感じだと神事に携わる人以外には情報が漏れないようにしてる可能性が高そうである。他の巫女に聞いても同じような答えが返ってきそうだな。


「ですがまあ、噂話程度でいいのなら……一つ噂になっていることならありますよ」

「……それは、どんな?」


 噂話かぁと一瞬聞き流そうとしたものの、この際だ。噂だろうがなんだろうが、聞いておいて損はないだろう。

 話を促された女性は、ツヅリの耳元に口を寄せて囁くように声のトーンを落とした。


「この御神事、毎年行われているのは知っていますよね?」

「そうですね。一応は」

「今回ツヅリさまも担われる灯行役。女性の方が担うのが例年の流れなのですが……その……毎年行方知れずになってしまうそうなんです」

「行方知れず?」

「はい。まあ……さっきも言った通り噂話程度のものなんですけどね。灯行役に行ったっきり、帰ってこないって。ご家族の方が泣き喚いているのを見た人がいるとかいないとかで」


 帰ってこない?

 そんな意味不明な話があるものだろうか……? そんなことがあったならニュースとか、世間の話題に上がってきそうなものだけれど。

 ……いや、つまり「やばい」ってことか?


「って、すみません。こんな話するもんじゃなかったですね。これからまさに行こうとしてるのに」

「ああ……いえ、ありがとうございます。なかなか興味深い話ですね」

「ツヅリ様は男性ですから、もしかしたら大丈夫かもしれませんけど……」

「安心してください。もし何かあっても心配されるようなことにはなりませんよ」

「ふふ、自信がおありなのですね」


 とはいえ所詮は噂話。

 憶測で何かを考えたとして、それがその通りじゃないなんてことは往々にしてある。

 ここは大人しく内容の説明をされるまで待っておくとしよう。考えるのはそれからでも遅くはないはずである。

 





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