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周囲の空気が焼けるような熱を帯びる。
「アダタラ様」とツヅリが呼ぶその女性はゴミを見るような目つきで不敵な笑みを浮かべた。
対するクルリアはパーカーのマフポケットに両手を突っ込んだ姿勢を崩さず、彼女を静かに睨み返す。
その様はまさに一触即発と言わんばかりである。
「──アダタラ、何をしているのです?」
その最中。
ツヅリたちの正面にスッと、一陣の風とともに一人の女性が姿を現した。
白い着物姿のその女性はアッシュグレイの髪をふわりとなびかせながら、糸目の澄ました表情でツヅリたちのもとへ歩み寄る。
彼女を見たアダタラは肩をすくめ、おどけたような顔を見せた。
「シラヒギ様。なんでもないですよ、おとうとクンを迎えに来ただけです」
「大分、気が溢れていましたよ。あまり神域を荒らさないように」
「気をつけま〜す」
「それと今しがた仙河月の者が訪ねてきました。相手をしてあげてください」
「またですか、しょうがないですね……。それじゃおとうとクンまたあとでね〜」
面倒そうな様子で手をひらひらとさせて踵を返すアダタラ。
彼女が去ろうとする間際。その横顔が見えなくなる最後の一瞬にジッと、彼女がクルリアを鋭い視線で睨みつけたように見えた。
「ツヅリ。久方ぶりですね」
「お久しぶりですシラヒギ様。ご無沙汰しておりました」
「そうですね。まあ……私からすればそこまで時間的経過はありませんが。今日はまた、式神に関することでいらしたのですか?」
「はい、あとそれと……」
ツヅリは直近で受けた依頼の時に、エネルギー切れもあって式神のストックをほとんどダメにしてしまったこと。
加えて二日前、アダタラ様が夢枕に立って朝までの数時間ずっとお小言を言われ続けたことを手短に説明する。
「……なるほど。そういえば急に糸が切れましたね」
「え? 糸?」
「なんでもありません。とはいえ分社などでは式神に込められる気もたかが知れていますから、耐久性が下がってしまうのも無理はありませんね。それと……アダタラにはあとでキツく言っておかなければならないようです」
「あー、それには及ばないです。あとが怖いので……」
「ふふふ。「あと」なんてないくらいみっちり絞り上げるので安心してください」
シラヒギは袖で口元を隠しながら微笑む。
「それではツヅリ、こちらの方へ。それと───そこのあなたも」
「なんじゃ、婆もか?」
ツヅリを奥に見える荘厳な社殿へと誘うシラヒギは、クルリアに対しても優しい口調で声を掛けた。
何となく居心地の悪そうな様子であったクルリアは声を掛けられると、少し驚きながらも怪訝な表情でシラヒギに問い返す。
「放置して好き勝手させるわけにも行きませんので」
「そうか。ならお言葉に甘えるとしよう」
「念のため言っておきますが、あまり邪気を散らさないようにお願いしますね。ここはそういう場所ではありませんので」
「安心せい。真っ只中で「はっする」するほどボケてはおらぬ。まあ、喧嘩を売られたら別じゃがの」
先導するシラヒギに連れられて、二人は社殿のほうへと歩いていく。
奥に見えていた社殿は、近づけば近づくほどにその大きさがはっきりと認識できるようになった。
それは円淀市中心部にある高層ビルにも匹敵する高さの建造物であり、使われている柱もおよそ複数人で囲わなければならないほど太いもの。
建物全体、横の長さだけでも五百メートル以上はあるように思える。
「以前来た時より賑やかな気がしますね。これも例大祭の?」
「ええ。そういえば……この時期に来るのは今日が初めてでしたか」
「そうなんですよ、この時期には来たことが無くて。かなり新鮮です」
「なら今日はゆっくりしていくといいでしょう。久しぶりに、貴方に会いたい者もいると思いますから」
巨大な社殿に辿り着いた一行は手を触れることもなく、ゆっくりと開かれた大きな門扉の向こうに足を踏み入れた。
入って正面にあったのは広間と、大きな階段。その先には閉め切られた絢爛な観音開きがあり、薄いカーテンのような幕が下ろされているのが分かる。
クルリアがぐるりと周囲を見回す。総じて、社殿内部はその外観よりさらに大きく広さがあるように思えた。
広間の中でシラヒギは一度手を叩く。パシンと軽い音が広間に響き渡ったかと思えば、彼らの正面に一枚の襖が現れた。
見た目はなんの変哲もない襖である。だが奇妙にも、それは支えすらなく空間に自立しており……そして驚く間もなくスーッと静かに開いた。
二人はその襖が開いた先の、茶室のような室内に通される。
ツヅリとクルリア、そしてシラヒギは対面する形で、促されるまま座卓を挟んで座布団に腰を下ろした。
「さて……。それではツヅリ、残っている式神を出してくれますか」
シラヒギに促されたツヅリは、座卓の上に大きめの桐の箱を置いた。
中には赤いクッションと十五枚ほどの式神が入っており、式神を取り出したシラヒギは手元で数枚をピラピラ眺めてから「ふう」と一息吐く。
「霊気がかなり少ないですね。充填してこれですか?」
「はい。一応、神棚の方で」
シラヒギが検分したそれらの式神にはエネルギーである霊気が一割ほどしか充填されておらず、「万全」とはまったくもって言い難い状態であった。
「いくら神棚とは言え、ここまで少ないわけがありません。なにかがおかしい……以前からこうですか」
「えーと……二、三か月ほど前からエネルギー切れが頻発するようにはなっていました」
「それなら早いうちに来てほしかったですね。ふむ……」
彼女はもう一度手元の式神を確認する。
式神の表面にはツヅリの幾何学術式が刻まれており、彼女は複雑に描かれたそれをなぞるように指を這わせた。
「神棚に何らかの問題があるのか、この式神に問題があるのかそれとも……。あとは、あなたの術に問題がある可能性もありますね? ツヅリ」
「否定はできないですけど……」
「ひとまず、式神を新しく千二百枚ほど用意しておきましょう。それで当分は事足りるはずです」
「ありがとうございます」
少し待っていてくださいと言い残して部屋から出て行ったシラヒギ。
彼女が襖を閉めたのを見計らって、クルリアは静かに口を開いた。
「……おぬしよ、婆はいま非常に怒っておる」
「はい」
座卓に肘をついて頬杖を突き、ツヅリの方に顔を向けるクルリア。
彼女の鋭い視線がトゲのように彼に突き刺さる。
「おぬし、婆に参拝しに行くだけだと言っておったな。それなのにどういうことじゃ?」
「いやほら……色々説明するのが面倒くさくて、つい……。なんか、仲悪い感じ?」
「悪い」
「あ、そうなんだ……ごめん……」
「ムスッ」とから「ぶすっ」とした表情に早変わりした彼女は指先で座卓を「とんとんとん」とゆっくり叩き始める。
目を閉じたまましばらくの間そうしていた彼女。
なんとも口を開きづらい空気感をツヅリが感じ始めたところで、彼女は「はあ」とため息をこぼして目を開いた。
「おぬしに悪意が無いのは判る。じゃから強く言うことはせぬが、少々こちらの事情も気にして欲しい。分かってくれるかの?」
「はい、気をつけます……」
「よし。ところでおぬし、ここにはよく来ておるのか?」
クルリアは上体を逸らして後ろ手を付き、開かれた縁側の外に目を向けながら尋ねる。
「そうだね。まあここ三か月くらいは全然来れてなかったんだけど」
「理解はしておったが、また大層なものと縁を結んでおるようじゃな」
「ホントありがたいよ。こんな僕にも生きていけるだけの力を与えてくれるんだから」
「ふむ」
底まで透き通った池に、泳ぎ回る鯉がチャプンと波紋を広げた。
木々と草花が生い茂る綺麗に手入れをされた中庭を眺めていた彼女は、不意に差し込んできた太陽の光に少しだけ目を細める。
「まあ……せいぜい食い物にされぬよう気を付けるがよい」
「その言葉、クルーに言われたくはないなぁ」
「そうか? 婆のほうがまだマシかもしれぬぞ?」
どこか含みがあるような彼女の言葉にツヅリが質問を投げかけようとしたその時、部屋の襖がスーッと静かな音を立てながら開いた。




