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回想1
日が暮れる前に寮に戻らなくてはならないのに、その日は妙に散歩が終わるのが名残惜しかった。
「ねえメリー」
「どうしたの、リナリア」
草木の香りが濃い。辺りには二人の靴音だけが響く。
「メリーは、誰かと一緒にいて、二人でどこかへ逃げ去りたい気持ちになったことある?」
「なあにそれ、それも神話の話?」
「んー……ふふ、そんなところ」
リナリアは滑らかな髪を風に揺らして微笑んだ。
「ないかなあ。なんで逃げる必要があるの? それより一緒に帰ってお菓子を食べたいよ」
「あはは、メリーらしい」
「リナリアはあるの?」
可愛らしく首を振るリナリア。
「ないと思ってた。でもちょっとだけ、気持ちがわかったの」
「逃げたくなる気持ちが?」
「うん。好きな人とね」
呟いて、足が止まった。空いた距離をメリッサが不思議そうに振り返る。
「帰るの、やだな」
「リナリアー? 何か言った?」
「ううんっ」
たちまち歩調が元に戻る。沈みかけた夕陽が二人の帰路を静かに照らしていた。