その7
メリッサはじっと固まって動かなかった。
「ただの勘。もし大事な人の居場所がわからなくなったのなら、わたしなら一目散に探しに行くって思っただけで。怪しげな旅人なんかには付き合わずにね」
モニカはルイーズの手を取って囁いた。
「わたしに駆け寄ってくれたルイーズを見て、ふとそう思ったの」
メリッサが唇を震わせる。
「まいったな……私、嘘つくのへただから」
「知ってるのね」
「昨夜、リナリアに泣きつかれたんだ。祝祭にはどうしても出られないって」
取り乱すリナリアを宥めるも、詳しい事情はわからなかった。
とりあえず今は、寮の自室に彼女を匿っているという。
「リナリアが、聖歌隊がどうなってるか心配してたから……様子を見に行こうとしてた時に、君たちに声をかけられたんだ」
メリッサと礼拝堂の近くで鉢合わせたことを思い出す。
「先生のところへ行くって言われた時は焦ったよ。でも私、誤魔化したりするの苦手だし、ずっと隠しておける気がしなかった」
メリッサは、モニカの正面、ベンチの前にうずくまった。
「リナリアが何に悩んでいるのか、これからどうしたらいいのか、わからなくて。誰かに話を聞いて欲しかったけど、誰にも言えないし」
「わたし達になら話してもいいと?」
「手伝うって言われて嬉しかったし、今日だけ訪れた旅の人なら、いいと思ったんだ」
顔を上げて、ぎこちなく笑みを作る。
「聞いてくれてありがとう。まさかリナリアにそんな事情があったなんて、推理してくれたことも」
モニカは背筋を正し、厳かに言葉を紡いだ。
「ありがとう、話してくれて。あなたの言う通り、ずっと隠しておける事ではないと思う」
「リナリア、どうなっちゃうの? 罪にはならないよね?」
「それを決めるのは、わたし達じゃない。もう一度、教員室に行きましょう」
他人の名を騙り、身分を偽って入学した少女。
その背景に何があったのだろうか。
「リナリアが言ってたんだ。一番こわいのは、女神様に見放されることだって」
今ならわかるよ、ずっと罪悪感を抱えていたんだねとメリッサは手指を祈りの形に組み合わせた。
メリッサだけが知っている。
雷の鳴る夜は、リナリアが一人では眠れないことを。
眠れない夜は彼女がこっそりメリッサのベッドに潜り込みに来ていたことも。
「女神様が怒っているように聞こえるの」
雷の音が響くたび、リナリアは両耳に手のひらを強く当てて縮こまった。
メリッサの手が震える背中をゆっくりと撫でる。
「きっと、私のことを怒っているんだわ」
「どうして? リナリアに怒られるようなことなんてないじゃないか」
「ううん、あるの」
弱音を吐く彼女は、普段の明るい印象とはまるで違って見えた。
私しか知らない顔なのかな。
そうだったらいいな。
そう思って満足していた己を、メリッサは後悔した。
「私、リナリアの苦しみにちゃんと向き合えてなかったんだ」