その5
リナリアが聖歌隊に戻っているかも、という期待はあっさり砕かれた。
修道服に身を包んだ聖歌隊の少女たちは、準備で慌ただしそうにしており、急遽代役を立てた、とだけ教えてくれた。
「リナリア、どこに行ったんですか」
「さあ、わかりませんわ。祝祭は問題なく行われるから心配するなと先生は言っておりました」
忙しいのだから早くお帰りになってと上級生に追い返されて、それ以上のことは聞けなかった。
「貴族のご令嬢が姿をくらましたというのに、なんというか、あんまりなものね」
「学生はみな、自分の事で手一杯なのでしょう。教師に話を聞いてみては?」
「せ、先生はダメだよ」
メリッサが慌てた。
「ピエリス女学院の規則はすごく厳しいんだよ。リナリアが何かの罰なんてことになったら」
「そうも言ってる場合じゃないでしょう?」
「う、うーん、そう、だけど……先生は苦手なんだよ。いつも小言を言われてるし」
叱られた子犬のようにしゅんと身を縮こませて俯くメリッサ。
「今更だけど、あなたも聖少女として学業に励んでいるのよね。あんまりそんな感じがしないわ……」
「勉強は難しいし、信仰とか歴史とか、よくわかんないよ」
堂々とした物言いに、モニカはがっくりと首を垂れた。
「リナリアに借りた本は面白かったけどね。女神さまの冒険譚って感じで」
「彼女のお気に入りの本、だっけ」
「そうそう、一冊しかない大事な本を貸してくれたのも嬉しかったな」
ふと、ルイーズの表情が変わった。
「それは……貴族のご令嬢が、唯一持っていた本、なのですよね」
「うん。子供の頃から肌身離さず持ってるんだって。本はその一冊しか持ってなかったから、何度も何度も読み返して」
「なあにルイーズ、それがどうかしたの?」
普段の涼しい顔が怪訝そうに眉を顰めているのを見て、モニカが尋ねる。
「いえ……貴族のご出身の方が、幼少期に本を一冊しか持っていないということがあるのでしょうか」
「あ」
たしかに名門の貴族の屋敷に書物が一冊しかないのは不自然だ。
子供が読める本、という条件に限定したとしても、たった一冊だけというのは極端ではないか。
「えっと……どういうこと?」
「あくまで私の推測ですが」
ルイーズは小さく息を吸い込んだ。
「リナリア様は、もしかしたら身分を偽っているのかもしれません」
「ええっ!?」
メリッサが素っ頓狂な声を上げてのけぞる。
「貴女にも心当たりがあるのでは? 彼女、他にも貴族らしくない行動をしていたようですし」
「……あ、泉にハンカチが落ちた時……」
躊躇わず裸足になり泉へ駆けていったというのも、礼節を身に着けた貴族が咄嗟に出る行動としては変だ。
「じゃあ、褒められてヒステリックになったのも」
「身分を偽る嘘を普段から身に纏っていたのだとしたら、感情が不安定になるのも頷けます」
信じられない、とメリッサは大きく息を吐き出した。
「身分を騙るなんて重罪じゃないか。どうしてそんな事を」
「あくまでまだ、ルイーズの推論よ」
モニカはそっとメリッサの肩を叩いた。
「とりあえず教師のところへ連れて行って頂戴。話を聞いてみましょう」