その4
リナリアとメリッサは、ピエリス女学院で出会い知り合った。
二人は現在一年生で、入学して半年になるという。
入学当初から、リナリアの人気は凄まじかったらしい。
名門の家柄に、愛らしい美貌。それでいて飾らない素直な性格で、多くの女学生を虜にした。
彼女と特別な仲になりたいと願う学生たちは、牽制し合い探り合い、いつの間にかリナリアの周囲に不可侵の結界を生んだ。
すなわち、彼女に想いを寄せる者たちの間に「私のものにならなくていいから誰のものにもならないで」という共通認識が生まれたらしい。
そんな不可侵の結界を破ったのがメリッサだった。
「妬みとか買わなかったの?」
「んー、どうだったかなあ」
メリッサの鈍感な性格と、恋愛とは無縁そうな浮世離れした雰囲気もあり。
リナリアのファン達の中では「なんかあいつはいいか変人だし」のポジションに落ち着いたらしい。
要は警戒されるまでもなく舐められているのかもしれないが、メリッサが気にする様子もなく。
「休みの日は二人で一緒に過ごすことが多かったな。寮で読書したり、森を散歩したり」
リナリアは神話の本を好み、よく読んでいたという。
特に好きなのが女神ピエリスの神話で、幼少期に唯一持っていた本は、繰り返し読んだ宝物だと。
「だからかな、リナリアは女神様への信仰心が強くて。礼拝も欠かさず行ってたよ」
「なら、なおさら不思議。どうして祝祭の主役って時に姿が見えないんでしょう」
「わかんない……主役に決まった時は、すごく嬉しそうだったのに」
聖歌隊の主役は学院内の支持で決まる。
歴代最多といっても過言ではない支持を獲得し、リナリアは選ばれた。
「すごく名誉なことなんだよ。私も自分のことのように嬉しかった」
メリッサは拳を強く握り締めた。
「本当にいい子なんだよ。リナリア。とくに印象に残ってるのは、散歩中、私のハンカチが風に吹かれて泉に落ちちゃった時」
水面に落ちた布を追って、リナリアはすかさず靴下ごと靴を脱ぎ捨てた。
そして、躊躇いなくスカートの裾を捲って、白い足をじゃぶじゃぶと水に沈めていったという。
「貴族のご令嬢なんだよ? そんな子が、私のハンカチ一枚のためにそこまでしてくれるのかって。びっくりしたし、嬉しかった」
「わ、すごい。女の子が人前で裸足になるなんて貴族じゃなくても珍しいね」
驚くモニカの隣で、ルイーズがぽつりと呟いた。
「リナリア様は、主役に決まって嬉しそうだったと仰いましたよね。それなら、祝祭に出たいはずでは?」
「まあ、それはそうよね」
「姿をくらましているのは、ほんとうに彼女の意思でしょうか」
「どういうこと?」
「例えば、何らかの悪意に巻き込まれているとか」
メリッサがベンチから勢いよく立ち上がった。
「それって、リナリアが誰かに連れ去られたってこと!?」
今にも走り出しそうな姿勢を取るも、はっと思いとどまった様子で立ったり座ったりを繰り返す。
「ああ、うん……でもどうだろう」
「何がよ」
「リナリア、ある日からちょっとだけ、主役を務めるのに後ろ向きになってたような気も」
モニカがゆっくりとメリッサの背を摩る。
「落ち着いて思い出して。本当は主役をやりたくなかったってこと?」
「単に緊張してるだけかと思って、気にしてなかったけど……まさか、本気で悩んでたのかな」
メリッサが口を開いては閉じる。言うまいか迷っているらしい。
見守っていると、やがてぽつりと言葉が響いた。
「リナリアは……奇跡の聖少女なんて呼ばれてるけど。たまにすごく卑屈になる時があるんだ」
秘密を喋る子供のように、俯いて小さくメリッサは話す。
「普段は明るいのに、ときどき影が差す、っていうか」
「彼女……何かに悩んでいたの?」
「たぶん。それが何かはわからないけど」
リナリアが教師に褒められているのを見た直後に、何気なく、「リナリアはすごいね」と褒めた時のこと。
不意にリナリアは怯えたような表情になり、「私はそんなんじゃない」と叫んだらしい。
「その後すぐ、大声を出してごめんなさい、って謝ってくれたけど。あの時のリナリアは何かに追いつめられてるみたいだった」
「うーん……それじゃ、自らの意思で行方をくらました可能性もあるわけか」
「ねえ、リナリア、何があったのかな」
メリッサが悲しげに眉を下げる。モニカは視線でルイーズに縋った。
「聖歌隊を尋ねてみましょうか。案外、彼女も戻っているかもしれません」