表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

その4

 リナリアとメリッサは、ピエリス女学院で出会い知り合った。

 二人は現在一年生で、入学して半年になるという。


 入学当初から、リナリアの人気は凄まじかったらしい。

 名門の家柄に、愛らしい美貌。それでいて飾らない素直な性格で、多くの女学生を虜にした。


 彼女と特別な仲になりたいと願う学生たちは、牽制し合い探り合い、いつの間にかリナリアの周囲に不可侵の結界を生んだ。

 すなわち、彼女に想いを寄せる者たちの間に「私のものにならなくていいから誰のものにもならないで」という共通認識が生まれたらしい。

 そんな不可侵の結界を破ったのがメリッサだった。


「妬みとか買わなかったの?」

「んー、どうだったかなあ」


 メリッサの鈍感な性格と、恋愛とは無縁そうな浮世離れした雰囲気もあり。

 リナリアのファン達の中では「なんかあいつはいいか変人だし」のポジションに落ち着いたらしい。

 要は警戒されるまでもなく舐められているのかもしれないが、メリッサが気にする様子もなく。


「休みの日は二人で一緒に過ごすことが多かったな。寮で読書したり、森を散歩したり」


 リナリアは神話の本を好み、よく読んでいたという。

 特に好きなのが女神ピエリスの神話で、幼少期に唯一持っていた本は、繰り返し読んだ宝物だと。


「だからかな、リナリアは女神様への信仰心が強くて。礼拝も欠かさず行ってたよ」

「なら、なおさら不思議。どうして祝祭の主役って時に姿が見えないんでしょう」

「わかんない……主役に決まった時は、すごく嬉しそうだったのに」


 聖歌隊の主役(プリンシパル)は学院内の支持で決まる。

 歴代最多といっても過言ではない支持を獲得し、リナリアは選ばれた。


「すごく名誉なことなんだよ。私も自分のことのように嬉しかった」


 メリッサは拳を強く握り締めた。


「本当にいい子なんだよ。リナリア。とくに印象に残ってるのは、散歩中、私のハンカチが風に吹かれて泉に落ちちゃった時」


 水面に落ちた布を追って、リナリアはすかさず靴下ごと靴を脱ぎ捨てた。

 そして、躊躇いなくスカートの裾を捲って、白い足をじゃぶじゃぶと水に沈めていったという。


「貴族のご令嬢なんだよ? そんな子が、私のハンカチ一枚のためにそこまでしてくれるのかって。びっくりしたし、嬉しかった」

「わ、すごい。女の子が人前で裸足になるなんて貴族じゃなくても珍しいね」


 驚くモニカの隣で、ルイーズがぽつりと呟いた。


「リナリア様は、主役に決まって嬉しそうだったと仰いましたよね。それなら、祝祭に出たいはずでは?」

「まあ、それはそうよね」

「姿をくらましているのは、ほんとうに彼女の意思でしょうか」

「どういうこと?」

「例えば、何らかの悪意に巻き込まれているとか」


 メリッサがベンチから勢いよく立ち上がった。


「それって、リナリアが誰かに連れ去られたってこと!?」


 今にも走り出しそうな姿勢を取るも、はっと思いとどまった様子で立ったり座ったりを繰り返す。


「ああ、うん……でもどうだろう」

「何がよ」

「リナリア、ある日からちょっとだけ、主役を務めるのに後ろ向きになってたような気も」


 モニカがゆっくりとメリッサの背を摩る。


「落ち着いて思い出して。本当は主役をやりたくなかったってこと?」

「単に緊張してるだけかと思って、気にしてなかったけど……まさか、本気で悩んでたのかな」


 メリッサが口を開いては閉じる。言うまいか迷っているらしい。

 見守っていると、やがてぽつりと言葉が響いた。


「リナリアは……奇跡の聖少女なんて呼ばれてるけど。たまにすごく卑屈になる時があるんだ」


 秘密を喋る子供のように、俯いて小さくメリッサは話す。


「普段は明るいのに、ときどき影が差す、っていうか」

「彼女……何かに悩んでいたの?」

「たぶん。それが何かはわからないけど」


 リナリアが教師に褒められているのを見た直後に、何気なく、「リナリアはすごいね」と褒めた時のこと。

 不意にリナリアは怯えたような表情になり、「私はそんなんじゃない」と叫んだらしい。


「その後すぐ、大声を出してごめんなさい、って謝ってくれたけど。あの時のリナリアは何かに追いつめられてるみたいだった」

「うーん……それじゃ、自らの意思で行方をくらました可能性もあるわけか」

「ねえ、リナリア、何があったのかな」


 メリッサが悲しげに眉を下げる。モニカは視線でルイーズに縋った。


「聖歌隊を尋ねてみましょうか。案外、彼女も戻っているかもしれません」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ