その3
礼拝堂を出ると、庭園からこちらに向かって歩いてくる女学生がいた。
声をかけてみると、彼女はあっさりこう言った。
「リナリア? それなら私の友人だよ」
豊かなショートボブの表面が屋外の風に揺られ、寝癖のように乱れている。
他の女学生と同じく膝下まであるワンピースの制服を着ていた。
胸元には金の刺繍があり、「メリッサ」と読める。それが彼女の名前なのだろう。
「話を聞けそうな人、まさかの一発で大当たりね」
「旅の人、だよね? リナリアのことを知ってるの?」
メリッサの目にわずかに不審の色が浮かんでいる。
どう答えたものかとモニカが迷っていると、ルイーズが一歩、前に出た。
「祝祭の主役だと聞いたので、存じております。なんでも、奇跡の聖少女だとか」
先ほど噂に聞いたばかりの情報を伝えているだけなのだが、なるほどねとモニカは感心する。
メリッサの表情は一気に明るくなった。
「そう、そうなんだよ。リナリアはすごいんだ。優しいし、めちゃくちゃ可愛いし」
「べた褒めなのね」
「もちろん。奇跡の聖少女って呼ばれるのも納得だよ。今どき信仰心も厚いし。あと、色々な人に慕われてて」
「今どき……かあ」
モニカは眉をひそめる。
そういえば礼拝堂にいた少女も顔が真っ赤になっていたっけ。
あれは聖少女様への思慕だったんじゃないかと、今思うとそう感じる。
「主役に選ばれて当然の人だったってわけか」
「うん。午後は私も歌を聴きに行く予定だよ」
その柔らかい微笑みを見るに、彼女は何も知らないのではないかと思った。
当の主役が行方知れずとなっていることについて。
モニカがおずおずとその噂について告げると、メリッサは驚いて固まった。
「リナリアが? ああ……でも、昨夜は少し、様子が変だったかも……」
「どんなふうに?」
尋ねるモニカ。野次馬的な好奇心も多少芽生えていた。
しばらくシーツに伏せる日々が続いていたから、外出先の出来事を楽しめるだけ楽しんでもいいじゃない、と己に言い訳する。
「思い詰めたような顔で、こう言ってたんだ。『私なんかが、女神さまに顔向けできない』って」
「ええ!?」
「そんなことないよ、どうしたの、リナリアはいい子だよって言って、その日はお互い部屋に戻ったんだけど」
メリッサは顔を曇らせる。
「たしかに今日は姿を見てないんだ。リナリアに、何があったんだろう」
「『女神さまに顔向けできない』、か……」
気になる。どうしてそんな事を思ったんだろう。
それが今日、聖歌隊にも友人の前にも現れない理由と関係あるんだろうか。
「私、リナリアを探すよ」
メリッサが今にも駆け出しそうに背を向けたので、モニカは慌てて呼び止める。
「待ってよ。心当たりはあるの?」
「わからないけど、学舎を片っ端から当たってみる」
「片っ端からって……こんな広い場所を」
どうやらメリッサという少女は頭よりも身体が先に動くタイプらしい。
「よろしければ、私たちもお手伝いします」
「ルイーズ?」
お嬢様が興味津々のようなので、と小さくモニカに耳打ちする。
見透かされていたことにモニカは気まずそうにフードの裾を弄った。
「まずはリナリアという少女のことを、もっと詳しく教えていただけませんか」
「そう……だね。旅の人だからこそ話せることもあるもんね」
裏庭で話そう、とメリッサが振り返らずに歩いていく。