その10
わたしはモニカ。祝祭のために遠出して、いまは旅行疲れのためにソファでぐったりしている。
「モニカお嬢様。お茶が入りましたよ」
「ん……ありがとう」
「あら、またその手紙を眺めていらしたのですか」
ピエリス女学院の校章で印が押された封筒にルイーズが目を止める。
花模様のレターセットに几帳面な字で書き込まれた文章を見て、心が温かくなる。
「だってお手紙なんて久しぶりだもの。何度読んでも元気が湧いてくるし」
「お身体の調子が良いのは何よりです」
ルイーズの顔に微笑が浮かんでいる。笑ってるの珍しい。
わたしもつられて微笑むと、ティーカップに口をつけて再度手紙を読み返し始めた。
ピエリス様
先日は大変お世話になりました。あれから日々、礼拝堂に通い感謝を込めて祈りを捧げております。
以前の私は懺悔ばかりでございました。こうして晴れやかな気持ちで祈ることが出来る日が来るなんて、夢にも思っておりませんでした。
礼拝堂に捧げたこのお手紙が、ピエリス様のお手元に届くことを願います。
お恥ずかしながら、私はまだ「リナリア」の名を名乗っております。
「なりすまし」の件がなるべく騒ぎにならないように、侯爵様がお取り計らいくださったのです。
そのため、私の唯一の友人以外は、私がほんとうの貴族出身ではないことを未だ知りません。
ですが、皆さまが私のことを聖少女と評価してくださるのなら、与えられた役割に恥じぬ、立派な淑女になりたいと。そう、気を引き締めております。
それから、あの日に捧げた聖歌について。思い出すと今でも顔から火が出そうになります。
ピエリス様が私の歌を聴きたいと仰って、寮の一室で歌いましたね。
緊張して、とても拙い歌唱だったと思います。それでも、ピエリス様もルイーズ様もメリッサさんも、たくさん褒めてくださいました。本当に嬉しかったです。
次は、礼拝堂で歌います。今回の件でご迷惑をおかけしてしまった聖歌隊の方々に、きちんとお詫びをしたうえで。
機会がありましたら、またぜひ、聖歌を聴きにいらしてください。
追伸:たったいま私が手紙のおわりに署名をしようとしたら、メリッサさんから「その名前、私以外に教えちゃうんだ」と拗ねられてしまいました。
どうやら私がメリッサさんの説得でなく、女神様のお言葉で吹っ切れたと思っているようなのです。
たしかに女神様には心から感謝をしております。
しかし、メリッサさんの存在にも、助けられているのも事実なのです。
私は彼女のことも、大切にしていきたいと思っています。
だから、彼女の可愛らしい我儘を聞いて。この手紙のおわりの署名はこう書きます。
リナリア・クレメンタイン 拝
「あーあ、惚気まで書いちゃって。ごちそうさま」
「モニカお嬢様、顔が緩んでいますよ」
「ふふ、あなたこそ」