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第3章 オマケ 美人妖精親子、イケメン寿司職人にポーっとなる! 

第3章 オマケ テニスの妖精「ホントのキモチ」


 日曜日のお昼、私はお母さんを誘って、お出かけした。

 お洋服は出がけにお母さんと相談して、ダークグレーの長袖のミニワンピに同色の細いベルト、帽子は黒のキャスケット、黒の短いソックスに黒のブーツにした。


「ちょっと地味かな?」

「いいんじゃないの? 似合ってるわよ。胸からウェストがキュって締まって、そこからミニの裾がフワっと広がってて、すごく可愛い。あなた脚長くて白くて綺麗ねー。これ、裕君もイチコロなんじゃないの?」って言ってくれた。


 二人で府中駅東側にある「緑寿司」に行く。割と立派なお寿司屋さんなんだな。


 入口の引き戸を開けて、女将さんに「予約していた吉崎です」って告げたら、「はい、ご予約の吉崎さまですー」って声が掛かって、職人さんから「らっしゃーい!」の声が響いた。

 あ、いた。一人、とんでもなく背が高いからすぐわかる。裕は、カウンターの中で包丁握って何か切ってる。黒いTシャツの上に白い和食コートを着て、同じく白い和帽子を被ってる。なんか凛々しいな。


「こちらのカウンターにどうぞ」って案内されて、お母さんと一緒にカウンターに座る。裕は、まだ気付かない。一心に包丁動かしてる。

 女将さんがお茶とおしぼりを持ってきてくれて、大将が「何にしましょうか?」と聞いてくる。そりゃそうよね。裕はバイトだもんね。だけど、そこでやっと私に気付いて、


「あ? ご予約の吉崎様って、お前かー? びっくりさせるなよ」って言ってきたので、

「『お前』って、失礼ね。今日はお客様なんだから、ちゃんとおもてなししなきゃだめでしょ?」って返したら、

「ああ、そうか。ごめん」って言った後、(あれ?)って顔してお母さんを見て、

「‥‥‥び、美人姉妹?」って聞いてきた。それ聞いたお母さんが、

「ずいぶんお上手ねー。だけど、お世辞でも嬉しいわよ」って言って、裕は、

「いや、姉妹か親子かどっちかなって思ったんですけど、迷ったなら『姉妹』って言っとけば間違いないかなって、はは。それじゃ美人親子ってことで」って軽口叩いてた。お母さんも笑ってた。


 そしたら、裕が、大将に、

「大将、今日、こちらのお客様は、僕がお出ししてよろしいでしょうか」って声を掛けて、大将も「お、そうか。じゃやってみろ。何? 誰? 彼女?」って肘をぐいぐいしながら水を向けてくれたんだけど、裕は、「いやー、まあ、はは」とかなんとか適当にごまかしてる。


 あんたね! ちゃんと言いなさいよ! まあ、確かにまだはっきりしてないんだけどさ。って思ったら、カウンターの右手の二人と、左手の二人のご婦人方が、私のことジトーって見てる‥‥‥。ひー、怖ーい。こ、これが裕の固定ファンなのね。このあとはなるべく大人しくしていよう。


 ひと仕事終えた裕が、真っ白いタオルで手を拭きながら、

「何をご注文です?」って聞いてくるので、

「中トロとウニとイクラを二巻ずつ。お母さんと分けるから」って言ったら、

「‥‥‥お前も、イカニモな、ぜいたく三種を注文するな‥‥‥」って言って、ご婦人方をチラ見するから、

「ちがうの。私とお母さん、好きなネタから食べるの。お腹空いてるうちに」って言ったら、裕は「ああ、そうか、そういうことか。ごめんな」って謝って、「じゃ、その三つも握るけど、今日はイワシがいいからまずそれからいきなよ」って、得意ネタをお勧めしてくれた。


「えー、そうか。じゃ握って貰おうかな」

「あと、アジもいいぞ。そしたらしめ鯖も握って光もの三種から始めようよ。お腹いっぱいにならないように一貫ずつにするから。お母さんもそれでいいですか?」って、いつもの爽やかな笑顔で聞いてきた。お母さんも頷いてる。裕、あんた商売上手ね。


 裕はネタケースからイワシを出して、指で開いて水道水で洗い、頭と一緒に骨をむいた。それから、まな板で背びれを離し、二つの切り身にしてから、手にお酢をつけてシャリを握る。ああ、背が高いけど、案外手は小さいのね。器用なのはそういうとこなのかしらね。そういえば漫画も上手だって言ってたもんね。

 裕は、白い手でシャリを握ってポンってやって、イワシを載せ、その上に生姜を擦って白ネギも載せ、

「はい、イワシ。お待ち」って言いながら、私とお母さんの笹の上に、綺麗な所作で「すっ」と一貫ずつ置いた。


 では、早速いただきまーす。パクっ‥‥‥そしたら、

「おいしー!」って、私、お母さんと顔見合わせちゃった。ネタがすごく新鮮、脂乗ってるのに、ちっとも生臭くない。シャリもふわっとパラっとしてて完璧。握り方も上手なんだ。イワシの握りってこんなに美味しかったんだ。全然知らなかった。裕、あんたプロになれるよ。寿司のプロ。って、そうか、バイトだけど既にプロなのか。だけど、あんた相当よ。相当美味しいわよ、これ。


 その後出てきたアジも鯖も、ぜいたく三種も、全部美味しかった。もしかして、裕が握ってくれるもんだから味覚がプラス補正されてる? チート? とも思ったけど、お母さんも「美味しい美味しい」って食べてたから本当に美味しいんだろう。

 裕は私たちの相手だけじゃなくて、例のご婦人方にも目を効かせて、冗談言って笑い取ったりしてる。気配りできる男じゃないのよ。かっこいいじゃないのよ。


 そのあと、赤貝と海老とアナゴを貰って、最後に裕のお勧めのトロたく巻を貰って〆にした。「うまいか、そうか。よかった」って、裕も嬉しそうだった。

 すごく沢山食べたような気がしたけど、二人で8000円くらいだった。もちろん安くはないけど、高級店ってほどでもないんだな。でもすごく美味しかった。


 お店からの出際、裕が、

「お母さん、今日はありがとうございました。是非またいらして下さい。僕、一生懸命握りますから」って、笑顔でお礼言ってた。こんな背の高いイケメンからそんなこと言われたら、そりゃ通うわよ。ポーっとなるわよ。って思ってたら、裕は、周りのご婦人方に聞こえないように、小さな声で、

「杏佳も今日はありがとな。びっくりしたけど、嬉しかった。そのワンピすごく似合ってるぞ。黒に白い脚が映えてとっても綺麗だ。また着て見せてくれ。じゃ、また金曜日にな」って言ってくれた。


 あーもう、ポーっとなっちゃうじゃないのよ。グニュグニュしちゃうじゃないのよ。だけど、あんた、ご婦人方みんなにそんなこと言ってるんじゃないでしょうね?


 ******


 案の定、お母さんは、お店出てからも、

「いい‥‥‥。すごいイケメン。背が高い。お寿司も美味しい。あれは相当ね‥‥‥」って言って、なんか上向いて恍惚となってる。

「ふふ、そうでしょ。だけど、見た目だけじゃないのよ。優しくて、誠実で、自分の考えをしっかり持ってる、すごくいい男なの」

「ふーん。そうなんだ。府中のどこにお住まいって言ってたっけ?」

「府中町の一丁目。教会の裏」

「へー、お屋敷街ね。お父さん何なさってるの?」

「弁護士だって言ってた。後継ぐんだって」

「え? ちょっと待って。弁護士の奈良先生?」

「知ってるの?」

「奈良先生、お父さんもお母さんもよく知ってるわよ」

「えー?」

「だってうちの病院のコンペにしょっちゅう参加してるもの。そのあとの宴会もね。髭のマッチョマンでね、すごく楽しい人よ」

「そ、そうだったのか‥‥‥」


「あれが奈良先生の息子さんなんだー。なるほどねえ。すごい長身でハンサム。性格もいいし家柄もいい。欠けたとこがないじゃない。私もお父さんも裕君なら何の文句もないわよ。うちは子供があなただけで後継ぎいないしね。いいんじゃない」

「もう、そういう生々しい話はやめてよ。裕はそんな男じゃないんだって。それにまだ彼氏ってわけでもないし‥‥‥」

「あれ? そうなの? なんか今日、彼氏紹介するみたいな話だと思ってたけど」

「だって、こないだ再会してからまだ1カ月もたってないのよ。裕だって私だって、もっとお互いよく知らなきゃだめでしょ?」

「ふーん。そうなんだ、まだ彼氏じゃないんだ。でも、そんなこと言ってぐずぐずしてると、あんないい男、誰かがかすめ取っちゃうわよ。気をつけなさい。ふふ」ってお母さんが茶化してきた。


 それ聞いて、私、

「うん。すごくもてそうだもんね。‥‥‥やっぱり、そう思う?」って答えながら、あれ? どうしたの。なんか私、下向いて、何? 裕が誰かのものになるって思っただけで、両手ぎゅっとして、口ゆがめて、顔くしゃくしゃにして、ポタポタって、泣いてる? 


 なんで? うー、止まんないよー。なんでー? うー、苦しいようー。


 そしたらお母さんが、慌てて、

「ああ、ごめん。ごめんね。冗談よ。冗談。杏ちゃんみたいな可愛い子ほかにいないから大丈夫よ。ははは」って、なんか下手なフォロー入れてくれたけど、私、思わず、


「誰にも渡さないんだから! 裕は私のものなんだからっ!」


 って、涙目でお母さん見て、はっきり言っちゃった。私、自分でもここまでって気づいてなかった。そうなんだ、そうだったんだ。


「え? でもさっき彼氏じゃないって‥‥‥」って、お母さん戸惑ってたけど、私、やっと自分で理解できたから、曖昧じゃない、すっきりした気持ちで、

「ありがと。お母さん。背中押して貰ったわ。今決めた! 裕を私の彼氏にする。きっとするわ!」って両手広げて空見上げて宣言しちゃった。

 青空ならよかったのに、どんよりした曇り空だったけど。


「そう。いいじゃない。頑張りなさいね。応援するわ。‥‥‥まあ、それはそうと、お寿司美味しかったから、私きっと通うわよ。お友達も連れて」

「また、ご婦人方が裕の思惑通りになってる‥‥‥」

「なんだ、誘っても来ないの?」

「ふん。私もお供するわよ。またイワシ食べよう」


 

 だけど、裕の気持ちはまだ分からないわよね。「ツンデレの鬼コーチ」くらいにしか思ってないかもよね。


 こんな、私だけ気持ち決めて、もし空振りだったらどうしたらいいの?


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