第3章 第2話
~ 裕が杏佳から誕生日のプレゼントに最新のブイコアを貰い、練習を始める ~
3 準備体操を終えて、杏佳が「それじゃ、軽くアップするよ。ラリーからね」って言って、僕たちはコートの両サイドに散った。
僕がR22を持ち、エンドライン上に立ったところで、杏佳はカゴを置いて、「じゃ、行くよー。フラットでねー」って球を出してくれる。一歩も動かず打ち返せる、丁寧な球出し。上手だ。
僕はフラットで打ち返し、それを杏佳がスピンで打ち返す。何球か往復したあと、「はーい、じゃスピン打ってー」って声が掛り、優しい球が返ってくる。僕は、この二週間壁打ちで練習したとおり、膝を落とし、少しだけグリップを厚くして、面を伏せ気味にし、伸ばしながら上に振り抜く。
ボールが途切れたところで、「すごーい。ブラボー! 裕、ちょっと見ない間にスピンが上手になったじゃないの。あれで十分よ」って、杏佳が感心して声を掛けてくる。
「はは、お前の言った通り練習しただけだよ。割とすぐに打てるようになった」
「グリップもちょっと厚くして、ワイパー気味に振ってる?」
「うん。スピンかけようとしているうちに、自然とそうなった。でも厚く握るのはほんの少しだけ。極端にやるとフラットとボレーに影響出そうだから」
「そうね。今はそれでいいわね。一つのこと覚えると、それまで出来てたほかのスキルのバランスが崩れるから、やるならちょっとずつよね」
「しかし、お前も上手だなー。さすが去年の東京女王だ。ミスなく全部返って来るから安心して打ち込める。しかも教え上手で、乗せるのも上手い。ホント、やってて楽しいよ。優秀な選手とコーチのハイブリッドだ」
「ふふ、嬉しいこと言ってくれるじゃない。だけどそれは裕が上手になったからだよ。あんた、デカいのに器用ねー。それじゃさ、ラケット替えてブイコアでやってみなよ」
僕は、金網にR22を立てて、替わりにブイコアを握って、少し振ってみる。
ちょっと軽くて細いけど気になるほどじゃない。330gくらいか? グリップが丸い。厚い握りを意識してるんだな。面はちょっと大きくなったけど、薄さは同じくらいで、あまり違和感はない。
「それじゃ、出すよー」って言って、杏佳が優しく球を出す。
僕は、R22と同じ感覚で並行にラケットを振り、ボールを押し出すように打つ。
「!」 なんだこれ!? 全然違う! ラケット面がボールを包み込み、ラケット全体がたわんで、その反作用でボールを「発射」する感覚。
ボールはネットを超えても失速せず、エンドライン付近でスッと滑り、杏佳は、「くっ」って言いながら、必死にブロックして返してくる。
僕は「スピン打つぞ!」と一声かけて、少し厚いにぎりで伏せたラケットをワイパーで打ち抜く。
おおっ、ガットがボールに「ガッ」っと嚙みついて、きついスピンをかけながら、また「発射」される。ネットのかなり上を通過したボールは、すぐに「キャッ」って落下して、サービスラインで弾み、大きく跳ね上がる。スピンかかり過ぎなんだ。短くなるんだ。チャンスボールになっちゃった。
杏佳が返球しながらネットに詰め、「ショートクロス抜いてみろ!」って声掛けてきた。僕が今まで打てなかった球だ。ボールの少し左側を擦り上げるようにクロスに打つと、小さな弧を描きながらサイドラインめがけて飛び、そしてネット付近でクッと急落下した。これは抜いたな。と思ったけど、ボールは白帯に「パチッ」って当たって、僕のコートにポトって落ちた。ああ、惜しい。
杏佳は、笑顔でネットに両手をかけて、
「惜しかったね。それ、どう?」って聞いてきた。
「すごいな、これ! パワーもスピンも段違いの高性能だ。驚いた。見た目あんまR22と変わんないのにな。ラケット自体が意志を持って、ボールを発射してる感じ」
「88インチが95インチになったんだから、スピン性能が上がるのは当然だけど、それだけじゃないわよ。中身もどんどん進化してる。もともと、こういう玄人好みの小さくて薄いラケットは、いつの時代もそんなに変化するもんじゃないんだけど、あんたの場合、間の10段階くらいの進化をすっ飛ばしてるから、そりゃカルチャーショックを受けるでしょうね」
「うん。ショックを受けた。これはもうR22には戻れないな。可愛い奴だったが、仕方ない。お役御免だ。だけど、ブイコアも、今のイメージでは少し飛び過ぎるし、スピンもかかり過ぎるな。さっきのショートクロスもイメージの中ではネット超えてたけど、スピンがきつくてネット前で落ちた。R22は、振ったら振った分のスピードと距離だったけど、これはラケット自体の助力が大きいから、そこの兼ね合いが難しいな」
「すぐ慣れてイメージと弾道が一致するようになるよ。さあ、アップはこのくらいにして、練習始めよう。ボレーもサーブも一通りね。全部ブイコアで!」
4 そのあと、ブイコアでボレー練習とサーブ練習を一通りやってみた。
ラケットが大きくなったこともあるけど、ボレーは格段に楽になった。強いボールが返るし、回転もかかってる。ラケットが勝手に球を弾き返してくれる。これ、ボールが飛んでくるとこにラケットをセットするだけ十分なんだな。
面が大きくなって、少し端っこに当たっても返ってくれるから、やっと追いついて飛びついたボレーもちゃんと返ってくれそう。ハーフボレーもラケットの面を合わせて置いとくだけで、ショートバウンドで「ポポンッ」ってきれいにネットを越えてくれる。いやー、これいいなー。
じゃ、サーブはどうかな?
僕はスッとトスをあげ、上体を反らせ、一瞬静止した直後に前傾しながら肘をボールにぶつけていく。遅れて出てきたラケットヘッドが、ボールの継ぎ目を撃ち抜く。「パンッ!」と乾いた音がしたのと同時に、センターのサービスラインの少し外側に砂が舞い、ボールはガシャンとフェンスに激突した。
「すっご、すっごいサーブ。前より速くなったんじゃないの。あんなのもはや危険な領域よ。当たったら『いたた』じゃ済まないわよ」 杏佳が目をまん丸にして驚く。
「速くなってるな。いつもの感覚で打ったらオーバーした。速いから引力に負けないんだ。もう少し叩き落す感じで打った方がいいな。ま、すぐ慣れるだろ。しかし、これ、すごいな。R22の頃は、なんか、手の平で打ってるような感じだったけど、これは飛び道具で弾丸発射してる感じだな」
「じゃ、次はトップスライス打ってみなよ。練習してたんでしょ」
「うん。やってみよう」 僕はそう言って、トスを少し外側にあげ、ボールの赤道よりも少し上を擦り上げるように振り抜く。練習通りだ、どうなるかな。
ボールは小さくスライドしながら、ネットを越えたところで「キャッ」と鋭く落下し、サイドラインをかすめて、ベンチに着弾した。
「お見事! 今すごく手前のサイドラインにかかったわよ。ネット越えて落ちるから、安定度は格段に上がるわよね。スライスは今後これ一本にして磨いた方がいいわよ」
「そうだな。今のでも十分相手はコート外に追い出されてるものな。これからは『スライス』と言ったらこれを指すことにしよう」
そしたら、杏佳が「それじゃさ。缶置いて練習しようよ」って言って、走って行って、サイドライン上にボールの缶を立てた。
「どっちが先に当てるか競争しよ!」
「うーん、フラットで直線的に狙うわけじゃないからなあ。かなり難しそうだが、やってみるか。お前はスピンサーブで打つんだな」
「そうよ。負けた方はアクエリ奢るのよ」
「おー、燃えてきた。負けねーぞ。勝負だ!」
と言って始めたものの、なかなか当たらない。やっぱり真っすぐ打つんじゃなくて、曲げながら落とすわけだから、点に合わせるのは困難だ。それでも、しばらく打っていたら、僕のは付近20㎝くらいのとこに着弾し始め、「これはそろそろか?」と思っていたところで、杏佳の打ったスピンサーブがボール缶の先端に「ポコン」って当たり、缶が倒れてコロコロとコート外に転がった。
「当たった! やった! 杏佳選手の勝利です!」って、両手挙げてぴょんぴょん跳ねて喜ぶので、
「お前というやつは、勝利優先で置きに行きやがって‥‥‥俺は本気で打ってたぞ」って負け惜しみ言ったら、杏佳は、
「ふんだ! 勝ったのは私よ。あんた一つも当たんなかったじゃない。見苦しいわよ」って、両手を腰に当てて胸張って、「フンッ」って鼻から息を吐いた。
「あー、負けたー! まーけーまーしーたっ! わたくしの負けですー」
「じゃ、あとでアクエリね。私レモンがいいな。半分こにしようよ」
「へい、了解。そうしますー」
五 練習の最後に杏佳と試合形式のゲームを行った。
「それじゃ、最後にゲームしようか。4ゲームマッチね。4ー0か3-1なら勝ち、2-2は引き分けね。要するに、お互い2回ずつサーブ打つってこと」
「よし、やろうやろう」
「だけど、普通にやってたら、あんた練習になんないでしょ。だから、裕のサービスゲームは私がコースと球種を指定するからそこに打つこと。あと、私のサーブは前に出てサービスライン手前から打つわよ」
「な、なにそれ? どんなハンデなんだよ。サーブのコース分かってたら全部取れるだろ? あと、お前、サービスラインから打ったら弾丸サーブじゃんか」
「だからそれでやろうって言ってるのよ。私、あんたのサーブなんか取れないわよ。返ってこないんじゃ練習になんないでしょ? それに私のサーブじゃ、リターンの練習にもなんないし、前から打たないとだめでしょ? じゃ、サーブ私からね」
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「それじゃー、打つよ」って、杏佳が向かいのコートのサービスライン付近から声を掛け、「パシッ」ってセンターにサーブを打ってきた。って、速っ、速い! ラケットに当てたものの、弾き飛ばされ、ボールは力なくネットにかかった。
「ものすごい弾丸サーブだぞ。そんなの取れねーよ」って抗議したら、
「大丈夫。必ず取れるようになるわよ。インハイや全日本なんてこんなレベルよ。食らいついてれば返せるようになるから、はやくこっちに昇ってきなさいよ」
「えー、そういうものなのかー?」と言いつつ簡単にサービスはキープされ、スコア1-0。今度は僕のサーブ。
「それじゃ、センターにフラットサーブ」って言うから、僕がその通り打ったら、おお、いいサーブが行ったぞ。と思ったら、もう杏佳がダブルハンドを用意して待ってて、ドカンとストレートにリターン。前に詰めようとしてた僕のはるか横をボールが突き抜け、リターンエース。
「うう、お見事。それ取れません‥‥‥」
「ほら、ボーっとしてないの! あんたいつも『サーブ返ってこないだろう』って油断してるでしょ? 返ってきて慌ててるようじゃ、所詮うすのろビッグマン止まりよ。インハイ出たら全部返ってくるつもりで、ちゃんとオープンコートにボレー送り込むこと。サービスエースは『取れたらラッキー』くらいでね」
「はい、ちびしいお言葉、ありがとうございます‥‥‥」
そんな感じで、ゲームは進行し、結局、
「ゲームセット&マッチバイ杏佳! スコア4-0」って言いながら、杏佳がネットに近づいて握手を求めてきた。僕は、杏佳の手を握って、
「参りました‥‥‥。あなたは強かったです。完敗です」って兜を脱いだら、
「最初はこれくらいがいいんじゃない? あんたもそのうち、ちょっとずつ私に近づくわよ。おほほー」とか高笑いしやがった。だから僕も、
「キーッ! 悔しいー! 私、この屈辱忘れないわー!」って返して、それから二人で顔見合わせて、あははって笑い合った。
6 ガコン。「ほい」「ありがと」
館内の自販機でアクエリのレモンを買って、二人で横のベンチに座って飲んだ。
杏佳は、「あー、身体動かした後は美味しいわねー。勝利の味だ。おほほ」って憎たらしいこと言いながら美味しそうに飲み、「はい、半分飲んだわよ。どうぞ」って渡してきた。
だけど、アクエリ持ってあっち向いて赤くなってるので、「なんだ。どうしたんだ?」って聞いたら、
「べ、べつに拭かなくてもいいからね‥‥‥」って消え入りそうな声で言ってきた。
「えー、それ、拭いちゃ嫌ってこと?」って聞き返したら、
「ち、ちがうわよ。バカ!」ってこっち向いて色をなして言うので、僕は、
「はは、素直じゃねーなー。そんな水臭い仲でもなし」って笑って、もちろん拭かずに「あー美味しいな」ってゴクゴク飲んだ。
杏佳は「ふふーん。そうでしょ?」ってご満悦顔で笑ってる。
「はい、三口くらい残しといたぞ。杏佳が勝ったんだからな。最後お前飲めよ。拭かなくていいぞ」って言いながら缶を渡すと、杏佳は、「えへへ」って笑いながら美味しそうに飲み干した。
そしたら、杏佳が、両手を腿の下に入れて、なんかおずおずと、
「そういえば、先週のお誕生日はどうしてたの? 私、先週も空いてたから、ラケット渡したり練習誘ったりしようかなって思ったんだけど、裕がきっと予定入ってるだろうなって思って、やめといたの‥‥‥」って、下向いて、ボソボソと聞いてきた。内股になってひざ下をパタパタしてる。
だから、「えー、別に何にもなかったから言ってくれればよかったのに。家で成人のお祝いしただけだったよ。成人って言ったって、お酒も飲めないし、なんか中途半端なんだけどな」って答えたら、杏佳の白くて綺麗な顔がパッと紅く花開いて、
「そうなんだ。家でお祝いしただけなんだ」って、僕に顔を向けて嬉しそうに言ってきた。
「そうだよ。え? なんかあるの?」
「ふふ、ないわよ。ふふ。この、この」
「おい、つつくなよ。ギャハハ。やめれー!」
と、まあ、このようにして、僕と杏佳は再会した春から毎週一回金曜日に一緒に練習というか、指導というか、特訓を受けることとなった。
昨日、初めてブクマを頂きました! どなたか存じませんが、ありがとうございました!! 迷惑でしょうが、駆け寄ってギューって抱きしめたいくらいです!
これまで固定読者の皆様に支えられて、そこそこPVは伸びておりましたが、通知表欄が000000のままで、「うーん。スポ根は厳しい。まだ序盤だが、今のところ『最低の最低小説』の扱いなんだな‥‥‥。妖怪人間ベムじゃないけど『早く底辺小説になりたーい』って感じ」と思っていたところでした。
初投稿から7日間たち、週間ユニークPVも100はクリアーできそうですから、週明けには「最低小説」から「底辺小説のひとつ」にランクアップしそうです。ふふふ、このくらいの時期って楽しいですね。
次のエピソードは、私も大好きな、第3章オマケの「寿司屋編」です。
それではまた。
小田島匠