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第2章 第2話

~ 前回 裕と杏佳が一年後に壁で再会 ~


4「ねえ、壁打ち見てていい? 一年でどう変わったか、見てみたいの。さっきのスライス見せてよ」


「えー、いいけど緊張しちゃうな。上手くできるかな?」と言って、僕は壁に近づいて、フォアで球を出し、跳ね返ってきたボールをバックで上から下に、「キャッ!」とカットして壁に打ち返す。

 ボールはライン上に当たって返り、それをまたカットしてライン上に、ああ、できるな、いつもどおりだ。何度も何度もライン上に当て、僕は一歩も動かずマシンみたいに打ち続ける。


「すっごーい! 全部一点に当たってるじゃないの? それに、なんか地を這うみたいな打球よ。珍しい球筋よね。あと、前傾のフォームがカッコいい。打つときにボールを流し目で見るのがなんともいい」

「はは、ありがとな。この一年こればっかりやってたから、上手くもなるよ」


「だけどさ、トップスピンは打たないの。バックの」

「打たないんじゃなくて、打てない。ちょっとフラット気味に速い球を打つことはあるけど、順回転は打てない。習ったこともないし」

「じゃ、パスとかどうしてんのよ?」

「スライスでストレートに打つか、対角線にロブ打つだけ。たまに牽制のためにスライスでクロスに打ってみるけど、球が遅いから大抵拾われてネット際にドロップボレー落とされるな」


「まあそうなるわよね。コンチ(ネンタルグリップ)じゃショートクロス打ちようがないもんね。いつか厚い握り覚えないと、これ、ずっと弱点のままだわ」

 杏佳は、両手を腰に当てて、口を一文字にして「むーっ」て顔して考えてた。あ、えくぼ美人なんだ。へー、いいじゃないの。


「それじゃ、今度はフォア見せて。私球出すから」って言いながら、杏佳が丁寧に球を出し、僕が薄い握りで地面と平行にハードヒットすると、ボールは低く飛んで正確にラインの少し上に着弾した。


「ああ、いいじゃない。今、薄い握りってあんまり見ないけど、なんかエレガントよね。ラケットが小さいとなおさらそう感じるわ。でも、やっぱりスピンは打てないの?」

「うん、ちょっと擦り上げるくらい。でもあんまり回転かかんないな」

「うーん、そしたらね。打つ前に膝折って、伸ばしながら、ラケット少し上に振り抜いてみて。うん、そう、それでいい。それでやってみて」って言って、杏佳が少し優しい球を出す。

 僕は、言われた通り、膝を折って、起き上がりながらラケットを強く上に振り抜く。って、あれ、上の方に飛んだボールが、壁の前で鋭く落ちて、ラインのはるか上に当たり、順回転がかかってるから大きく跳ねて僕の前まで返ってきた。


「なんだ。打てるじゃない。いいスピン。フォアなら、なんとかなりそうね」

「え? なんで。コンチのままなのに」

「スイングじゃなくて、膝で回転かけたのよ。膝折って、起き上がりながら打つと、平行に振ってるつもりでも、フェイスの軌道が斜め上になるわよね。だからスピンかかるのよ。厚いグリップみたいな、グリグリのトップスピンは無理だけど、ショートクロスはなんとかなるんじゃない?」

「ああ、そういうことか。これは驚いたな」

「実戦で使うにはもう少し練習必要だろうけど、壁打ちでも練習できるからやってみなよ。跳ねてくるから、さっきのスライスみたいに何球も続けて出来るわよ」

「おー、そうか。ありがとな。目からうろこだな。練習してみるよ」


******


「それじゃさ、次はサーブ打ってよ。あのサーブ」

「いいよ。サーブだけは得意だからな」


 僕は、何度か縦振りして、2、3球、軽く壁に打ってから、

「そんじゃ、打つぞ」って言って、スッとトスを上げ、身体を反らし、そこから前傾しながら肘をボールにぶつけにいき、最後にシュッと縫い目を撃ち抜いた。と同時に、壁のライン上で「コポーン!」て音がして、ボールが力なくポトっと落ちて転がってきた。


「あーあ、ボール割れちゃった。ノンプレッシャーのボールはすぐ割れるな」

「すごーい! ブラボー! すっごいサーブ。あれ250㎞くらい出てるんじゃないの? もう見えないわよ。ボールどころか、ラケットもよく平気ね」

「ああ、そうだな。ラケットは去年サーブで1本折れた。あと2本しかないから大事に使わないと」

「あれ打たれちゃ、相手はたまんないわよね。‥‥‥今、身長いくつあるの?」

「今196㎝。まだ少し伸びてる。2m超えは恥ずかしいから勘弁して欲しいな」

「196‥‥‥。サイズがなくてフラット打てない人がほんとに気の毒になってくるわね」

「なんでサイズがないとフラット打てないの? 速い奴一杯いるぜ」

「んなこと分かんないの? 背が低くて、打点が低い人が速いサーブ打ったらどうなるのよ。ネット超えてから」

「‥‥‥ああ、遠くまで飛ぶのか。そうか。パワーがあっても、物理的にサービスラインに収まらないのか」

「そうよ。だからみんな仕方なくスピンサーブ打ってるんじゃないの。そしたら、次、スライスサーブ打ってよ。インハイ予選で最後に打ったやつ」


 僕は、トスをほんの少し外にあげて、ボールの左側を擦るようにサーブを打ち出した。イメージは対角線だ。ボールは少しだけ横にスライドして、ライン上にパシンと当たり、斜め横に跳ねていった。杏佳が追っかけて拾ってくれる。


「いいじゃない。アドコートのサーブはもう7割がたあれでいいんじゃない? 仮に相手が届いても大きくコート外に出てるわけだから、オープンコートにボレーしとけばいいんだもんね。だけど、あれだとサイドラインから外にフォルトすることも多いでしょ?」

「うん。スピードつけてクロスに打ってるからしょうがないなって、諦めてたんだけど」

「ボールの真横じゃなくて、気持ちその上を擦ってみなよ。ラケットの軌道は横じゃなくて斜め上。ほんの少しでいいから」


 僕は、再びトスを少し外側にあげて、今度は、ちょっとだけ軌道を斜め上に、そしてボールの左上を擦る感じで振りぬいた。そしたら、ボールはスライドしながら、「クッ」と鋭く落ち、だけどラインのずいぶん下に当たり、また転がっていった。


「ああ、いいじゃない。ボール落ちたでしょ? 縦回転の要素も入ったからね。『トップスライス』って言う人もいるわね。野球で言う『縦スラ』ってやつなのかな。ボールの上を擦る分、最初のうちは下に飛ぶのは仕方ないから、練習するといい。これが打てたら、もっと手前のサイドライン狙えて角度もつくし、ネット超えて落ちるから安定するわよ」

「うん、これいいな。ありがとう。練習してみる」

「もう少し握り厚くして、もっと擦り上げるのがスピンサーブ。まあ段階踏んだ方がいいから、まずはトップスライスからね。私もまたこの壁来るだろうから、できるようになったらまた次の教えてあげる」


5 そしたら「ねえ。せっかく誰もいないんだから、スペース縦に使ってラリーしようよ。裕の自転車ネットにしてさ」って杏佳が言ってきた。

 僕が、「いいな。じゃ、チャリ取ってくる」って応えて、金網から出て、自転車を引いて戻ってきたら、杏佳はパーカーを脱いでアイボリーのTシャツになっていた。

 左手首には白のリストバンド。シャツから除く真っ白な首筋と両腕が眩しいな。だけど何よりこの胸が魅力的。想像してたよりずっと大きかったな、って思ってジーっと凝視してたら、

「‥‥‥どこ見てんのよ?」って、睨まれちゃった。


「ああ、いや、ごめん。どうしても視線いっちゃうな。以後気をつける」

「‥‥‥別に、見たっていいわよ。だって見たいんでしょ?」

「まあ、それはそうなんだけどさ」

「それでどうだった?」

「え?」

「私の胸、どう思った?」

「えー、また正直に言うの?」

「そりゃそうよ。だって、『ごめん』って言うくらいなんだし、どう思ったのか、すごく気になるじゃないのよ」


「うん、想像してたよりずっと大きかったなって、だけど全体のバランス崩すほど大き過ぎないのがいいなって、ウェストが細いからアンダーが出て高さがあって、なんか作り物みたいにツンって盛り上がって、とっても素敵な胸だなって思った。数字はよくわかんないけど、小柄だから、大きく見えても83㎝くらいなのかな。だけど実物見てみないと分かんないな。Tシャツが邪魔だな、って思った」って言ったら、杏佳は、「バ、バカ! 何てこと言い出すのよ! 脱がないわよ!」って、両手握って肩を怒らせて真っ赤になっちゃった。


「いや、俺だって脱いでくれなんて不躾ぶしつけなこと言わないよ。初対面なんだし。あ、2回目か。だってお前が正直に言えって言うからさ」

「うん、まあ、それはそうなんだけど」

「もっと言うとな、肩幅も結構あって、胸大きくて、ウェスト細くて、スコートがフワってしてて、そこから長い脚が伸びてて、スタイル完璧なうえに、色白で美人で、小顔で栗毛で、すごく可憐だなって、まるでテニスの妖精だなって、思ったぞ」


 そしたら杏佳は、「‥‥‥うう、もう勘弁して」って言って、耳まで桃色に染めあげて、黙りこんじゃった。両手で顔覆って、つま先で「の」の字書いてる。こんなの初めて見たよ。


「お前、ホントに守りに回るとポンコツなのな。何もできなくなるのな」

「う、うるさい! ほら、ラリー始めるわよ! 後ろ下がって!」


 はは、杏佳、ツンデレだけど、可愛げあるじゃないか。

 それじゃ、テニスでお手合わせ願おうかな。






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