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第9章(小武海戦前編) 激闘、昭和テニスマン裕vs令和最強小武海! 北の大地で火花を散らす!

第9章 激闘、そして覚醒 (小武海戦前編)


~ 一回戦は8-1で勝利。休憩のため高台のシェルターへ ~


1 シェルター内は日陰になっていて、涼しい風が穏やかに吹き抜けていた。


「ここいいな。午後までの拠点にしよう」

「そうね。クラブハウスじゃなくても、ここで十分ね」

「一試合身体動かしたとこだから、糖質補充しとこう。おにぎりとバナナ頂戴」

「はい、鮭でいい? あとお茶もね」

「お、サンキュ」 僕はフィルムを剥いでおにぎりを頬張る。


「そういや、小武海はどうだった?」

「8-0で一蹴したわよ。力の差がありすぎて、あんまり参考にならなかったわ。相手の選手も最初から飲まれてた感じね」

「真司が言ってたみたいに、オールラウンダーなの?」

「そうね。ストロークがすごく安定してる。独特のリズムで、相手もいちいち半歩遅れるから、少しずつ追い詰められて、そのうちエース取られるか、ネットでやられる感じ。サーブはあんたほどじゃないけど、やっぱり速い。コースがよければ十分エースになるくらい。基本はフラットで対角線に打ってくる。もう8割方ファースト入れてくる感じかな」

「速いフラットが8割入るのか。厄介だなー。無理やりセイバーしても精度悪そうだし、かと言って安全に返して繋いでたら、ストローク戦に持ち込まれるしな」


「だから、リターンゲームは、とりあえずファースト返したあと、つなぎ合いにしないで、早めにネットに出ることよ。小武海君、バックの高い球は、『苦手』っていう程じゃなかったけど、攻撃できるほどの球は打ってなかったよ。いちいち下がって、いい高さで打ってた。だから、裕は、トップスピンロブを打てる球が来たら、全部小武海君のバックに集めて、即ネットに詰めること。コートのはるか後ろからパスを打たされるから、角度もつかないし、時間の余裕もあるわよ。ドロップボレーで走らせてやれ」

「そっか、そこが苦手なら、徹底的に突いていくか。どうせ打ち合ってたら、いつかやられるからな。サーブのリターンはどうだった?」


「すごく上手だったよ。反応速度が速くて、サイズもあるから、大概のサーブなら届いてた。ただ、裕のサーブにどれだけ対応できるかは分からない。それと真正面のポケットのボールは少し苦手そうだった。身体が大きいから、ポケットに来ると対応が難しいのね。攻撃はできなくて、安全に返してるだけって感じだった。だから、コース迷ったら、正面にフラットをドッカンドッカン打ってればいいと思うよ。裕なら9割くらい入るでしょ?」

「そうか、それは有用な情報だ。ありがとな。だけどあんまり正面続けると、予め一歩バックに寄って、フォアで強打されそうだから、万遍なく散らしていくのが大事だな」


「そうね。裕のサーブが破られて負けたら、それはもうしょうがない。現時点では小武海君が上だったってこと。だから、サービスはとにかくキープしていって、どこかで一つブレークするしかない。リターンゲーム4つあるんだから、必ずどこかでチャンスは来る。逃さずにものにしよう」

「そうだな、じゃ、バックの高い球、それとポケット、その二つだけ覚えて試合に臨むか。あー、早く試合やりたいな。どこまで出来るか楽しみだ」


 僕はそう言って、バナナの皮を剥いで、「ほいっ」って、半分杏佳にあげた。


 ******


2 私が裕と一緒にバナナを食べていたら、あれ? 見覚えのある女子選手が5番コートにやってきた。「REIMEI」のロゴの入った白いウィンドアップ着てる。澄香の試合が始まるんだ。ずいぶん進行速いんだな。

 澄香は、コートに入る前、こちらを見上げて、胸の前で小さく手を振ってきた。気が付いてたんだな。


「あ、澄ちゃん、次ここで試合なんだ」 裕も気付いて、手を振り返してる。

「ま、また澄ちゃんって、あんた‥‥‥」

「はは、もうよせよ。『澄香』なんだから、自然とそうなるだろ? 俺はフラフラしたりしないから、安心しろ。それに今回はたまたまお前の目の前で起きたことだけど、今後、俺がどこで誰と出会うかなんてコントロールできないんだから、気にしてたらきりがないだろ」

「うん‥‥‥」

「ま、そういうことだ。お前、こんないい女なんだから、もっと自信もって、どっしり構えてたらいいんだよ」


 私、それ聞いて、小っちゃな自分が恥ずかしくて、真っ赤になって、裕から顔背けちゃった。

 そしたら、それに気づいた裕が、スッと手を伸ばして、そっと私の右手をとって、優しく握ってくれた。私、思わず向き直って、ギュって握り返して、両手で裕の手を包み込んじゃった。 


 目の前で試合が始まった。澄香のリターンから。

 相変わらず、澄香のプレーはエレガントだ。ノースリーブの白いワンピースがコートをステージに舞っているかのようだ。女子では珍しく、フォアもバックも薄い握りのシングルハンドを操って、高速フラットを深く打ち込み、相手が余裕をなくしたところでススっとネットに詰める。

 ストロークで勝負するつもりはなくて、全てのプレーがネットにつながっている。中でもバックのスライスが強力。強い逆回転のかかった地を這うような打球。まるでシュテフィ・グラフ(注 往年の名選手。女子史上最強クラス。とても優雅で人気があった)だ。これを打てる女子はまずいないから、初見では対応が難しい。まともに返せるスキルがなければ、為す術なく敗れ去ることになる。


 澄香が最初のゲームを簡単にブレークして、次はサーブ。

 トスを後頭部にあげて、背中を弓なりに大きく反らす。そこから、一気に身体を起こしながら、全身を鞭のように使ってスピンサーブを放つ。ネットのはるか上を越えたボールは、コーナーで急降下して、また逆方向に大きく跳ねる。もちろん裕ほどじゃないけど、女子では滅多に見られない、強力なスピンサーブ。

 相手はコートから追い出されて、バックの高い球を苦し気にリターンさせられる。澄香は、それをボレーでコーナーを送り込む。あ、返ってきたな。でもやっぱりロブか。澄香はオープンコートにスマッシュを叩き込んだ。

 ‥‥‥これはすぐ終わるな。


 澄香は去年からさらにスケールアップしている。

 長身と長い手足を活かした、華麗なサーブ&ボレー。

 相手の技量に関係なく、自分のスキルだけで勝負できる、接点の少ないテニス。


 ああ、思い出しちゃった。あの子、去年の私と同じだ。来るって分かっていても、コートから追い出されてボールに触れない。必死に頑張ってるのに、澄香のペースのままどんどんゲームが進んでいく焦燥。圧倒的な才能を目の前にした諦観。そしてどんなに抑えつけても湧き上がってくる羨望と嫉妬。


 ああ、悔しいけど、眩しいな。澄香には他の誰にもない、生まれ持った華がある。私もこんな選手になりたかったな。‥‥‥苦しい。息が詰まる。


 そしたら、あれ? 裕が私の左肩を抱いてる。そういえば、裕はさっきから澄香のこと何にも言ってなかった。すごいな、とか、素敵だな、とか、そんなこと一言も言ってない。

 裕はそのまま私を引き寄せて、膝の上に横たえて、優しく髪を撫でてくれた。

 私、目をつぶったまま、静かに涙を流して、裕の膝に置いた手をギュって握りしめちゃった。全部分かってたんだ。裕は優しいな。ああ、どんどん涙が出てきて止まらない。でも、これじゃきっと誤解するわよね。ちゃんと伝えなきゃ。


「ねえ、裕」 私は涙声で声を掛ける。

「ん、何だ?」

「私ね、悲しくて泣いてるんじゃないのよ。私、澄香のおかげで、テニス選手は諦めちゃったけど、代わりにこんな素敵な人に巡り合えて、すごくよかったなあって、嬉しくて泣いてるの。私、裕がいてくれるから、大丈夫だよ」

「はは、そうか。それはよかった。それじゃ、しばらく大人しくしてろ。じきに終わりそうだ」

「うん」 裕が私の肩に手をおいて、さすってくれる。とても暖かい手。この手、絶対離さない。絶対、私だけのものにするんだから。


 それから10分位して「ゲームセット&マッチバイ 山本さん。スコア8-1」のコールが響き、金網のドアを開けて澄香が出てくる音がした。私はまだ裕の膝枕で寝たふりしてる。

「あれー? なんか杏佳さん、見せつけてくれるじゃないですかー」って笑いながら、澄香が上がってくる。

「澄ちゃんナイスゲーム。調子いいみたいだな」

「ありがとう、裕君。お互い次も頑張ろうね」


 そこで私も起き上がって、「ああ、なんかおにぎりとバナナ食べたら眠くなっちゃった。一回戦と二回戦の間って、すごく空くから選手も応援団もだれるわよね」って、さも何事もなかったように二人に話しかける。

 澄香が「ほんとですよね」って言って時計を見て、「今11時か。進行が少し速いようだけど、次はきっと午後3時頃だなー」ってひとりごちる。

 裕が、「そんな感じかな。そうすると俺は2時過ぎくらいか。まあ、相手も条件は一緒だから、慌てても仕方ない。気長に待つさ」って言ってる。


 ******


3 それから、私と裕は、本読んだり、お昼寝したり、公園内を散歩して展望台から苫小牧の街を眺めたり、駐車場でボレーボレーしたり、とにかくいろんなことをした。なにしろ3時間以上空くから、それこそ車で支笏湖とか行っても十分間に合うけど、さすがに会場を大きく離れるのはどうかと思ったので、観光は明日以降に回すことにした。


 そうこうしているうちに、ようやくメインの16番コートで、小武海戦の前の試合が始まった。今午後1時半だ。これは2時には始まるな。

「前の試合始まった。裕、ストレッチしておこう。あとトイレも行っといた方がいいよ」

「そうだな。そろそろ準備にかかろう。バナナも食べといた方がいいな」 裕はそう答えて、両手を前に下ろして前屈を始めた。


 ストレッチ後、私と裕は16番コートの観覧席に移動した。今、5-2。10分位で終わるかも。

 試合を見てたら、米山さんが上がってきて、「お、杏ちゃんと奈良君。隣で見てていいかな」と言いながら隣に腰を下ろした。ほどなく「そろそろ試合ですねー」って言いながら、澄香もやってきて私の隣に座り、ラケットバッグを置いた。


 スコアが7ー2になったところで、小武海君と柳田高校の監督が登場。

 小武海君は金網のところで試合見ながら、終わるのを待ってる。長身なのに細い印象はまるでない。脚も腕も鍛えられて、まさにアスリートって体型。フィジカルは既に完成されている。

 次第に観客も集まってきて、観覧席は一杯になった。やっぱりみんな小武海君の試合は注目してるんだな。

 だけど、誰も彼が負けるなんて思っていない。「どう勝つか」っていう興味しかない。柳田の監督も、そして小武海君本人もそうだろう。


「!」 あれ? 裕が震えてる。のか? 膝がカタカタしてる。

「裕‥‥‥」

「‥‥‥ああ、確かにあいつはやるな。初めて現物を見たが、はっきり分かる。あいつは過去一番ヤバい奴だ。こんなのが高校にいたんだな。すげーな」

「大丈夫?」

「ああ、大丈夫、武者震いだ。少ししたら落ち着くだろう」


 私は、裕の腰に手を回して、おでこを肩につけて、気を送りながら背中をさすってあげる。

「ふふ、バカね。令和最強なんだから強いに決まってるじゃない。戦ってからビックリするよりずっといいわよ。だけどあんたもね、私が見てきた中で一番強い選手なんだからね。小武海君とどっちが強いのか分かんない位。昭和と令和で最強対決してきなさいよ」

「はは、そうか、そうだな。ありがと。落ち着いてきた。もう大丈夫だ」って言いながら、裕は「ニッ」って無理に笑顔を作って私に顔を向けた。


 あ、試合終わった。両選手がネットのところで握手してる。

 裕が「さあ、終わったな。行って来る」と言って立ち上がり、私と澄香で「いよいよね。頑張って」と励ました。裕は、スーッと一つ息を吸って、「そうだな。俺は失うものもないし、全力でぶちかましてくる」って力強く応えて、凛々しい表情で階段を降りて行った。


 裕は金網の手前で小武海君に「次試合ですね。宜しくお願い致します」と声を掛け、小武海君も「こちらこそ」みたいなこと言って、笑顔で握手してた。裕があんまり大きいので「おおっ」ってびっくりしてた。小武海君より大きい選手、滅多にいないだろうからね。


 だけど、すぐに小武海君からスっと笑顔が消え、目を見開いて裕を見つめ、それから監督を見て、眉根を寄せて不可解な表情を見せた。


 やっぱり分かるんだ。


(まだ二回戦だろ? 誰なんだ、こいつ? 強いぞ。ものすごく)って。









 読者の皆様、すみません。北の大地で火花を散らすはずが、試合前に第1話が終わってしまいました。

 まあ、5000字超になりましたので、次の切りのいいとこまで書くと、エライ文字数になってしまいますので。ご容赦下さい。

 「タイトル詐欺だ! だいたい澄香の試合が余計なんだよ!」という意見はありましょう。そうでしょう。だけど、わたくしはシュテフィ・グラフを書きたかったんです! 西ドイツの美女選手で、手足長くて、なぜだか胸だけデカかった。とても優雅で雰囲気のあるスターでした。前傾姿勢で「キャッ!」ってカットするバックのスライスが素敵でした。モニカ・セレシュとかマルチナ・ヒンギスとか、時に彼女を凌駕する選手はいたのですが、ずっと「女王」って呼ばれてました。クリス・エバートさんもそうですけど、やっぱり女王はエレガントじゃないとね。


 澄香はそのグラフの投影で、裕はフェデラーとマッケンローのハイブリッドを意識しています。

 ちなみに杏佳は、あの可愛かったアイドル選手、マヌエラ・マレーバですよ。オールドファンしか分からないかも知れませんが。

 

 次話からは、小武海との息詰まる激戦と心理戦が展開されますよ。


 それではまた明日。


 小田島 匠 





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