第8章 第4話
~ 裕のインハイ1回戦で、杏佳と澄香が再会 ~
あ、試合が始まった。なぜか隣に澄香がいるのがアレだけど、私、コーチなんだからしっかり見とかないとだめね。
サービスは裕から。スッとトスをあげて、身体を反らす。トスは真ん中だから、フラットを打つんだな。挨拶替わりの弾丸サーブを正面に打ち込んでやれ。
裕は反った身体を戻しながら、前方にあげたボールに向かって前傾する。身体が一直線になったところで遅れてラケットが出てくる。
そこで、「パンッ!」って音とともに、ボールが視界から消えて、瞬時に相手コートに襲いかかる。
でもさすがインハイ選手ね、相手の選手は、真正面の顔面付近に来たサーブをなんとか前に弾き返す。だけど、裕はいつもの練習通り、返ってくることを想定して、ネットに詰めてオープンコートにボレーを送り込む。追いつくかな? ああ、だめだ、諦めた。15ー0。
アドコートに移動して、次は、そうね、スライスサーブからよね。
裕は、ボールの左上をカットしながら、対角線にサーブを放ち、そのままネットに。まだ始まったばっかりだからそんなにいいサーブじゃなかった。相手は、何とか追いついたけど、リターンはストレートに飛び、サイドアウト。30ー0。
次のサーブは対角線にスピンサーブを放つ。コートから完全に追い出された相手は、ああ、届いた、けど、返すだけ、そしてすぐにコートカバーに走る。だけど、ネットに詰めた裕が逆をついてストレートにフォアボレー。相手はもう戻れず、すぐに諦める。40-0。
次のアドコートのサーブは、スライスを打つものの、わずかにサイドアウト。
セカンドはクロスにスピンサーブを放つも、オーバーしてダブルフォルト。珍しい、やっぱり、まだ身体が温まってないのね。
40ー15で、デュースコートから、裕はセンターにスピンサーブを打つ。トスを見てフォアに寄った相手は、慌ててセンターに戻るも、バックの高いリターンになり、ネットに詰めてた裕が、浮き球を簡単にボレーで決めた。
「うわー、すっごーい! こんな選手いたんだー。私と同じサーブ&ボレーなんですね。彼、相当すごいですよ。プロでもこんなサーブなかなか見ないんじゃないかな?」 澄香が手を頬にあてて、心底感心したようにつぶやく。
「そうでしょ? ふふふ。ずっと私が鍛えてきたんだからね」
「えー、杏佳さん、いつもどこで練習してるんですかー?」
「府中の平和の森公園よ。私と、それから真司君も入って、週二回練習してる」
「あれ? 手塚くん、そういえば個人戦出てないんだな。どうしたんですか?」
「だから、都の16で、目の前の裕に、1-8で敗けたのよ」
「そうなんだ。手塚君に8-1って、裕君、よっぽど強いんですね」
「うん、そう。だけど次は小武海君だから、どうなるか分かんないけど」
「えー? 次小武海くんなんだ。それは楽しみだなー。どっちが勝つか分かんないけど、いい勝負するんじゃないですか」
「裕が勝つ、と信じている。そのためにこの一カ月、小武海戦を想定して練習してきたんだから」
「ふーん、そうだといいですねー。私も裕くんの応援に来ようっと」
コートチェンジして、裕はリターンになった。
そんなにサーブは強力じゃないけど、裕は、一応後ろに構えて、深く返してストローク戦を挑む。だけど、長引かせないで、途中、打てるところで、相手のバックにトップスピンロブを打ってネットに詰める。きついスピンのかかった深くて強力なロブ。相手はエンドラインのはるか後ろまで下がって、十分の態勢でパスを打つけど、いかんせん、遠すぎた。ネット超えるまで時間があるので、裕は余裕を持って、ネット際にドロップボレーを落とす。15-0。
この最初のプレーで、大体相手のことは分かった。見切った。
裕は次のポイントからは、ファーストでもお構いなくセイバーをして、次々ポイントを取る。そうなると、相手はファーストサーブをギャンブルせざるを得なくなり、ダブルフォルトを重ねることになった。0ー40からのリターンもセイバーを決めて、相手が苦し紛れにロブをあげ、裕はそれをオープンコートに叩き込んだ。ゲーム裕、2-0。
ああ、これはもう大丈夫そうね。
「じゃ、私、小武海君の試合見てくるね」
「えー、もう? 見なくてもいいんですか?」
「いや、まあ、でも負けないでしょ? ここで負けるくらいなら、そこまでの選手ってことで、小武海君どころじゃないわよ」
「まあ、そうか。そうですね。じゃ、私はもう少し見てるから、杏佳さん、偵察に行ってきて下さいね。私、第4シードだから、1回戦は最後なんです」
「うん、それじゃ、また後でね」
******
16番コートに移動する。
ああ、結構沢山の人が見てるな。50人くらい? さすが高校無敗の絶対王者。みんな注目してるんだな。
あ、いた。観覧席の中段に見知った顔がいる。私は傘を閉じて、段を上り、
「米山さん。お早うございます。隣、いいですか」って言いながら、米山さんの横に腰かけた。
「ああ、杏ちゃん。おはよう。奈良君の応援に来てるんだね。彼はどう?」
「今、1番コートで試合してて、澄香が見てます。2-0になって、大丈夫そうなので、こっちに偵察に来ました」
「2回戦で小武海君と奈良君が当たるんだよなあ。勿体ない。決勝まで取っておきたかったな」
「裕は棄権して都の8ですから、仕方ないです。それに、インハイに限らず、競技してたら、必ずどこかで当たる相手ですからね」
「小武海君もいいぞ。今3-0。相手の選手も頑張ってるけど、1ゲーム取れるかな?」
コートを見ると、小武海君のリターンゲームだった。
相手の選手も結構サーブがいいけど、ファーストが入っても、落ち着いて相手のバックに深く返し、ストローク戦に持ち込んでる。ショットの切れがいい。必ずしもハードヒットしてるわけじゃないんだけど、いちいち一瞬の間をおいて打つので、コースが分からず、相手は常に半歩出遅れて少しずつ追い込まれていく。独特の間合いがある。
相手は、そのうちに、ミスするか、強打でエース取られるか、スルスルとネットに詰められてボレーで決められる。真司君を全体にグレードアップさせた感じだ。裕もストローク戦に持ち込まれたら不利ね。
小武海君がゲームを取り、4-0。
次のゲーム。ああ、小武海君はサーブもいい。必ずしも弾丸サーブってわけじゃないけど、低いトスからコンパクトなスイングで丁寧にコースを打ち抜いていく。少し力をセーブして打っている感じ? だから殆どフォルトしない。ファーストが8割以上入ってるんじゃないの? もちろんコースがよければノータッチエースになる。だけど、サーブ&ボレーはしないんだな。必要ないからか。
それから10分もしないうちに、試合は終わった。8-0で小武海君。相手のレベルもあるけど、あまり参考にならない試合だったな。
「まずは順当に1回戦突破だな」って、米山さんがこっち向いて言ってきた。
「そうですね。全てのスキルが高レベルで隙がない印象です」
「杏ちゃんなら、奈良君になんてアドバイスする?」
「‥‥‥そうですね。基本は、自分をそのままぶつけろ、ってことなんですけど、あえて言えばバックの高い球が弱い。ううん、弱いってわけじゃないけど、いちいち下がって丁度いい高さで打ってた。裕のトップスピンロブなら、もっとずっと後ろから返球することになる。ネットに詰める裕は、あれが狙い目になると思います」
「そのとおりだね。小武海君はライジング苦手なのかな。この試合は打つ必要なかったけどね」
「あと、長身だからだと思うけど、正面に来たサーブの捌きが、それほど上手くない印象です。どこかでサーブをポケットに集中して、意識がポケットに向いたところで、またコーナーに散らしていくのがいいかも知れません」
「僕の見立ても同じだな。まあ、どっちも『あえて言えば』ってだけで、誰しも苦手なとこなんだけどね。小武海君、相変わらず上手くて強いけど、あんまり去年から変わってない印象だ」
「そうですね。真司君も、学校で彼一枚だったから、なかなか伸びなかった。自分のレベルより高い環境ってすごく大事ですよね」
「そうだな。小武海君も奈良君もヨネックスで練習させてみたいな。プロ相手にどこまでできるだろう」
「案外、裕はすぐ追い越しちゃうかも知れませんよ。今はまだ全然だけど」
「そうかもな。あとは本人がどれだけやる気になるかだ」
「大学入ったらボディビルやるとか言ってるんですよ。もう、米山さんもなんか言ってやって下さいよ」
「ははは、まあ、本人の選択だからな。他人がどうこう言うもんでもないだろ。もちろん、やる気あるならサポートするよ」
「あ、こうしてらんない。1番コートに戻りますね。米山さん、また午後の小武海戦で会いましょう」
******
8 1番コートに戻ってみると、あれ? もう別の選手が試合してる。あっと言う間に終わったんだな。あ、観覧席に裕がいた。お疲れ様、って思ったら、え、何? ちゃっかり隣に澄香が座ってるじゃないのよー!
澄香は、なんか内股でモジモジしながら、ポニテ揺らして口に手をあてて、笑顔で話してる。「もう、嫌ですー」とか言いながら、ペチって裕の肩叩いてる。ちょっと、澄香! 私の裕に気安くさわんないでよ!
ああっ、今度はスマホ出してやり取りしてる。ラインのアドレス交換してる!
ちょ、ちょっと、あんたたち、一体何やってんのよ!
私が紫色のメラメラを出しながら階段を昇っているところで、裕が気付いて、
「お、おう。杏佳。小武海見に行ってくれてたのか。ありがとな。こっちはさっき試合終わったぞ。8-1だった。最後、ストローク戦の練習したんで、1ゲーム取られたけど、すごく調子いいぞ」
「そりゃいいんだけどさ。おめでとうなんだけどさ。なんで澄香と一緒にいるのよ‥‥‥」
「いや、試合終わって出てきたら、澄ちゃんが出迎えてくれて、お前が小武海見に行ってるけど、すぐ戻るからここで待ってようって言うからさ」
「す、澄ちゃんですって‥‥‥」
「‥‥‥いや澄香さんが、お前の友達だって言うんで、いろいろ情報交換してたんだ」
「友達って言えば友達だけどね、ラインの交換はなんなのよ」
「澄ちゃ‥‥‥いや澄香さん、所沢に住んでて家近いから、今度平和の森で練習したいって言うからさ。四人いたらダブルスも出来るし、いい練習になるじゃないか」
「澄香、あんた所沢からどうやって来るのよ。私迎えに行かないわよ」
「杏佳さん、そんなにプリプリしないで下さいよー。美人が台無しですよ。まあ、これも可愛いのか。私、インハイ終わったら合宿免許取りに行くので、8月中には車運転できるようになるんですよ。裕君や真司君と、もちろん杏佳さんもだけど、一緒に練習できるならすごくためになるから、是非参加させて頂きたいんです」
「免許に練習って、あんた受験どうすんのよ? そんなことやってる場合?」
「大学はもう推薦で決まってるので、半年間自由時間があるんです」
「す、推薦って、まさかW大‥‥‥?」
「違いますって、嫌だなもう。M大です。W大は女子テニス部弱いですからね」
「そ、そうなのか。じゃ、ま、考えとくわ。私にもラインのアドレス頂戴」
「お願いしますね。もし、練習に混ぜてくれるなら、真司君の送迎は私がやりますよ。どうせ途中ですし」
「おお、そうか。それは助かるわね。じゃ、ついでにあんた真司君とくっついちゃいなさいよ。あんたよりちょっと背は低いけど、そんなの補って余りあるいい男よ。しかもゼネコンの御曹司よ」
「‥‥‥ものすごく警戒してる。よっぽど裕くんが大事なんですね」
「そのとおりよ。あんたに試合で負けて、そのうえ‥‥‥うん、まあいいわ。やめとく。大人気ないものね」
「全部言っちゃってるじゃないですか(笑)。裕くんは杏佳さん一筋って感じだから、フラフラしたりしないですって。ね?」
「お、おう。そのとおりだぞ。杏佳」って裕は言うけど、やっぱりどこかで心配よね。できたら近づけたくないわよね。ああ、心が狭くて、ほんとに恥ずかしいけど。
その後、裕と会場の一番高いとこにある「シェルター」って言うのかな、大きな屋根付きのベンチに移動して、バッグおいて居場所確保して、休憩に入った。
次の試合は午後。だいぶ空くな。身体休めとこう。
皆様、いつも本作をお読み頂いてありがとうございます。
長い長い第8章、読破お疲れさまでした。
本日、ブクマを一つ頂きました。大変ありがとうございました。これで評価点も90になりました。嬉しくて、女房に「ブクマが15になって、評価点も90になったよ」と言ったら、「それって、いいセンなの?」「どうだろ? 現実世界ものだから『そこそこ健闘してる』くらいの感じ? 底辺卒業まではいかないけど」「底辺卒業って?」「ブクマ100って言われてるな」「ププッ。『千里の道も一歩から』って言うわよ」「ひでーな、百里中の十五里まできてるだろ?」「ま、頑張ってね!」っていうような会話が展開されました‥‥‥。
現実世界ものが厳しいのは承知の上ですが、まずは近いところで評価点100からですね。
第9章の小武海戦の前に、ちょっと趣向が変わったオマケの「ifもの」が一つ入ります。「もし裕がテニスのプロにならなかったらどうなるのか」という「if」の物語で、7年後のお話しになります。
裕と杏佳は、どこで何をしているのでしょうか? てか、そもそも一緒にいるんでしょうか?
それではまた明日。
小田島 匠




