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第1章 第3話

~ 奈良サーブ 40オール ゲームカウント6ー7 手塚のマッチポイント ~


 さあ40オール。真司君のマッチポイント。

 サイドの選択権はサーバーにあるから、奈良君が主審から「どっち?」って聞かれてる。奈良君は、コートに尻もちついたまま、「あー、じゃ、こっちでいいです」って言ってる。あんた、ちゃんと考えなさいよ。インハイかかってんのよ!

 

 起き上がった奈良君が、再びアドコートでトスを上げて、サーブを放つ。また、火を噴くようなフラットサーブがセンターを突き抜けた。真司君の読みは外れた。ちらっと右を向いてボールを見送るしかない。これでゲームカウント7オールか。仕方ない。真司君、次キープしよう。


 なのに‥‥‥、一瞬の後、遅れて「フォルト!」って、主審の声が響いた。


 え、長いの? うそ? いや、今の入ってたわよ。落ちたとこのラインが白くなってるもの。奈良君もラインの上をじっと見ている。真司君は見えなかったんだから仕方ない。でも、今のポイント明らかに奈良君よ。ああ、でも奈良君はクレーム付けないんだ。(まあしょうがないか)って、苦笑いしてポケットからボール出してる。


 あんた! そういうとこなのよ。もっとガツガツしなさいよ! ああ、イライラする。だって、次、最後のサーブなのよ。フォルトしたらあんたの夏が終わるのよ。てか、さっきからバカの一つ覚えみたいにフラットサーブばっかり。せめてスライス打ちなさいよ。長身のサウスポーなんだからスライス打ってれば大丈夫よ。仮に真司君追いついても、コートのはるか外なんだから、返しのボレーで余裕でしょ? って、なによ‥‥‥一体私どっちの応援してるのよ。真司君でしょ?


 だけど、この人、奈良君、気になるわよね。

 完成度3割くらいだけど、なんか魅力的な選手よね。


 あ、トスをちょっと外にあげた(注 横回転がかけやすい)。スライス打つんだ。なんだ打てるんじゃない。最後の最後で宝刀抜くんだ。真司君もトスで分かって、コートの外に走ってる。サウスポーだから、落ちてからさらに外に逃げるわよ。クロスに返すなら完全にボール追い越さないと。

 って、思ったら、サーブがちょっと低い? ああ、白帯に当たりそう、当たった。ボールが上に跳ねて、どっちに落ちる? ああ、ネット超えたな。レット? 打ち直し? だけど、そうか、サウスポーだから、ボールはネットを超えて、右に跳ねて、サイドラインのほんの少し外に、落ちちゃった‥‥‥。


「ゲームセット&マッチバイ手塚。W実業高校手塚真司選手が8ー6で勝ちました」って、アンパイヤが宣言した。


 あんたね、さっきミスジャッジしといて、よくそんなすっきりした顔で言えるわね。まあ、フォルトに見えたんなら仕方ないけどさ。よくあることなんだけどさ。なんか釈然としないわよね。


 真司君はなんか疲労困憊した様子でネットに近づき、奈良君は笑顔で握手を求め、「いやー、強いな。やられたよ。インハイも頑張ってな!」って爽やかに声を掛けてる。だからあんた、そういうとこなのよ。潔よすぎるのよ。上に行きたいんなら、もっとギラギラしなさいよ!


 ******


 試合を終えた真司君が引き揚げてきた。なんか、ぐったりしてる。


「真司君おめでとう。インハイ決めたじゃない。ちょっと苦戦したけど、よかったね」

「ああ、杏佳先輩。ありがとうございます。苦しかったです。奈良は、上手くも強くもなかったけど、なんというか、こう、すごかったです。俺がこんなに一生懸命走り回って、ゲロ吐きそうになってやっとキープしてるのに、次のゲームではサーブ4発で終わりなんです。接点がないんです。俺のテクニックも、ボールにさわれなければどうしようもない。駆け引きもヘッタクレもない。あいつは俺の生きてきたこの競技には存在しない選手でした。あのクラスには、俺は、到底、なれない‥‥‥」


「だって、真司君が勝ったんじゃないの。なんか打ちひしがれてるみたいだけどさ、勝ったのは真司君なんだよ。奈良君はインハイ行けないの。真司君今年インハイ16とか8まで行けるんじゃない? 頑張んなよ」

「うん、今日は勝ったし、俺もインハイの8とか、将来的には全日本の10位とか20位にはなれるかも知れないけど、あいつにはなれない。結局、世界に出ていけるのは、ああいう男なんじゃないかって、本当に今日痛感しました」って、真司君はちょっとうつむいて、まるで惨敗したみたいに声を絞り出した。


 そしたら、木陰のベンチの方から、ワーンって泣き声が聞こえて、見たら、奈良君の周りに男の子が集まって、そのうちの一人が奈良君に抱き着いて、

「わーん! 裕先輩が負けちゃったー! インハイ逃しちゃったー! わーん、わーん」って、小柄だから胸までいかないで、奈良君のお腹に顔埋めて泣いてる。なにこれ? ボーイズラブ?


 奈良君は、その子の頭撫でながら、

「はは、泣くなよ、雄介。応援ありがとうな。俺も頑張ったけどな。手塚は強かったよ。完敗とまではいかないけど、二歩くらい及ばなかったな。まあ、また練習しようぜ。来年があるさ」って声掛けてる。みんな後輩なんだ。奈良君キャプテンなんだ。


 って思ってたら、みんなで奈良君持ち上げて、ワッショイワッショイ胴上げしてる。楽しそうだな。奈良君も両手あげて「ひゃっはー!」って笑ってる。まあ、都立でインハイ一歩手前までいったら相当よね。奈良君、きっとみんなのスターなのね。あこがれなのね。


 雄介君、まだ奈良君にくっついてグシグシ言ってる。奈良君は、

「もういいって。終わったんだよ。今年はこれで終戦だ。さてと、みんなですき家で牛丼食って帰ろうぜ! 応援ありがとうな。今日は俺のおごりだ、特盛で食おう! おしんこと卵も遠慮するなよ!」って宣言して、おーっ、裕せんぱーい! ステキー! とかみんなで叫んでる。はは、すごくいいな。競技とは一線を画した、なんか爽やかな雰囲気。これが青春って感じ?


 そうして私が笑顔で奈良君たちを眺めていたら、雄介君が気付いて、

「裕先輩。なんかさっきからすごい美人がこっち見てますけど、誰? 知り合い?」って、ちょっと詰問調で聞いてた。奈良君は、

「いや、知らない人だな。Wのユニフォームだ。さっきの試合見てたのかな」って答えて、長身をかがめてペコって会釈してきた。


 私は奈良君にあわせてニッコリしながら、胸の前で手を振って、あれ? ちょっと慣れ慣れしかったかな? って急に恥ずかしくなって、肩すくめてクルって反転して、部員の元に駆けていった。



 これが、私と裕の出会いっていうか、きっかけだった。


 その後、こんなに長く続くことになるとは、ほんとに夢にも思わなかったけど。



 読者の皆さま、第1章をお読み頂き、ありがとうございました。 


 本作はすでに完成稿になっておりますが(20万字くらい?)、紙媒体の縦書きを前提に書いたものですので、今般、改めてWEB用に一話3000~5000字くらいに校正して、なるべく毎日もしくは一日おきにアップしたいと思っています。決してエタりませんので、そこはご安心を。


 それではまた明日。


 小田島 匠


 追伸 ああ、そうでした。わたくしは、本作に先行して、「クスっとくる短編集です。ちょっと楽しい気分になりたいときにどうぞ」っていう、そのまんまのタイトルのお笑いエッセイ集(全22編、完結済)もアップしておりますので、何かの折にクスっとして頂けると、大変嬉しいです。


 サイトはコチラ https://syosetu.com/usernovelmanage/top/ncode/2384516/

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