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第8章 第2話

~ 苫小牧到着後、インハイ会場を下見したあと、ホテルに向かう ~


3 ヤリスに乗って、公園を出て南下し、本日宿泊するホテルインターウィングに向かう。そんなに大きくないけど、新しくて清潔そうなホテルだった。


 駐車場にヤリスを停めて、フロントでチェックイン。僕が大きいので、セミダブルのシングルを二部屋。501と502。明日、二試合あるとすると夕方までかかるので、二泊で取った。それ以降勝ち進んだら延泊だ。帰りの飛行機も、試合が終わった時点でネットで取ることになる。


「それじゃ、荷物置いて、お出かけの用意するね。20分後くらいにお部屋に呼びに行くね」って言って、杏佳は502号室に入って行った。僕も、501号室に入り、カードキーを差して電気を点けた。

 ああ、結構広い部屋だな。関東のビジホよりもずっとゆったりしている。トイレとバスが別々なのがいいね。


 ベッドはセミダブルの120㎝幅で、大きな僕でも、大丈夫だ。大丈夫だが‥‥‥、さすがに二人は厳しいか‥‥‥? いやいや、そんなこと考えないの。明日大事な試合でしょう? それに杏佳の確約と引き換えに「いつまでも待つ」って約束したでしょう? 今の忘れろー、忘却ー。はい忘れた。


 と、思い直し、バッグを置いて、用を足して、手を洗って、歯を磨いた。

 テレビをつけると、6時のHTBのニュースをやってた。北海道テレビ? 今日は甲子園の抽選があったそうで、道内出場校の対戦相手の戦力分析をやってた。なんかローカルでいいなー。ま、お互い頑張ろうぜ。

 と、そうしてるうちにピンポンが鳴ったので、ドアを開けると、「お待たせー。行こー」って言いながら、杏佳が立っていた。メイク仕直したのか、眉毛が綺麗に引かれて、ピンクのルージュがツヤツヤしてる。


 フロントにキーを預け、二人でホテルを出、駅前のメインストリートに向かう。2ブロックだからほんの1分くらいだった。が、

「ないよ、ないない、駅前大通りに何もない!」

「ほんとね、どうなってるのかしら?」

 

 広い片側二車線道路の脇に、5階建てくらいのオフィスビルがずらりと並んでいるものの、飲食店が一軒もない。いや、探せばあるだろう、ということで、二人でしばらく探索して回ったが、「三星みつぼし」というパンとお菓子の店が一軒あるきりだった。


「こりゃ驚いた、もう駅のこっち側はだめだな」ということで、南口は諦めて、駅構内の連絡通路を通って、北口に出た。ああ、こっちにはヤマダ電機とかドン・キホーテがあるのか。ちょっと期待できるか? 

 

「ええと、この辺には定食屋が三軒あるわね。一番人気は、あれー、残念、ランチだけなんだ。‥‥‥一番近いのは、うーん、カレーとラーメンだけのガッツリ系ね」

「そうなのか。カレーラーメンにも惹かれるけど、明日試合だし、野菜も食べたいから、単品中心のお店はパスだな」

「そうすると、もう、『ゴハンどき!』だけね。ここはチェーン店みたいだけど、定食中心ね。東京でいう『やよい亭』みたいなお店なのかな」

「ほかに選択肢もないし、そこにしよう。なんか北海道らしいメニューがあるといいけどな。ホッケ定食とか」


 そういうわけで、手を繋ぎつつ、「ゴハンどき!」に行って見ると、こ、ここは、パチンコのマルハンの併設店ではありませんか。お店の横で、チンチンジャラジャラ鳴ってるぞ。大丈夫か?

「パチンコ屋のビル中店か。客層悪そうだな」

「大丈夫かしらね」

「ああ、でも入口は全然別なんだな。中もフードコートみたいだし、パチンコ客が酒飲んで騒いでるようなことはなさそうだ」


 お店に入ってみると、パチンコ屋併設とは全然思えない、穏やかな雰囲気の店だった。典型的なフードコートで、券売機で食券を買って、ピーピー鳴るアレを貰ってテーブルで待つ方式のお店だった。

「俺は豚ロース生姜焼き定食かな。ほうれん草の小鉢が付いてるし」

「ここもガッツリ系が多いんだな。私は野菜タンメンに、かやくご飯を付けよう」

「お、その組み合わせいいな」

「食べきれないかも知れないから、少し手伝ってね」ってことになった。


 食券をカウンターに出して、待つことしばし、出てきたロース生姜焼き定食も野菜タンメンも、ちゃんと普通に美味しかった。北海道らしさは微塵もなかったものの(もしかして豚は十勝か?)、まともな晩御飯が食べられてホッとした。


 午後7時30分を過ぎて、外はもう真っ暗だ。

「きっと夜お腹が減るだろう」ということで、コンビニに寄って、飲み物とデザート、お菓子を購入して、再び駅を経由してホテルに戻った。

 

4 ホテルに帰って、杏佳はそのまま僕の部屋に「お邪魔しまーす」って入ってきて、紅茶入れて、デザートのプリンを食べながら、明日の打ち合わせをした。


「選手集合は9時30分だから、9時に出れば十分。だけど、コンビニで食料調達する必要があるから、余裕持って8時30分に出よう。裕はエントリー№4だから、すぐ一回戦があるわよ。その後、上からずらーっと一回戦こなしてから二回戦が始まるから、小武海君とは午後遅く対戦することになるわね。だいぶ間が空くけど仕方ない」

「ブイコアは二本しかないけど、ガット切れたらどうしよう。一本はもう結構使ってるし」って聞いたら、杏佳がスマホで調べてくれて、

「公園のすぐ南に『ストリングショップベガ』って言うお店があるわね。公園のテニス選手御用達なんでしょう。ガット切れたら空き時間に持って行こう。きっと今掻き入れ時だから、即張りしてくれるよ」ってことだった。よかった。


 そうやって午後9時過ぎまでおしゃべりしてたんだけど、これまでずっと気になっていたことがあったので、思い切って、

「そういえばさ」

「何?」

「今日、お前が外泊してるってこと、両親も知ってるんだよな」って、聞いてみた。


「そりゃそうよ。家にいないんだから」

「俺と一緒って知ってるの?」

「お母さんは知ってる。お父さんには、テニサーの合宿って言ってあるみたい」

「お母さん、心配しないんだな。ずいぶん信用されてるんだな。お前と俺」


「だって、裕は、私の嫌がることなんて、絶対にしないでしょ? 私を通じてだけど、そのあたりお母さんも良く分かってるのよ。逆に、私が嫌がらないのであれば、望んだことなのであれば、その気持ちは尊重する、って思ってるのよ」

「そうなんだ。お母さん、理解あるんだな」

「そうよ。もう二人とも成人だしね。みんなそうやってちょっとずつ大人になってくわけじゃない? お母さんもそうだったんじゃないかな。それに、今日は二人で外泊してるから分かりやすいけど、そういうの、別に外泊じゃなくたって、できないわけじゃないでしょ? だから、今日だけ心配しても仕方ないのよ」

「なるほど。良く分かった。ありがとう。そうすると、俺もお前も、ちゃんと考えて責任もって行動しないといけないんだな」

「そういうことね。雰囲気に流されないように、考えて、二人で作って行こう」


 杏佳はそこまで言って、チェアから立って、

「明日は大事な試合だから、今日はもうお風呂入って寝た方がいいわね。また明日の朝食で会おう。7時半頃電話するね」って言って、続けて「明日頑張ろう。裕、大好きよ」ってささやいて、僕の顔を両手で挟んで、豊かな胸に優しく埋めてくれた。今日は朝からずっと聖母様みたいに優しいな。まあいつも優しいけど。


 僕は、杏佳の柔らかで温かい胸に埋まりながら、が、しかし、

「‥‥‥待った待った。お前、言ってることとやってることが相反してるんだよ。とても嬉しいんだが、幸せなんだが、これで落ち着いて寝ろと言うほうが無理だ。壁隔てたすぐ隣にお前がいるわけだし、いろいろ興奮して、目が爛々と冴えちゃうだろ?」って抗議したら、杏佳は意外なことに、ちょっと悲しそうな表情になってうつむき、黒い瞳に影を落として、


「そっか、そうだよね‥‥‥。余計なことしちゃってごめんね。私も、こんな夜に二人きりでいると、やっぱり冷静になれないのね。気持ちが溢れてきちゃうのね。だけど、やっぱり明日試合だから、今日はいろいろできないし、そうすべきでもないわよね。私、裕のコーチなんだから」

「そうだな。お前が、『じゃ、お休みー。』って去って行ったら、だいぶ違ったかも知れないけどな」

「ほんとにごめんね。裕、悪いんだけど‥‥‥今夜は自分でなんとかしてね」


「またまたそれかよー」

「ほんとごめーん。悪いと思ってる。だから私のことだったら、どんなにエッチなこと考えてもいいから‥‥‥。だけどね、裕は分かんないかも知れないけど、私だってとっても辛いのよ。こんなことしてると、どんどんそんな気になっちゃって、さっきからすごく我慢してるの」


「そうか。いや、変なこと言って、こっちこそごめんな。お前もそう思ってくれてるのならいいや。それにお前の言う通り、試合前日にイチャイチャしてる場合じゃないしな。今日はこれまでにして、もう寝ることにしよう。それがなくたって朝練に旅行に珍道中で、すごく楽しい一日だったよ。ありがとうな。杏佳、俺もお前が大好きだ」って言いながら、僕は杏佳のおでこにチュってキスして、

「さあ、もう行け」って促して、杏佳をドアから送り出した。


 杏佳は、ドアを出てから、後ろ姿で両腕を前に組み、ちょっとフルフルしてたけど、そのうち顔だけこっちに振り向き、目じりに光るものを溜めて、何か言おうとして、でもやっぱりやめて、泣き笑いしながら、

「うん。裕、お休み。また明日ね」って言いながら、隣室のドアを開けて入っていった。僕は、それを確かめてから、静かにドアを閉じた。


5 あー、行っちゃった。まあしょうがない。自分で送り出したんだからな。

 僕はお風呂に温めのお湯を張って、ゆっくり時間をかけて浸かり、全身を綺麗に洗った。トイレと別だから、洗い場をちゃんと使えるのがいいね。

 お風呂から上がって、パジャマ代りのボクサーパンツとグレーのTシャツを着て、冷蔵庫からサービスのペットの水を出して飲みながらニュースを見る。


 あ、もう11時近いんだな。歯を磨いて寝よう。

 僕は歯を磨いて、文庫本持ってベッドにもぐったんだけど、ああ、やっぱりさっきの思い出しちゃった。血流が身体の一部に集中してるな。杏佳は、「私のエッチなこと考えて自分でしてね」って言ってた。だけど、現に隣の部屋にいるからなあ、なかなか「それじゃ遠慮なく」ってわけにもいかないよなあ。かといって有料ビデオじゃ、全然よその女だし、最後にフロント精算でバレて、それこそ凄惨なことになりそう‥‥‥。


 それじゃ、ま、本読んで寝るか。ベッドサイドの灯りを点けて、ハインラインの「月は無慈悲な夜の女王」を開く。しかしこれがSFのオールタイムベスト、なのか? いまんとこあんまり面白くない。古典は展開が悠長だな。なので2頁であっちが治まって眠くなってきた。ハインラインさん、ありがと、お休み。


 と思って、眼を閉じたところで、「ピンポーン!」って、もう、何ー?

 ドアのとこに行って、覗き窓から外見たら、杏佳が、「早く開けてよー。こんな格好なのよ。誰か来ちゃうよー」って窓覗きながら小さい声で言っていた。

 もう、しょうがないなー、と、僕がドアを開けると、白Tシャツとアイボリーのショートパンツ履いた杏佳が裸足で入ってきて、僕に抱き着いて、

「ねっ、私のこと想像して、自分でなんとかして、スッキリした?」って言いながら、胸を僕に押し付けて、上を見上げて、僕の眼を覗き込んできた。


「お、お・ま・え・なー。いい加減にしろよー(怒)! 人がせっかく、いろいろ我慢して、明日に備えて寝ようとしてたのに、なんなんだよ。しかもノーブラじゃないか。ポヨンポヨンしてるじゃないか。もう、これどうしてくれるんだよ」


 杏佳は、「そうか、まだだったのか。そうならいいなって思って来てみたの」って言いながら、おずおずと下見て、「あ、ほんとだ。なんか痛々しいな‥‥‥」って言ったあと、パッと笑顔になって僕見て、

「それじゃ、裕、お布団入りなよ。ほら」って、僕をベッドにまで押して行って、掛布団に押し込んだと思ったら、杏佳も隣にスルって潜り込んできた。


 うわー、なんだ? 何が起こるんだ?









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