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第7章 インハイの相手は、令和最強小武海明(こむかいあきら)に決定! しかし裕にも強力助っ人が!

第7章 鬼コーチ二人 7月


1 7月に入ってすぐ、嬉しい出来事が二つあった。

 一つは、W大学法学部の推薦入学の選考に通ったことだった。6月にインターハイ進出を決めたのも大きかったと思う。学校の校舎にも「祝 インターハイ出場 男子硬式テニス部 奈良裕君」っていう垂れ幕が下ろされた。


 推薦が決まったことは、放課後の廊下で担任の先生から聞かされたんだけど、「まだみんな受験生なんだからな。あんまり大喜びし過ぎるなよ」と釘を刺されたので、飛び上がって「ヒャッホー!」と叫びたいところをグッと抑え、両親と杏佳だけに「推薦決まった。嬉しい」とラインで連絡した。

 そしたら、瞬時に既読がつき、ものの5秒くらいの即レスで、杏佳から、

「おめでとう! 会いたい。すぐ会いたい!」という返事が来たので、「是非そうしよう。今どこ?」「今、ジムでトレしてる」「それじゃ一時間後に行く。レストスペースで会おう」「うん、待ってる。嬉しいな♡」ってことになった。


 下校してジムに駆け付け、階段を昇ってレストスペースに行ったら、杏佳はもう着替えてて、文庫本読みながら待っててくれた。ジムだからアディダスの三本線の黒いジャージと白Tシャツ。グレーのキャップからポニテを出してる。


「裕、おめでとう! よかったね!」 杏佳が満面の笑顔で迎えてくれる。

「ありがとう。ホントによかったー」って言い合いながら、顔の前で両手をしっかり握り合って喜びあい、自販機で缶コーヒー買って、チェアをくっつけて乾杯した。


「これで来年から私の一年後輩なんだね」

「うん、まあ、まだ秋の面接があるから、確定ではないけどな」

「面接で落ちた人なんて聞いたことないわよ」

「そうだろうな。モヒカンで行ったり、暴れ出したりしなければ大丈夫だろう」


「入学したらさ、私のテニサーに入りなよ。結構強いから練習になるよ」

「えー、俺、テニスはインハイでやめて、大学入ったらボディビル始めようと思ってたんだけどな。昇さん目標にしてさ。勉強もちゃんとしたいし、寿司屋のバイトも続けたいから、サークルやってる余力あるかな?」

「あんた、そんだけテニスの才能あるのに、勿体ないわよ。まあ、個人の選択だから、周りがどうこう言うものじゃないけどね。じゃ、インハイ終わったら、テニス続けるか、ゆっくり考えたらいいよ」

「そうだな。もう受験勉強の必要なくなったわけだから、時間もできるしな。だけど遊んでるとクラスメイトにも悪いから、普通に過ごすよ。学校の勉強もちゃんとやって、一度でいいから学年トップになってみたい。みんな受験勉強で期末試験どころじゃないから、今が狙い目だ。キヒヒ」

「ずいぶんずるいこと考えてるのねー(苦笑)。まあ頑張んなさいよ」


「‥‥‥ああ、そうだ。あと免許も取ろうと思ってたんだ。いつもお前に乗せて貰っててさ、俺も運転出来たらいいなって思ってたんだ」

「そうか、これから時間もできるもんね。私も大学入るまでの間に免許取ったんだ」

「親父のおんぼろクラウン、全然使ってなくて勿体ないから、平日は俺が有効活用させて貰おう。一限のあるときは、杏佳の家まで迎えに行くからさ、一緒に大学通おうよ。俺、お前の運転も好きだから、交代でやろうか」


「うわー、楽しそう。すごい楽しみー」って言いながら、杏佳が僕の胸に両手置いて頬っぺたくっつけてきた。僕も杏佳の背中を抱き寄せたら、杏佳が頬を上気させて顔を上げ、

「ねえ、裕、おめでとうのチューしたい!」って、大きな黒い瞳を輝かせるので、

「謹んでお受け致します。ではでは」って言いながら僕も顔を近づけた。


 そしたら、突然、上から、「こらこら、何をしてるんだ?」って声が掛った。

 見ると小山のような筋肉の大男が、換えのペーパータオル持ってニヤニヤしてた。

「ゲゲっ。しょうさん。いつの間に?」って僕は顔を上げたままうろたえてしまい、杏佳は僕の胸に顔を埋めて真っ赤になってる。なにしろ攻撃専門だから、こういう時は全く戦力にならないんだよな。


「ジム内でいかがわしいことしちゃいかんぞ。筋肉の神様が怒るぞ」

「いやあ、はは。しようとしてただけで、まだ未遂でしたよ」

「‥‥‥まあ、とはいえ、俺も思い当たるフシがないでもないから、人のことも言いにくいんだけどな。だけど堂々と人目につくようにしないこと。風紀を乱すなよ。ジムはネットカフェじゃないんだ。まあネカフェでも本当はダメだけどさ」


 僕は、それ聞いて、(お、なんか脈ありじゃないか?)と思って、

「いや、実は、こないだ尚さんにイチャイチャが見つかちゃって、その後は控えてたんです。だけど、今日は僕のW大の推薦が決まって、その報告に来たとこで、おめでとうのチューするとこだったんです」って、正直に話してみた。


「おお、そうなのか。おめでとう、コングラッチュレーション! それは仕方ない。神様も許してくれるだろ。お邪魔虫ですまなかったな」

「ご理解頂けたようで、ありがとうございます。昇さん、さすがです」

「ホントにおめでとう。じゃ、俺はこれからシャワー室の掃除に入るからな。いいか、10分は出てこないからな。それじゃな」って言い残して、昇さんは男子ロッカーに消えて行った。

 おお、カッコいい。昇さん、カッコいい男。


「‥‥‥今のは、イチャイチャのお許しなんだろうな?」って杏佳に聞いたら、

「そうなんじゃないの。きっと」って答えながら、しなっぽく身体をよじって、潤んだ瞳で僕を見上げてくる。

「そうだな、それじゃ改めて、可愛いお口を頂戴致します」

「うん、裕、おめでとうね!」


 僕が杏佳の腰を両手で抱き寄せ、ツヤっとしたピンクの唇に顔を近づけると、杏佳は赤い頬を綻ばせ、僕の首に手を回して、強く抱き着いてきた。


 僕たちは、昇さんが柱の陰から「出るぞ。いいか?」って言ってくるまで、禁断のラブシーンを延々と演じることとなった。 


 ******


2 嬉しかったことのもう一つは、ヨネックスの米山さんが、僕の要望を覚えてくれていて、ラケットとウェアを送ってくれたことだ。


 ある日、学校から帰ってみると、僕宛の小包が届いていて、「ワーイ!」って開けてみると、新品のR22と‥‥‥おお! こ、これは! ウッドのレギュラーサイズのラケット、なんと極小の70インチ。

 これは何だ? あ、カーボネックス(注 ヨネックスが昭和に作っていた木のラケット)だ。シャフトは赤で、フレームは塗装なしのウッディ。小っちぇー、重いー、グリップ太っ! サイズ5って初めて見たよ。

 ‥‥‥だけどこれ、すごくかっこいいなー。ラケット面しか覆えない小っちゃなビニールのカバーもいい。これ、きっとシャフトを持って歩くんだな。ブックベルトで教科書を十字に縛って、ラケットと一緒に持って自転車乗ったら、70年代のハイスクールの学生みたい。うー、やってみてー。


 それから、お、昭和ウェアが上下二着入ってる。色違いで青と黒だ。

 白基調のウェアなんだけど、胸から上だけ青もしくは黒で、襟と袖は白。パンツはウェストのゴムだけ青と黒になってる。てことはシャツをインする前提のデザイン。これもクラシカルでかっこいいなー。

 だけど着てみたら、まあ、予想通りなんだけど、パツパツのムチムチ。見ようによってはダサいという意見の方が多いかも‥‥‥。


 米山さんの手紙もついてて、「会社でデッドストック探してみたら出て来たんで送ります。R22は貴重な初期型です。あと、80年代のが好きらしいので、カーボネックスもつけておきます。こっちは実用には堪えないとは思うけれど、一緒に取っとくといいでしょう。ウェアはさすがに197㎝のはなかったので、一番大きいのを二着送ります。インハイではこれ着て華麗なサーブ&ボレー決めて下さい」とのことだった。米山さん、本当にありがとうございました。ペコリ。


 夜、親父が仕事から帰って来たので、早速見せて自慢したところ、

「ゲゲっ、こ、これは、カーボネックスの赤か! シンプルなデザインでかっこいいなー。40年ぶりくらいに見たぜ。これ確か緑もあったな。名前からすると、木だけじゃなくて、たぶん一部カーボンを張り合わせて、強度を上げてるんだろうな」

「えー、そうなんだ。これ、すごく、ガット張って使ってみたいんだけど」

「いやー、勿体ないと思うけどなー。まあ、お前のなんだから好きにすればいいけどさ。だけど、今のラケットに比べると、許容性が極端に小さいぞ。ほんとにボール一つ分くらいの真ん中に当てないとちゃんと飛ばないからな。シャフトも二股じゃなくて一本だから、面の端っこ当たるとラケット回ってまともに返らないぞ」


「そんなに扱いが難しいんだ」

「まあな。だけど、ビョン・ボルグ(注 往年の名選手。マッケンローのライバル。トップスピンの開祖)なんかは、このサイズの『ボルグプロ』ってラケットで、トップスピンをバンバン打ってたな。あと、神和住純(かみわずみじゅん。注 日本初のプロ選手。ハンサムで大変人気があった)が、このサイズで、ギュンギュンとキックするスピンサーブ打ってた。だから、小っちゃいけどやろうと思えばできるんだよな。俺は出来なかったけどさ」


「えー、そんなこと聞くと使ってみたくなるじゃんかー」

「だから好きにすればいいだろ。だけど俺は止めたからな。ははは」


 ******


3 7月半ばになり、北海道の苫小牧で行われるインターハイのトーナメント表がアップされた。

 僕はエントリー№4。要するに、二回戦で第一シードの小武海明こむかいあきら選手と対戦することになる。


 ジムの早朝トレのあと、杏佳に報告したところ、

「えーっ? 小武海君と当たるのかー。そりゃ難儀な相手になったわね‥‥‥」

「小武海ってどんな選手? 俺、テニス雑誌とか全然読まないから分かんないんだ。名前だけはチラっと聞いたことあるけど」

「こ、小武海君知らないのか。福岡の名門、柳田高校の三年生。インハイは一、二年ともシングルを制していて、今年も三連覇は確実視されてる。この10年くらいで、最強の高校生じゃないのかな。確か、高校生になってからシングル無敗だったと思うよ。50連勝くらい?」


「えー? 8ゲームマッチで50連勝なんてできるのか? プロの3セットマッチだって、なんかの拍子に最初のセット落としたりするじゃんか。50連勝って、小武海、よっぽど強いんだな」

「うん。高校レベルではちょっと抜けてるわね。たしか去年は高二でプロに交じって全日本選手権のベスト8まで進んでる。あんたほどじゃないけど身長があってね、182か3くらいかな。長身だからサーブがよくて、ストロークもいい、脚も速い、パワーがあるし、細かいテクニックもある。高い次元でバランスの取れたオールラウンダーね」

「全然隙がないじゃないか。すげー選手なんだな」

「うん。将来の日本の男子テニスを背負って立つって期待されてる。もうデビスカップとか四大大会とか、そういうレベルの選手になるんじゃないかな」


「やれやれ、ドロー運が悪かったな」

「裕は東京予選で棄権してベスト8どまりだったから、東京の最下位の扱いなのよ。だから、そんなとこに入れられたのね。だけど、インハイは128のドローを全部埋めるから、小武海君も一回戦あるのよ。むしろ小武海君が一回戦免除されてぶっつけ本番で、あんたは一つ勝った後で戦う方がよかったわね」


「まあ、嘆いていても仕方ない。いつかはこういう相手と当たるわけだからな。それに一回戦だって油断できない。インハイに出てくるくらいの選手だもんな。新潟銘訓高校の選手か」

「こんなとこに入るくらいだから、新潟の下位の選手でしょ。油断しなければ大丈夫じゃないかな。どんな選手か分からないのはお互い様だけど、初見で裕と対戦したら、それはそれは大変だと思うよ」

「まあ、一回戦負けしたら、所詮その程度の選手だったってことで、小武海どころじゃないしな。諦めもつくってもんだ」

「そうね。だけどあんたインハイ16の真司君に圧勝してるんだから、本来ベスト8とか4の力はあるはずよ。だから一回戦のことは考えないで、小武海君想定した練習をしていこう。強度も上げていくわよ」と、杏佳はそこまで言って、急に僕の腕を取って頬っぺたくっつけてきて、


「うふふ。私もね、北海道に付いてく‥‥‥。コーチなんだから当然よね。小武海君の一回戦、隣のコートで同時進行だろうから、しっかり観察して対策考えるわ。私が絶対あんたを勝たせてあげる。連勝50で止めてやろう!」って、メラメラと燃える瞳で僕を見上げてきた。

 僕は、「おお、そうか。来てくれるのか。それは心強い。嬉しい。楽しみ。頼んだぞ、美人コーチ」って応えながら、杏佳の肩を抱き寄せた。


 だけど、こないだのこともあるので、この先のイチャイチャは封印。

 二人で、「ふふ、ふふふ」と含み笑いしながら、顔を見つめ合うのみだった。




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