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第1章 第2話 

~ 奈良裕のサーブ 15ー0 ゲームカウント6-7 手塚リード ~


 今度はアドコートからのサーブ。奈良君は、またセンターにフラットサーブを放つ。でも今度はネットのコード(白帯)に「パシーン!」と当たり、上に跳ねる。ボールはどっちに落ちるかな。ああ奈良君側だ。フォルト。やっぱりフラットは精度が落ちるわね。

 セカンドサーブは、あれ? またフラットなの? 奈良君はしなやかな左腕から光の矢を放った。今度はクロス。真司君はまた一歩も動けない。


 だけど奈良君、薄いグリップしか使えないんだ。だからスピンサーブ(注 ネットを越えてから落ちる安全なサーブ)打てないんだ。サウスポーなんだから、せめてクロスにスライスサーブ(注 横にスライドするサーブ)打てれば楽にポイント取れるのに‥‥‥。なんて極端な選手なんだろう。


 30-0 今度もセンターにフラットサーブ。だけど、真司君は山張って跳んでた。ラケットには当てた。けど、弾き飛ばされて40-0。サーブに圧倒されてる。


 次のサーブでも、真司君は山張ってセンターに跳んだ。さっき弾かれたから、両手でラケット持ってる。あ、まさにそこ。奈良君のサーブがラケットを直撃する。弾かれた? いや、ボールは上に上がった。ネット付近に落ちて、高く跳ねる。

 奈良君はボールに近づいて、スマッシュの態勢。ああ、これで7オールか。仕方ない。あれ、ボールが戻ってる? 変な回転かかってるのね。奈良君はあわてて縦に構えたラケットを振り下ろすけど、ボールはネットのはるか下に「ガサッ」と突っ込んだ。

 持ち替えてフォアでスピンかけたら何の問題もないのに、ぶきっちょなんだ。

 

 そしたら、観客席から、

「裕せんぱーい。なにやってんのー? それプラマイ2ポイントじゃんかー?」って声が飛んだ。

「バカ、よせ。ドンマイ言えよ。お前」

「だって、今の惜しくもなんともないだろ? ドンマイもなにもないだろ?」

 そしたら、奈良君が、

「はは、うるせーよ。黙って見てろ。しょせん俺にはサーブとボレーしかないんだから、返ってきたらもうダメなんだよ。ストローク戦で手塚に勝てるわけないだろ」だって。

 割り切ってんのね。面白い子ね。


 40ー15 普通に考えればまだまだ奈良君有利。またセンターにフラットサーブを打ち込む。だけど、ちょっと長い? 主審がフォルトをコールする。奈良君はちょっと不満そうだけど、どのみち見えないんだから文句付けられないわよね。

 セカンドサーブもフラット。ああ、イライラする。スピンサーブ打てないの? あんたなら頭の上まで跳ねるわよ。その間にネットに詰めなさいよ。だけどフラットサーブはネットの白帯にパシンと当たって、ダブルフォルト。40ー30。真司君が追い上げてる。


 あれ? 今気づいたけど、あのラケットなに? 銀色で小さい、板みたいに薄いラケット。四角いからヨネックスよね。オレンジのライン。あれは‥‥‥そうだ、確かR22だ。ナブラチロワ(注 往年の名選手。女子史上最強クラス。筋骨隆々だった)が使ってた、伝説級の昭和のラケット。あんなの使ってる人まだいるんだ。絶対今のラケットの方が性能いいのに‥‥‥。

 それに、シャツをインしてる白いパツパツの短パン、今見ないわよね。ポケットにボール入れるとポコンってなるやつ。そんなの一体どこで買ったのよ?


 なんか、もう40年前にタイムスリップしたみたい。だいたい今どきサーブ&ボレーなんて絶滅危惧種でしょ。まるで昭和のビッグマンが令和5年に降り立った感じ‥‥‥。


 40ー30から、奈良君はクロスにサーブを打って愚直に前に詰める。真司君は山が当たってダブルハンドで何とかクロスに弾き返す。奈良君はフォアボレーをストレートに。真司君はリターンでコート外に出てたから苦しいけど、どうにか間に合う。クロスに視線を送ってフェイントかけて、ああ、意外、ストレートにスピンかけてロブだ。上手い。奈良君は慌てて後ろに下がって、でも長身だから追いついて、ボレーで真司君のバックへ。でももう球が死んでる。真司君は余裕でボールに追いついて、片手バックの構え。さあどうする。ストレート、クロス? 

 奈良君はもうネットにベッタリ詰めてパスの角度を潰している。あの長い腕ならどっちに来ても届くだろう。

 

 と、その刹那、真司君がグリップを厚く握り替えて、シュッとボールを擦りあげ、対角線に綺麗なトップスピンロブを放った。ボールのフェルトが黄色い霧になって舞う。あんなに強いんじゃアウトでは? って勢いだけど、大丈夫。きっついスピンのかかったボールは、頂点に達した直後「キャッ」って鎌首もたげてライン際で急激に落下する。奈良君は長い手足伸ばして必死に当てようとするけど、ボールはあざ笑うかのように、ラケットの先を通り抜け、そして、エンドライン手前で跳ねた。


 奈良君は尻もちついて、

「あー、やられたー。手塚、お前、ホントに上手いなー! 感心しちゃうよ、はは」って笑ってる。

 なんだか面白い子ね。しかも、今気付いたけど、顔がいい。すっごいイケメン。長めの黒髪を真ん中分けにして白いヘアバンドで留めてる。クラシックなハンサム。この子、絶対人気あるわよね‥‥‥。


 そこに応援団から声が飛ぶ。

「裕せんぱーい、何言ってんのー? そんな余裕ないでしょー。次のポイント取られたら負けなんだよー? インハイ逃すんだよー」

「バ、バカ、お前余計なプレッシャーかけるなよ」

「だって、ほんとのことじゃないか。だいたい裕先輩、人柄良すぎてガツガツできないからいつも肝心なとこで勝てないんだよ」

「そのとおり、そのとおりなんだけどさ。うう、裕せんぱーい、勝ってー、お願いー」って、男子部員が胸の前に両手握って必死に応援してる。健気だな。だけど女子はいないんだな。


 さあ、40オール。真司君マッチポイント。よく粘った。一発で決めよう。 


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