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第6章 第3話

~ 5回戦は8-2で裕が勝利。ベスト16でインハイを賭けて前年王者手塚真司と対戦 ~



5 僕がコートから出ると、杏佳と部員たちが、「ナイスゲーム!」って言いながら出迎えてくれた。


「ありがとな。杏佳に教わったスキルを全部試せた。ちゃんと全部使い物になった。次に向けて、収穫の多い試合だった」

「バックのスピン、ちゃんと打てるようになったもんね。だけど次は真司君だから、そうそう打ちやすい球は返してくれないわよ。基本はスライスで繋いで、十分な態勢で打てるときだけスピン使うこと。さ、次の試合まで少し空くから、お弁当にしよう。前と同じだけど、また作って来たわよ」

「えー、裕先輩、いーなー」と部員たち。はは、いいだろう?。


 木陰のベンチに移動して、部員たちは周りにシートを敷いて、みんなでちょっと早い昼食。あ、ここ、去年杏佳が手を振ってくれたとこだ。そんな思い出のベンチに座って、僕は、杏佳の作ってくれた梅干しのおにぎりを、「しょっぺー。うめー。でもすっぺー」って言いながら食べた。


「お、今日の卵焼き洋風なんだ。ベーコンと玉ねぎ、あ、チーズも入ってる。だからケチャかけて食べるのか。おー、うめー。愛情がこもってる。お前、ホントに料理上手なんだな。俺は幸せだよ」って褒めたら、杏佳は、

「いや、まあ、そんな大したものじゃ‥‥‥」って顔赤くして、人差し指で腿になんか書いてる。はは、相変わらず守りはユルユルだな。


「だけどね。おべんと食べたら、ちゃんと試合に向けて気合入れなさいよ。次の試合に、大袈裟じゃなく、あんたの人生がかかってるのよ。次勝ったら、W大の推薦貰って来年私の後輩になれるのよ。負けたら、あんた全然受験勉強してないんだから、浪人決定よ。たぶん。そのくらいの気持ちでね」

「うん。分かってる。まあ、一浪してお前の二つ後輩ってパターンもあるかもだけどな」

「んな、逃げ打ってんじゃないの! 誕生日二週間しか違わないのに二つ後輩になったら恥ずかしいでしょ?」

「いや、まあ、そうか。そうだな」


「‥‥‥それとね、真司君に遠慮は要らないからね。W実業、団体で都の決勝まで行ったから、インハイ行けるの。だから、次、あんたが真司君に勝ったって、彼、インハイ逃したりしないのよ」

「え? そうなのか。それは朗報だ。それじゃ、勝っても気の毒に思う必要ないんだな」

「『朗報』って、あんたも人がいいわね。‥‥‥まあ、普通、試合前にこんなプレッシャーかかるようなこと言っちゃいけないんだけど、あんた肝心なとこで優しさ発揮しちゃったり、潔くなったりしそうで心配なのよ」


「うん、まあ、そうだな。自分でも分かってるんだけどな。だけど、手塚、こないだの様子だと、なんか俺に思うとこあるようだったけど、いいのか? 前に何があったか知らないけどさ。知りたくもないけどさ」


「な・に・も・な・いっ! 嘘じゃない。遠慮は全く要らない!」


「‥‥‥そうか。分かった。そういうことなら、お前の言葉を信頼するほかないからな。全力でぶちかましてくる」


 と、そこに雄介が、

「前の試合6ー3です。そろそろ移動した方がいいですよ」って言いながら、1番コートから駆け付けた。


「よし。行くか、人生最大の大一番!」

「そうよ。あんたの力、解き放ちなさい。だけど頭はクールにね!」


6 私は、部員たちと一緒に、W実業の反対サイドの柵に陣取って試合観戦する。サングラスと日傘も忘れない。

 裕は、コートに降りて、今、真司君と軽くストロークしてる。どっちも調子よさそうだな。って思ってたら、後ろから、


「あれ? 杏ちゃん?」って声が掛かった。

「ああ、米山さん。お久しぶりです」 私はサングラスを取って会釈する。


「ほんとに久しぶりだね。一年近く会ってなかったかな」

「去年のインハイではお世話になりました。サポートありがとうございました。頂いたラケット、今でも使ってますよ。選手引退しちゃって、米山さんには申し訳なかったですけど」

「いいよ。ラケット4本くらい。競技続けるかだって、選手本人の意志が最優先さ。今日は真司君の応援に来たの? 彼、ほっといても連覇濃厚だと思うけどね」

「ええと、まあ、それもあるんですけど‥‥‥あ、いや違います。すみません。真司君じゃなくて、今対戦してる奈良裕選手の応援なんです。今、私が指導してるんです。まだ粗削りだけど、かなりいい選手なんです。彼のブイコア、去年米山さんから頂いた2本ですよ。すごくいいラケットだって言ってました」


「へー、そりゃ嬉しいね。しっかし、ずいぶん背の高い選手だなあ。あれだけ手足長いと、俊敏さはどうかな。正面のボールのさばきとか」

「身長は197㎝です。あとは見てれば分かります、ふふふ」


 サーブは裕から。

「8ゲームマッチプレイ!」の声とともに、裕はデュースコートで、いつもどおりトントンと2回ボールをつく。真司君は軽くポンポン飛んで、スッと低く構え、「さ、来い!」って気合を入れる。

 裕、分かってるわよね? 真司君含め、W実業の人たちは、みんなあんたのこと、フラットサーブとワングリップだけの不器用なビッグマンだと思ってる。


 さあ、しょっぱなから度肝抜いてやりなさい。


 裕には、ちゃんと伝わってる。シンクロしてる。

 裕は、トスを後頭部にスッとあげて、背中を大きく反らせ、膝を深く折る。スピンサーブの構え。

 真司君が「!」ってなってるけど、コースが分からないから動けない。裕は、反らした身体を背筋で支え、そしてジムで鍛えた腹筋で一気に戻しながら、ボールを左上に擦り上げる。まるで、きつく湾曲したプラの定規が「ピンッ」って真っすぐに戻ってるみたい。

 ボールは対角線に高く飛び出し、だけどネット超えたところで「ストーン!」と急降下。コーナーに着弾して、逆方向に「ギュイーン!」と高く跳ねる。真司君は、サーブが打ち出されてすぐにフォアに移動し、バウンドに合わせてリターンに入る。

 ‥‥‥だけど、これは彼の長いテニス人生の中には存在しないサーブだった。

 ジャンプした真司君が伸ばしたラケットの、さらに上まで跳ねたボールは、そのままエンドラインのはるか後ろまでバウンドしていった。

 

 跳んだが届かず、屈辱の空振り。


 真司君も、Wの応援団も、米山さんも、眼をまん丸にしてる。

 そして私は、静かに頷く。裕、ナイスサーブ。今までで一番いいスピンサーブだったわよ。まずは15ー0。


 裕はアドコートに移動。ここはスライスよ。返ってくるまでスライスでいいからね。裕は、身体の外にトスをあげ、真司君もバックに移動。裕はかまわず、高速スイングでボールの左上を擦り、サイドライン際に放つ。ネットを越えてライン際に落ちたボールはさらに右に切れて、飛びついた真司君のラケットの先を抜ける。

 さっきの選手は触れたけど、真司君はサイズがないから無理だ。30ー0。


 デュースコートで、裕はまたさっきと同じコースにスピンサーブ。真司君はさっきの弾道を覚えてて、今度はうんと後ろに下がっていて、フォアでハードヒット。だけど、エンドラインのはるかに後ろからで、しかも十分な態勢が取れないから、コースは狙えず、真ん中へ。だけど、ああ、さすがね、ちゃんとスピンかけて裕の足元に落としてきた。

 裕はハーフボレーでポトンとネット際に短く落とす。真司君はあんな遠くからなのに、諦めずネット際にダッシュ。これは速い! まさか追いつくのか。ああ、追いついた。だけど触るだけ。目の前のネットには裕が高い壁みたいに待ち構えて、今真司君が走ってきたオープンコートにポンとボレーを落とした。40ー0。


 アドコートから裕はまたスライスサーブ。今度は思い切りバックに寄っていた真司君はなんとかリターンするものの、やっと追いついただけなので、ボールは力なくストレートに。楽々追いついた裕が、ガラガラのオープンコートにバックボレーを送り込んだ。ゲーム裕。ナイスキープ。ゲーム1-0。


 真司君にはつらいゲームだ。ストローク戦に持ち込みたくても、ろくにボールに触れない。接点のないテニス。


 第2ゲーム。

 真司君は、コートを移動して、ボールをエンドラインにトントンつく。

 きっと、(大丈夫。ストロークは下手だ。サーブをきっちり入れて、打ち合いに持ち込めばまず負けない。そして、どこかであいつのサーブを一つ破る)って思ってる。でもね、私、この二カ月半、それ見越して、裕を鍛えたのよ。

 真司君がトスを上げる。まず間違いなくスライスをバックに打ってくる。コートから追い出せるうえに、低く滑って返球しにくいからね。ああ、やっぱり。サーブは対角線にスライドしながら弾む。‥‥‥だけど、裕はもうそこに詰めていた。


 セイバー炸裂。


 裕は打てないはずのトップスピンで綺麗にストレートを抜いた。真司君は完全に不意を突かれて一歩も動けない。0-15。お見事。綺麗に決まり過ぎた感もあるけどね。


 真司君がアドコートに移動、

(まあ、出会い頭で一つくらい決まることもあるさ。付け焼刃だろ? もう一回バックだ)って思いたいわよね。やっぱり、再び裕のバックにスライスサーブを放つ。またやられるわよ。

 裕は同じくバックのスピンでブロックしながら前へ詰める。リターンは真ん中深くに返ったけど、カウンターなので十分な態勢が取れない。パスの角度も付かない。すでに裕はネットにべったり詰めてる。これならどこにきても長い腕で取れる。真司君もそれ分かってるから、打つなら上、ロブをあげるしかない。けど浅くなる。

 裕が待ち受けて十分な態勢から爆撃みたいなスマッシュを真正面に突き刺し、ボールは真司君のはるか頭上を通過して金網の上段に当たって落ちた。0-30。


 こうなると、もうフォアに山を張っていい。デュースコートから真司君は裕のフォアにスピンサーブ。裕は前に出て、もう厚いグリップで待ってる。また、打てないはずのフォアのスピンで真司君のバックを打ち抜く。真司君は一瞬追ったけど、すぐ諦める。0-40。速いサーブが打てないから、もうセイバーやり放題だ。


 そうはさせじと、真司君は、アドコートから、フラット気味にバックに速いサーブを放つ。裕も、これはさすがに前に出られず、ブロックしてバックに返し、急いで後ろに下がる。真司君は裕のバックにスピンを打ち込み、裕はスライスでしのぐ。

 何球か往復した後に、突如真司君がオープンになった裕のフォアに打ち込む。裕はやっと拾って真司君のバックに、だけど浅くなった。真司君はスライスでストレートにアプローチしてネットに詰め、それを裕はコンチのバックで追う。

 真司君は(どうせストレートだろ? クロスに来てもスライスなら遅いから届くぜ)って思ってる。

 裕、使いどころは今だ! 3ポイントリードしてる。スピンでクロス打て。

 裕は、グリップを厚くして、思い切り「バコーン!」とクロスへ。真司君はストレートに寄ってたので、飛びついたけど、届かず。ボールはネットの真ん中を通過して、コーナーに着弾。ゲーム裕。2-0。


 今のも出来過ぎね。

 だけど、はったりなんて、派手な方が効くのよ。

 これでもう、真司君はネットでストレートに張れなくなった。

 打てる手が、次々とつぶされていく。


 真司君は、まだ1ポイントも取れていない。混乱してるだろうね。不器用なビッグマンだったはずの裕が、全てが高レベルのオールラウンダーに変貌したように見えている。まあ、多少まぐれもあるんだけどね。まぐれでも、たまに決まる程度の実力が付いたのよね。


 ごめんね、真司君。


 私、真司君が私のこと好きなんだってこと、ずっと好きだったってこと、気付いてたの。あなた本当に真摯で、穏やかで、チームに尽くせる人で、私も気になっていた時期があったのよ。


 だけど、私、一年前のここで、裕に会っちゃったの。私と真司君があれほど望んでも手に出来なかった、輝くような素質に魅了されたの。それにね、裕は素質だけじゃない、すごく優しくて気持ちのいい男だったの。だからいつかまた会いたかったの。育ててみたかったの。再会するまでは、ほんとに育てることになるなんて思ってもみなかったけど。


 ごめんね、真司君。私、もう、裕のものなの。


 そして、私、どうやら、怪物を育てちゃったみたいね。




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