第4章 オマケその2 初デートは焼肉で!
第4章 オマケ2 ペアルック?
1 土曜日のお昼、僕は杏佳と一緒に新宿西口の地下を歩いている。なんだか人がすごく多い。
「あれ? 通路がすごく限定されてるな。なにこれ、小田急百貨店の建て替え工事やってるから?」
「そうなの。あと5年もかかるらしいわよ。私もしょっちゅう通ってるけど、移動時間かかるし、いっつもイライラするわ」
「あれ、しかも地下鉄の前で通路が3m幅になってるぞ。こんなの詰まるに決まってるじゃないか。人流が集中して、まるで砂時計みたいだな」
砂時計の中を時速1㎞くらいでノロノロ進み、なんとか最狭部を抜け、やや疲弊しつつ小田急ハルクのデパ地下前まで来たところで、
「ん? 杏佳がいない。なんだ、あいつしょっちゅう来てるくせに迷子になったのか。まったく‥‥‥」って言いながらキョロキョロしてたら、後ろから「ゲシッ!」っと腰に一撃が飛んできた。イテー!
「ちゃんとここにいるわよ(怒)。なに? 小っちゃくて見えなかったって?」
「あれ? 杏佳さん、いらしたんですか。あは、あははは」
「笑ってごまかすんじゃないわよ」
「いやあ、大変失礼致しました。それじゃ、はぐれないようにお手を拝借」って言ったら、杏佳は、
「ふん。どうぞ」って、あっち向いたまま、右手を差し出してきた。
小っちゃくて、しっとりした、素敵な手。僕が指を深く絡めて、ギュってしたら、杏佳もギュって握り返してきた。見たらニコニコしながら、頭を僕の腕にもたげてた。可愛いな。
「そういや、杏佳と手を繋いで歩くの初めてか?」
「そうかもね。意外だけどね」
「歩いて移動する機会が少なかったからな」
「そうね。車じゃ手繋げないしね」
「‥‥‥しかし、なんだな、手を繋ぐより先に谷間にモフモフしちゃったのか。順番一切無視だったんだな、あはは。俺あんときダメもとで言ってみたんだけど、まさかOK出るとは思わなかったよ。お前も思い切ったなー。ありがとな」って言ったら、あら? 杏佳が手を繋いだまま、左下見て固まってる。
「うるさい。バカ‥‥‥」とか言いながら、羞恥に堪えかねて白い耳を紅に染めてフルフルしてる。はは、相変わらず守りはユルユルなんだな。
今日の杏佳は、こないだ寿司屋でリクエストしたダークグレーの長袖ミニワンピ。帽子は被らずに栗色の長髪を高い位置から二本の編み下ろしツインテールにして、それぞれの根本にグレーのリボンを付けている。シューズは5㎝ヒールの黒いブーツ。そして今日の目玉は何と言ってもアイボリーのニーハイソックス。ニーハイとワンピの間に10㎝くらい真っ白な太腿が露出して、ニーハイとの境目がちょっと凹んでいる。いい、すごくいい。短いソックスよりも露出度全然少ないのに、なぜか色っぽい、だけど可憐。ああこんな娘が彼女なんて幸せだ。
もちろん、さっき府中駅で会ったときに、「ひー、眩しいー。目がつぶれそうだー。サングラスくれー!」とか、口を極めて褒めておいた。杏佳も、「ふふん。そう?」って満足そうだった。
2 ハルク横の出口から地上に出て、青梅街道を左に曲がってワンブロック。ウィンザーラケットショップに入る。
今日はもう一本のブイコアにガット張りに来たんだ。
入って真ん中のガット売り場で、杏佳が、
「メーカーはいろいろあるんだけど、やっぱりヨネックスにする?」と聞いてきたので、
「そうしようかな。これまでずっとそうだったし、ラケットもヨネックスだからな。メーカーも相性考えて作ってるんだろうし」って同意した。
「このガットが、今張ってるやつね。『ダイナワイヤー』って言うのか。ナイロンの太い芯糸に20本くらいの細い糸を巻き付けた構造ね。昔からある、ごく一般的なガット。裕のブイコアはこれの1.3㎜。ひとつ細い1.25㎜もあって、タッチもスピンもちょっといいんだけど、細い分耐久性に難があるから、普段は1.3で十分。試合前に1.25に張り替える感じかな」
「なるほど。まあ、これでも十分なんだけどな。こっちのは?」
「こっちのはポリエステルね。『レクシス』って言うんだね。200本くらいの細い糸をよりあわせて作ってある。今はプロも大抵これ使ってるわね。ああ、大坂なおみ選手が使ってるって書いてある」
「ナイロンとはどう違うの?」
「私が使った限り、正直そこまで違いがよく分からないんだけど、ポリの方が、なんかこう『ギチッ』って食いつきがいい感じはするわね。だからスピン性能が高いのかな。あと反発力もナイロンよりちょっと高い気はする。ナイロンはよくも悪くも普通っていうか、ポリに比べるとモサっとした感じがするな。その分選手の意志を忠実に反映する気はするけどね。ポリはよりシャープな印象で、ガットが自分で仕事してくれてる感じがある」
「なるほどね。まあ、使い比べて、いい方を選べばいいんだもんな。じゃ、レクシスの1.3㎜でいこう。58ポンドで」
「それじゃラケットちょうだい。レジに出してくる。今日は張りあげ無理だから、私、大学の帰りに取ってきてあげるね。金曜日に渡すよ」
「うん。ありがとな」
ラケットを出した後、二階に移動してウェアを見る。薄々予想はしていたが、ああ、やっぱり、今はパンツは全部だぼだぼなんだな。ちょっとだらしない印象だけど、夏場なんかはこっちの方が涼しくていいか? あとポケットにボールが沢山入りそうだな。
「あんたも、昭和チックなパツパツのウェアやめてこっちにしたら? だいぶ楽になると思うよ」
「えー、昭和ウェアかっこいいじゃんか。なんかこう、『ジェントルマン』って感じがしてさ。俺、親父のお下がりがボロボロになって、みっともなくなるまで着るよ。ラケットほどは性能差ないだろ?」
「あはは、まあいいけどさ。実は私もあんたのウェア見てて、なんかクラシカルでいいなあ、って思ってたんだ。私もあれ好きよ。確かに『紳士』って感じがする」
「そうか、よかった。お前が変えろって言ったら変えようかなー、って思ってけど、昭和続行だ。‥‥‥ああ、そうだ、思い出した。今日はリストバンド買おうと思ってたんだ。大きいのがいいな」
僕は、ヨネックスの白い大き目のリストバンドを二つ買って、
「はい、一つはお前のだ。今日はつきあってくれてありがとな」って言いながら、杏佳に一つ渡した。
「え? プレゼントしてくれるの? わー、ありがとー。嬉しい」
「いつもいつも世話になってるからさ。こんなもので悪いんだけどな」
「すごい嬉しい。これお揃いだね。ペアルックなんだね!」
「いや、まあ、そうか。一応そういうことか」
「それじゃさ、裕、これつけて一緒に試合出ようよ。7月に府中の市民戦があるから、ミックスダブルスに出よう!」
「ええと、7月なら、ほかの大会にかぶらないか。それも楽しそうだな。じゃ、そうするか。エントリーはお任せしておいていいのかな」
「もちろん! 嬉しいー。裕、頑張って絶対優勝しようね!」って言いながら、杏佳が僕の腕を取って抱き付いてきた。胸がポヨヨンって揺れて気持ちいいな。
3 お店を出て、ハルクの向かいにある、杏佳お勧めの焼肉レストラン「明月館」に移動する。石造りの重厚なビルが丸ごと焼肉屋なんだな。聞けば、日本最古の焼肉店で、叙々苑の創業者もここで修行したんだそうだ。
杏佳が来るくらいだから、どんな高級店かと思ったら、ランチ1300円だった。そんなもんなんだ。キムチ、ナムル、スープもついてる。お得ー。僕がハラミランチ、杏佳がカルビランチを頼んで、「半分こしよう」ってことになった。
さすが老舗。お肉はすごく美味しかった。いい肉使ってるのが僕でも分かった。量もあって、とてもランチの焼肉だと思えなかった。キムチと焼肉にまみれた口内を清めるために、ゆずシャーベットを頼んだんだけど、それでも2000円しないんだもんな。いい店紹介して貰った。機会があったらまた来たいな。
お店で貰ったブレスケアを噛みつつ、手を繋いで、京王新宿駅に戻る。さっきの人間砂時計は避けて、地上を遠回りした。
「そう言えばさ」
「何?」
「よく、『付き合いの浅いカップルは焼肉行くな』って言うよな。あれなんで?」
「そりゃ、ニンニクプンプンになっちゃってチューできないからでしょ?」
「あ、そういうことなのか。なるほど!」
「でも二人ともニンニクになるわけだから、チューしたって分かんないわよね。どっちか一方っていうならまだしも」
「あはは、そのとおりだな。しかし、なんだ、俺たち初デートが焼肉って、しょっぱなからセオリー無視しちゃったんだな」
「そうだけどさ、今日は昼間だし、こんなに人も大勢いるんだから、堂々とチューなんかできないでしょ? だから気にすることないわよ」
「はは、そうだな。なんかちょっと寂しいけど、今日は手を繋げたからな。よしとしよう」
******
京王線の特急で府中まで戻り、二人で降りる。杏佳は分倍河原の方が微妙に近いんだけど、「歩いて送ってくよ。一緒に降りよう」ってことにした。駅の南口を出て、旧甲州街道の裏道を手を繋いで歩く。
「そうそう、さっきの市民戦の話だけどね、ミックスダブルスはBクラスとAクラスがあるんだけど、どっちで出る?」
「さすがに俺たちBクラスに出たらまずいんじゃないの?」
「まあ、そうか。だけどAクラスはレベル高いよ。それこそテニスコーチみたいな人も出てくるから」
「そのくらいの方が面白いだろ。いっちょやってやろう」
「ふふ、そうね。いいじゃない。じゃ、頑張ろうね」
杏佳の家には15分くらいで着いた。病院の横に豪邸が建ってる。高い塀に囲まれていて、中はよく見えない。
「こんな家の近くで手を繋いでていいのか? 親にばれたら大変だぞ」
「別に構わないわよ。お母さん知ってるし。裕なら全然文句ないって言ってたわよ。お父さん同士も仲良しだって」
「そ、そうだったのか。ま、でもそれならいいか。‥‥‥しかし、お前の家、相変わらずデカいなあ。これ、車でウィーンって門くぐって屋敷までしばらく走るんだろ? 奥の方なんか霞んで見えないぞ」
「大袈裟ねえ‥‥‥。車庫ならそこにあるでしょ? お家だって、たぶんテニスコート二面分くらいじゃないかな?」
「テ、テニスコート二面分もあるのか。冗談で言ったのに‥‥‥」
さて、ちょっと日も傾いてきて、楽しい時間も、もう終わり。早く帰した方がいいよな。親から見たらそういう信頼感って大事だよな。だから、名残惜しいけど、
「杏佳、今日は本当にありがとうな。すごく楽しかった。焼肉も美味しかった。また機会があったら一緒に行こう」って肩を抱き寄せて言ったら、杏佳は、
「うん‥‥‥。私も楽しかった。裕、ありがとうね」って言いながら、ああ、目尻に涙溜めて、手で擦ってる。
「泣くなよ。またすぐ会えるって」
「そうだけど。そうなんだけどさ。今が辛いのよー。あんたはどうなのよー?」
「いや、俺も辛いけどさ。ちょっと我慢したらまた会えるんだろう?」
「そりゃそうだけど、うー、今が、今が、うー」
「はは、そしたら朝、壁にくればいいんだよ。俺、明日だっているぜ」
「うー、じゃ、今日はあきらめるけど‥‥‥ん? 全然届かない。ちょっと、裕、あんた顔が遠すぎるから、膝折って、しゃがんで」 僕は、何だろうって思いつつ、杏佳の横に膝折ってしゃがんだら、ああ、丁度目線が同じ高さになるんだな。
「あー、きた。ふふ」って言いながら、杏佳は顔を斜めにして、小ぶりなピンクの唇で、僕のほっぺにチュってしてくれた。そして、「ふふーん」って満足そうに微笑んで、僕の首に手を回してギュってハグして、顔を胸にモフって埋めてくれた後、胸の前で手を振って、
「じゃ、またね! 裕、大好き!」と言って、パタパタと駆けて行った。あれ? 門は、いつ開いたんだろう。
僕は、後ろから、揺れるツインテールとアイボリーのニーハイ見ながら、ほっぺに手を当てて赤くなっていた。これ、しばらく顔洗いたくないな。
だけど、その一部始終は門のとこの監視カメラでお母さんに全部見られてて、杏佳がグニュグニュしながら家に帰ったら、お母さんから「ちょっと、そこに‥‥‥」って、お小言を頂戴したそうだ。
みなさま。いつも本作をご覧いただき、誠にありがとうございます。
PVのデータを見ますと、毎日、15名程度の読者様が最新作を読んでお帰りになる、というサイクルが確立されているようです。あとは、新規の方がちょびちょび、といった感じでしょうか。
さて、次回からはいよいよ試合のシーズンに突入です。今季初戦は男子団体戦。どうなりますでしょうか。
それでは今日(7/24)も暑くなりそうですが、お互い頑張りましょう。
小田島匠




