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名前も知らない乙女ゲーム風世界に転生したらしい

作者: 月鳴


 それまでの私はいつの間にか死んで、乙女ゲーム風世界に転生をはたした。

 

 回帰転生とか妙齢の時期に前世を思い出すとかではなく、赤ちゃんとして生まれてきたので、この国の常識は歳を重ねることで身につけることが出来た。その結果ここは乙女ゲームっぽい国であることに気づいた。

 もっと正確に言えばよくある乙女ゲーム風小説の世界に酷似していた。

 

 この世界は物語的世界観(ご都合主義)によって出来ているようで、今の王妃様は国王陛下とドロドロの大恋愛の末にご結婚された元平民の男爵令嬢で、すったもんだの末に国王陛下の元婚約者は隣の隣の国の皇帝に攫われるように嫁がれて皇后陛下におなりになっている。

 

 なにそれめっちゃ聞いたことある!!!

 私その顛末めっちゃ聞いたことある!!!

 

 思わずその顛末が書かれた現代史の本を読みながら机を叩いた。

 しかし、そんなわけで我が国は隣々国には冷遇されているし、隣国は間に挟まれて迷惑そうにしているという絶妙に国境が不穏だったりする。そんなところをリアルにしなくても……とは思ったがここはリアルなのだから仕方ない。


 ただまあ、王妃陛下は結局お子に恵まれず王は婚姻の翌年には第二妃になる侯爵令嬢を娶り、無事に二男一女をもうけているので国としては安泰だが、男爵令嬢は結果的にざまぁをされているようで……。

 王妃でありながら子を産めず、後継を持てない、というのはだいぶ辛い立場なのではなかろうか。

 まあそんなこともあり王妃陛下への王の寵愛も離れつつあるため、現在内助の功となっているのは、血統や教育レベルから見ても第二妃様で、国王陛下は公の立場は置いておくとしても、最愛の人を孤立させただけのこの結末は一人の男としてどうなんだという気もする。

 が、その諸々は私には無関係なので一旦忘れることにして、とりあえず私はこの世界はまるで前世の創作世界のようだと思ったのだ。

 いや、歴史なんて紐解いてみたらみんなそうかもしれないけど!

 そして大団円的ハッピーエンドを迎えてないところがめちゃくちゃ現実的なので創作世界と言ってもいいか迷うところではあるけど!


 

 さて、子供時代より時を重ねて、私は十五歳になり、貴族の子女が集うアルルーヤ学院に入ることになった。

 十五歳から三年間、通いであったり、寮に入るなりして生活することになる場所だ。

 前から思ってたけど貴族なのに男女共に同じ学校に行くのってなんだか現代日本みたいで、こういうところも物語的だなぁと思う。学校は年頃の男女を一箇所に集めるにはもってこいのシチュエーションだからってことなのか。

 

 王様と王妃様と元婚約者様が恋の鞘当を繰り広げたのも、もちろんこの学院でのことである。きっと王妃様はモテモテだったに違いない。――そう考えると王妃様って子どもが出来なかったんじゃなくて、子ども持たせてもらえなかった可能性も――いやいや、国の暗部にまで関わりそうな妄想はやめよう。王妃様は学生時代、ある種の幸せの絶頂にいただろうけど、人生そう上手くはいかないってことで。

 

 

 学院への入学も決まり、未来のことが現実に近づくごとに、私は考えるようになった。

 私もいつかは乙女ゲーム風小説の悪役令嬢のように、婚約破棄されてしまうのだろうかと。

 

 私はルメスティア国のエルンラーデ侯爵家の娘に生まれた。

 信じられないくらい大きなお屋敷に住み、信じられないくらい大人数の人に囲まれて過ごし、信じられないくらいの金をかけられて育てられている。元庶民の価値観からは泡を吹いてしまいそうな毎日だ。

 二つ上に双子の兄がおり将来はどちらかがお父様の跡を継ぐ。私は今のところ末娘として可愛がられているが、本音を言えば弟が欲しかった。

 

 ああ、話を戻そう。私は高位であり、有力貴族の娘なので当たり前のように政略的な婚約者がいて、それが湖水地方を治める大公閣下のお孫様であるグラド・デュランダル様だ。

 艶々とした黒髪とグレーシャーブルーのような美しい瞳を持つ貴公子である。私のひとつ上の十六歳ながらも既に大人顔負けの上背があり、文武に優れた美男子でもある。性格は生真面目で、かつ周囲への気配りを忘れない高潔な精神をお持ちの方だ。

 そんな彼もそのうち登場するだろうヒロインに鞍替えして、私は婚約破棄されるかもしれないのだ。

 私の婚約者は十歳の時に婚約がなされた時から欠かさず誕生日を祝い、月の変わりには必ず直筆の手紙を送り、季節の変わり目には我が領地まで訪れる大層生真面目な人であったとしても、だ。

 

 ――だってここはそういう風にできている世界だから。









 



 

 ――と、思っていたのですが。

 

「ルーチェ、こちらに来なさい」


 硬質で冷淡な声が私を呼ぶ。私の婚約者様は一見普段通りに見えるが、めちゃくちゃ周囲に威圧感を振り撒き、身体の周りには魔力のオーラのようなものが渦巻いている。どうやら彼はものすごく怒っているらしい。

 私はといえば公衆の面前でヒーローたる王子様とヒロイン様に断罪イベントをされている真っ最中で、その会場となった昼間の食堂にて大魔王が降臨していた。

 いや、私の婚約者なんだけども。


「グ、グラド様……」


 あの、私も行けるものならそっちに行きたいんだけど、足が凍りついたみたいに床に張り付いて動かないの。たぶんあなたから発される覇気のせいでちんちくりん魔力しかない私は抵抗できないんです。誠に残念ながら。

 そんな思いを込めて彼を見つめると、グラド様はこめかみをピクリとさせて、怒りを増幅させたようだった。いやぁ、怒んないでよぉ、しょうがないじゃん。

 すっかりラスボスのような殺気を噴出させる彼を見て私は不意に思い出した。

 

 ――あれ、この人、もしかして湖面の悪魔と契約した……?


 この国には神話にも近い逸話がある。

 この国が出来るはるか昔のこと、今の大公領がある湖水地方を支配していた悪魔がいた。

 当時のその世界には神や悪魔が当たり前に存在していて、人は動物と変わらない扱いだったのだという。

 湖面の悪魔はその中でもとりわけ力を持った悪魔だったらしく、彼には庇護を求める脆弱な魔物から、果てには信仰めいた感情を抱く人間もいたそうだ。

 そうして少しずつ悪魔の元に身を寄せるものが増えていき小さな国となった。

 時は流れ、創世神が新たに神々の世界を作り人間たちと暮らす世界を分けた頃、神の加護を受けた人と悪魔の加護を受けた人が領地や豊かさを求め戦争をするようになった。

 ほとんどの場所で悪魔は負け、当時の悪魔の盟主であったひとりの大悪魔が影の世界を作り、悪魔たちはそこへ逃げ去っていったが、湖面の悪魔だけはその地に残り傷ついたものを癒し守った。それが今日(こんにち)にいたる大公家の起こりとされている。

 だからかの領地は自治権を持ち他国からの干渉を受けなくていい特区になっていた。一応括りとしては我がルメスティナ国の一部ということになってはいるけど、互いに危害を加えない代わりに政治・経済に口を挟まない同盟関係みたいなものだ。


 そしてその大公家というのは長い歴史の中その血も大分薄れてはきたが、悪魔の子孫であり、彼らはそう望めば悪魔の力を使うことが出来るのだという。それが湖面の悪魔との契約で、力を行使すると瞳が血のように赤くなるとされている。

 うーん、確かにあの美しかったグラド様の氷河の瞳は見事に真っ赤っかになっているね。なんかほんとにゲームのエフェクトみたいな禍々しいオーラと相まって悪役みたいになっている。

 

 というか、そもそもどうしてこんなことになっているのか。それを説明するには学院に入学してからの話まで遡る。


 

 ◇◇◇


 

 私はグラド様に遅れること一年、アルルーヤ学院に入学した。前世の頃に見たことのあるような制服の豪華バージョンみたいな服を着て妙な郷愁を覚えながら、生徒会長である第二王子のスピーチを聞いていた。

 この王子様は顔もいいが声もいいなどと適当なことを考えながらステージをぼんやり見つめる。

 王子はグラド様と同学年でグラド様は生徒会には入っていないが、寮の風紀委員を務めているらしい。ここだけ聞くとなんちゃってファンタジー系学園モノの乙女ゲームだ。貴族の学校の生徒会ってなんやねんって前世で思ってたのはここだけの話。

 

 舞台上に並ぶキラキラしいメンツも生徒会の人達でそれはそれはイラスト……いや、スチルにしたら映えることだろう。

 そして新入生からも二人、新しい人員が選ばれることになっていた。一人は、私。そしてもう一人が……。


「ランドルフ様っ!」


 王子の名前をキャピキャピっと語尾に星かハートでも着いていそうなはしゃいだ声で呼ぶ可愛らしい少女。

 彼女の名前はアルテミス。去年まで市井に住んでいたが母親が亡くなり親戚の男爵が引き取ったとかいう平民あがりの男爵令嬢だ。

 ピンクブロンドの髪に頭の中身もピンクに染まっていそうないかにも「私がヒロインです!」と主張の激しい彼女が、私と同期の生徒会員になるらしい。

 入学式の後行われた生徒会の顔合わせ三秒で私は行く末を悟った。

 

 ――あーあー、なるほどね、私はこいつらにとっての悪役令嬢なのか、と。

 

 高位の婚約者がいて、都合よく成績も家柄もいい、非の打ち所のない(いけ好かない)ご令嬢、と言ったところだろうか。

 

 正直ここまで来てもこの世界が「どういう物語を題材にした世界なのか」という疑問は解けていない。私にわかるのはなーんかこの世界と似たような話を読んだことがあるなぁ、というようなざっくりとした概念でしかないのだ。

 それでもなんとかなるだろうと気軽に構えていたのはああいうものは大体テンプレートがあり、設定の差異はあれど大まかなあらすじが変わらないからだ。

 ヒロインがいて、王子がいて、その取り巻きと逆ハーレムして、王子の婚約者である悪役令嬢が断罪される。

 うん、よく見た話だ。私自身は王子の婚約者などではないが、そもそも第二王子様にはまだ婚約者がいない。

 その場合、悪役令嬢になるのはその次に高貴な男性の婚約者……つまり次期大公閣下であるグラド様の婚約者である私しかいない。

 私はこの学院の生徒会入りも決まっていて、これ以上ないくらい恋のシーソーゲームを邪魔するにちょうどいいポジションの人間なわけである。

 なんというか、世界がご都合主義に本気出してきた感じがするわね。


 さてさて。そんな訳で乙女ゲーム的学院生活が始まったのですが。


 個人的には「なんでそんなことで好きになる?」と思うようなありがちな恋愛イベントを私の目の前で繰り広げる面々。


「ランドルフ様、あーん」

「ああ、あーん」

「美味しいですか?」

「美味い! こんな美味いクッキーを食べたのは生まれて初めてだ!」


 生徒会室で繰り広げられるアホみたいなイベントシーンを見ながら私は内心で呆れ果てていた。

 高貴な王子が歪な手作りクッキーで喜ばないで欲しい。そもそも、食中毒とか、異物混入、毒殺の危険性は考えているのだろうか。

 だいたい王宮のパティシエだってそれ以上に精魂込めてあんたにデザートを提供してるが?

 もっとそっちに感謝した方がいいと思うよ。

 


「アルテミス、君、順位が三つも上がってるじゃないか!」

「そうなの。フロード様がたくさん勉強教えてくれたおかげね!」

 

 ヒロインに付きっきりで勉強を教えた宰相閣下のご子息……ヒロインちゃんの成績順位はごく僅かにしか向上できてないよ。

 めちゃくちゃ長時間、それも生徒会を占拠しつつも、生徒会の仕事を放置して行ってた割には時間効率が悪すぎるんじゃない?

 これはヒロインちゃんがおバカだからなのか、宰相閣下の令息の手腕が足りていないのか。……どっちもかなぁ。見てる限り。

 この生徒会って成績優秀者しか入れないはずなのにヒロインちゃんの成績が低すぎるのもやっぱり乙女ゲーム風世界だからなのかしら。現実的に見るなら入学時の試験での替え玉説が濃厚ね。

 


「トビアス様、よかったらこれ、貰ってください」

「おお、アルテミス。君は器用な女性だな。素敵なハンカチをありがとう」

 

 騎士団の団長のご子息は端切れのようなハンカチをもらって喜んでいる。

 確か貴方のお母様は刺繍の名手でしたよね。比べるべくもないのでしょうが、その犬だか猫だかわからないような刺繍で喜ぶなんて美的センスは育たなかったのですか。素晴らしい環境にいるのに……。

 いや好みは人それぞれですよね。うん。待て、ワンチャンお世辞を言える脳みそが彼にもあるのかもしれない。普段は活用されていないけど。



 とまあ、生徒会に所属する高位貴族の男子諸君はみーんなコロッとアルテミスに落とされた。

 これを乙女ゲームの画面っぽくするなら、きっと会話の中にひっかけや罠のような選択肢とかがなくって、二択くらいの露骨にヒントのあるめちゃくちゃ簡単なやつなんだろうなあ。

 性格のめんどくさい攻略対象もいなければ、過去がびっくりするほど重い攻略対象もいないんだろう。

 バッドエンドで自分かキャラが死ぬ、なーんてルートも無さそう。入門編というか、乙女ゲーム初心者に向いていそうなものだ。

 

 実は生徒会には他にも庶務や書記を務めてくれている下位貴族の男子がいて(少ないが女子もいる)、私は彼らと共に王子たちが放り出した仕事をこなしている。かなり実務に強く有能な彼らはアルテミスの守備範囲ではないらしい。まったく彼女の狙いはわかりやすいことで。


「ルーチェ、今日は一緒に帰れるか」


 私の婚約者様がわざわざ生徒会室まで来てくれたが、今日も残業だ。たかが学生の仕事で報酬も出ないのに残業とはこれ如何に。とは思うけど放り出してはあいつらと同等になってしまうので泣く泣くグラド様にお断りを入れる。


「申し訳ございません。今日締め日の書類がまだ残っておりまして」


 何故か決済印だけ持ち逃げしてサボタージュした生徒会長(王子)さえいなければ、わざわざ生徒会顧問と学院長の判を貰いに行く必要もないのに。決済をもらうためには責任者として高位貴族の私が行くしかないのだ。

 それさえなければ私はグラド様と共に帰れたのに。まあ私たちは寮生活なので実質的にはちょっとそこまで、の距離ではあるが。


「……またか?」

「ええ……申し訳ございません」

「君が謝ることじゃない。王子たちはどうしてしまったんだ……?」


 グラド様は額に手を当て少しだけ項垂れた。前髪がサラリと崩れ憂い帯びた眼差しがやけにセクシーだ。硬派な男の憂い顔ってすごく色っぽいんだな……初めて知った。

 

 私にとって非常に面倒であるけど、言うなればこの現状が『世界の強制力』ってやつなのかもしれない。

 普通に真っ当に生徒会の仕事をしながら交流を深めてくれれば何も文句は無いのだが彼らは役職を与えられたのに、その他の学生たちと同じように気ままな恋愛を楽しみたいようで。

 まあ、気持ちはわからなくもない。青春と呼ばれる時代は一時しかないとも言うし。

 ただ、それを周りの迷惑を顧みず、別の誰かに仕事を押し付けてまでやることかと聞かれれば、否である。

 一方的な理不尽の押しつけはいつかほころびを産むだろう。

 今は学院という小さなスケールのこととはいえ、大人になってもこのままだとしたら……一事が万事、正直王子の将来さえ不安になるところだ。

 

 そもそも生徒会なぞというものが必要なのか、とか思ったりもするが一応生徒会は成人前のプレ活動と名目的にはされている。

 学生とはいえ王侯貴族の子供ならば、学院内を統治出来なければらないと。これは大人たちから試されているのだ。

 私は領地に帰ったらお父様をハグするつもりである。今でもこんなに大変なのに大人になったらもっと大変だなんて今から目が眩みそうだ。


 そういうわけで私は学院に入ってからろくに婚約者との交流も持てずに、社畜街道を爆走していた。勘弁してほしい。


「こんなことになるならば俺も生徒会に入れば良かったな」

「グラド様……。でも、大丈夫です。他の先輩方は優秀ですので」


 私がそういうとグラド様はさらに眉間のシワを深くした。何か気になることでもあるのだろうか。


「……何も無いとわかってはいるが、自分以外の男を頼られるのも面白くないな」

「まあ! まさかグラド様、それは嫉妬ですか?」

「ああ、端的に言えば、そうだ」

「まあまあまあ! グラド様が嫉妬することなどありませんよ。確かに彼らは優秀ですが、貴方の方が何倍も有能でございますから!」


 驚いた。グラド様は基本的に他人に関心がない。そんな彼があまつさえ下位貴族に嫉妬だなんて!

 モチベーションが高いのか、自分に無いものを探すのが好きなのかは知らないが、言葉を選ばずに言ってしまえば生まれ持ったポテンシャルの時点で優劣がついているというのに誰に何を嫉妬することがあるのだろう。

 私が不思議がっているとグラド様は少し肩を落として「今度は、差し入れを持ってくる」と帰って行かれた。

 グラド様はやっぱり気の利く素敵な紳士である。


 ――そんなことが半年ほど続くと、事態は緩やかに悪化していった。それも予想の範囲ではあったが。


 学院に私の悪評が広まるようになっていったのだ。

 

 曰く私は本来の生徒会長である王子一味を追い出して生徒会を占領し、自身に都合のいいように生徒会の権力を悪用しているのだと。

 その上、私は他の女子生徒たちからアルテミスを孤立させ、身分が下だからと虐げ、暴虐のあまりを振るっているのだという。

 事実を知っている、つまり実際の生徒会運営を行っているのが私だと知っている人たちはその噂を一蹴したが、私はあまりにも生徒会の仕事にかかりきりになっていて学院での社交が疎かになっていた。それ故に私個人への信頼度が低いせいで噂はかなりの範囲で広まった。

 グラド様の婚約者として、彼に恥ずかしい思いをさせたくない一心で頑張っていたのが裏目に出たようだ。

 

 恐らく王子たちが噂を牽引していたことも原因の一つだろう。自分たちの仕出かしたことを他人のせいにして悪評を立てるなどやることが卑劣すぎる。

 これが将来の上司になるのだとしたらお先真っ暗な未来しか見えない。

 というかそもそもたかだか侯爵家の娘である私なんかに乗っ取られる生徒会なんて、自分たちが大した器じゃないと喧伝してるようなものなのだが、多分本人たちは気づいてないんだろうなぁ。


 今のところエルンラーデ家とデュランダル家の威光で目立った嫌がらせなどは受けていないが、ひとたび食堂に顔を出せばヒソヒソとされるのも気分がいいものじゃなかった。

 久しぶりに食堂で待ち合わせをしていたグラド様にも申し訳なくなる。先に席に座っていた彼はいつも通り威風堂々としていて、自分に突き刺さる視線も感じていないようではあるけれど。

 

 

 ――かくして舞台は整った。


 

 私がグラド様を見つけ彼の元へ行こうとすると、例のお花畑集団が私を取り囲んだのである。

 周囲からはおびただしい視線の量。

 逃げ場のない状況。

 そしてふと思いつく。

 これってもしかして断罪イベントが発生したの? と。


「ルーチェ・エルンラーデ、君にはこの学院を辞めてもらおう。同時に貴族としての身分も剥奪させる!」


 この王子は何を言っているのだろう。王子は確かにこの国の王族であるが、この学院は貴族連盟という複数の貴族たちが理事となって運営している私学である。よってたかが王子に生徒を辞めさせる権利などない。まだ学生の身であれば余計に。


「……どのような理由でそうなさりたいのかお尋ねしてもよろしいでしょうか」


 敬語を使って聞くのもバカバカしくなるが、一応会話を試みてみる。


「白々しい。お前は我が生徒会を乗っ取り、この愛らしいアルテミスを虐めて迫害した! それ以上の理由が必要か!?」


 迫害というならば、むしろ悪意的な噂によって白い目を向けられている私の方の言葉なのでは……、とも思ったがきっとそんな論理はこの相手には通用しないだろう。

 

「お言葉ですが王子、生徒会を乗っ取るも何も貴方がきちんと仕事をしていればこのようなことにはなりませんでしたのに 。自分の不始末を人に押し付けておいてその言いざまは上に立つものとしてどうかと思いますよ」


 あ、うっかりホントのことを言ってしまった。これは一応公然の秘密であったのに。

 周囲は私の言葉を聞いてざわめいている。それはそうだろう。ランドルフ様はこれでも勤勉で真面目な王子として評判はいい方だったのだ。まあアルテミスに出会うまでの話ではあるが。


「なっ、何を根拠にそんなこと言っている!」

「皆様以外の生徒会役員たち全員に顧問と学院長もご存知ですが。学院長からもその行いを改善するように進言してくださったと聞いていますが」

「わ、私は聞いていないぞ!」

「聞いていないのではなく耳から通り抜けただけなのでは? 顧問からは書面でも届けたと聞き及んでますけれど」

「ええい、うるさい! 一年の癖に生意気なのもいい加減にしろ、エルンラーデ!!!!」


 ばちーん! 良い音を立てて王子に頬を叩かれた。まさかお育ちの好い王子が貴族令嬢に手を挙げるだなんて。私のことを辞めさせるとか言える立場なのだろうか。


 やれやれ。今までのストレスの反動でちょっと相手を煽りすぎたらしい。頬がヒリヒリしてきた。これ……腫れたりするのかなぁ。嫌だなぁ。

 

 などとぼんやりしていると、元々ざわついていた周囲が、引き攣った悲鳴やバタバタガチャガチャとさらに騒々しくなった。

 それもそうか、みんな温室育ちのお坊ちゃまお嬢ちゃまだ。こんな修羅場に出くわしたことも、暴力沙汰を見たこともないのだろう。

 かく言う私もこんな経験は初めてだ。私も温室育ち、前世に遡っても比較的治安のいい国の育ちだったので。


 


「――ルーチェ、こちらに来なさい」

 


 人間予想外のことが起きると思考が停止するものらしい。

 そんな私を思考停止から呼び戻したのは地を這うように恐ろしく低い声だった。

 振り返れば大魔王もかくやと言わんばかりの表情で立ち竦む私の婚約者様。


 わぁお、バチバチにキレていらっしゃる。


「グ、グラド様……」


 あのぉ、なんとかその強烈なプレッシャーを抑えてはもらえないでしょうか。

 そう言いたかったが、私の口から出たのは何とも情けない声で呼ぶ、婚約者の名前だけだった。

 だがグラド様には私の気持ちが通じたのか覇気が一瞬和らぎ、赤かった瞳の色が元に戻った。と思った次の瞬間には私のことを抱いていた。待って、瞬間移動出来るの? この人。


「ルーチェ、大丈夫か」

「はい。少し驚きましたが、もう大丈夫です」


 だって隣に大魔王がいるもんね。湖面の悪魔の加護付きだ。怖いものなんてない。

 ひんやりとした手が頬に当てられる。


「俺の魔法では傷は癒せないが冷やすくらいは出来る」


 すごい。人力の湿布だ。いや魔力を人力と言っていいのか悩むが。


「……ありがとうございます」


 私はいずれ訪れる断罪イベントでこの素敵で無敵な婚約者様に捨てられるのだと思っていた。

 だってここはそういう世界、つまるところ、ヒロインに都合のいい世界だと思っていたから。

 けれど彼はいつも私に親切だったし、婚約者としての気遣いを欠かさなかった。

 アルテミスは抜け目なくこの人にもアプローチをかけていたけれど、彼は歯牙にもかけていない様子だったから、実際のところ婚約破棄なんて起きないのではないかとも思っていた。

 でも万が一ということもある。そう思って内心ドキドキしていたのだが。

 

 ――目の前にある美しいグレーシャーブルーの瞳は私だけを写していて。


 周囲の喧騒も彼の耳には全く届いていないようだった。

 しかし不意に視線が外れたかと思うと、グラド様は突っ立ったままのお花畑集団に射殺さんばかりの視線を向けた。

 どうやらピーチクパーチク喚いていたアルテミスによってその怒りを再燃させたらしい。どう見てもブチ切れてる人間に油をまくような真似はやめておいた方がいい。


 また瞳を赤くさせたグラド様はお花畑集団に最終通告する。


「この行いは、我がデュランダル家及び湖水地方への背信行為と受け取った。即刻貴国との同盟関係を解消し、湖水地方は独立国とさせてもらう」

「なっ、そんな勝手が許されるとでも……!?」


 ランドルフ王子にだけは言われたくないけれど、グラド様にはその裁量権があった。湖面の悪魔と契約した者は、その時点で湖水地方の領主となる。今はまだグラド様自身が学生の身であるからその間実務は前当主である彼のおじい様がなさっているのだろうが、当主権限はもうグラド様に移行している。

 あの空気が揺らめくほどの魔力と冴えた赤い瞳を見てもそれに気が付かないなんてこの王子ほんとに頭に花が生えてしまったのか。


「それが俺には許されるのだと、まだ気がついてないのか?」


 グラド様も私と同じように怪訝な表情をした。

 ルメスティア国と湖水地方の力関係で言えば、湖水地方の方が上になる。

 なんたってこのグラド様の悪魔の力に対抗出来るのは、かつて世界をわけた創世神とその眷族だけと言われているからだ。

 その昔、他の悪魔を退けた神々の力のみが彼と対抗出来るらしい。

 ただ神々は地上を去っても湖面の悪魔だけは地上から去らなかったのだから力関係的には負けていないのではないか、と私個人はそう考えている。神話の時代すぎて確証はないのだけど。


「お前は俺の大事な婚約者を不当に扱い、あまつさえ謂れのない罪で断罪しようとした。その行い、俺は決して許さんからな」


 ああ、一時は収まっていた暗黒のオーラまた吹き出してる!

 あれっ、もしかしてグラド様って乙女ゲームの悪役ポジションだったりする!?

 ていうか、もしかしてこれってヒロインの攻略失敗バッドエンドルートだったりする!?

 えええ、このままグラド様がブチ切れあそばせたら世界滅亡しちゃうんじゃないの!?

 もしかして、もしかして、それって、私のせいだったりする……!?!?!


 私は大いに慌てた。が、仮にこのままルメスティア国が滅びたとしても私は別に困らなかった。エルンラーデは領地を湖水地方の隣に持っていたし(その縁で婚約した)、天衣無縫の力を持つグラド様はなんの罪もない国民まで無差別に殺めたりしない。

 恐らくこの学院と王宮の一部が崩壊するだけだろう。そう思ったら彼を止めようと伸ばしかけた腕が止まった。私も不満が募っていたし、やっちゃえ、グラド様!


 私がワクワクと観戦していると、お花畑王子の隣からピンクの花が飛び出してきた。あれはヒロインちゃんだ。


「グラド様、目を覚ましてください! あなたはその女に騙されているんです!」


 瞳をうるませて上目遣いになったアルテミスは庇護欲をそそる表情を作るのが実に上手い。グラド様は騙されていないし、なんなら騙そうとしているのはそっちだけども。


「私はその女に酷い目に合わされています。人目のないところでの暴力や、私物の窃盗、破損など罪の枚挙にいとまがありません! これは立派なイジメです!!」


 私にそんな罪は一切ないが、アルテミスは信じきっているようで嘘をついた罪悪感が感じられない。

 前述の通り私はほぼ勉学の時間以外は生徒会室に拘束されていたのだから、そんな暇な時間があるわけなかった。そしてそれはもちろんグラド様も知っている。


「ルーチェには君に構っている暇などなかった。俺ですら後回しにされていたのに、お前をイジめる時間などあるはずないだろ」

「なっ、そんなわけありません!」

「なぜそう言い切れる?」

「だって、あの人は私に嫉妬していて!」

「お前の何にルーチェが嫉妬していると?」

「わ、私がランドルフ様たちにちやほやされているから……!」

「わからないな。なぜ彼女がそんなことで嫉妬するんだ」

「身分の高い美しい男性にちやほやされたくない女はいません!」

「…………なら、彼女には俺がいる。自惚れた発言で申し訳ないが、この俺がいるのに他の男へ目移りするわけないだろう? 目移りさせる気もさらさらないが」


 ――キャーーー!!!!!


 私は心の中で絶叫した。グラド様、カッコよすぎ!! えっ、いつも紳士でスマートでクールでどちらかと言えば控えめなグラド様がこんな俺様発言をするなんて!!! 生きててよかった!!!!

 ギャップ萌えすごっっ!!

 アルテミスもグラド様から出たとは思えない発言に絶句している。言葉を失うってこういうことなんだなぁ。


「グラド様、その……」


 私はもう羞恥心やらときめきやらでいろいろと限界を迎えたので、彼の袖を少し引いた。誰もいないところへ行きたい。


「ああ、ルーチェ。すまない、もう帰ろうか」


 優しく目を細めたグラド様にもたれ掛かるようにして私たちは学食から去った。





 結局、私とグラド様はそのまま学院を去り、半年後には結婚した。湖水地方はデュランダル大公国になり、ルメスティアとは絶縁。隣々国とのこともあり、国境の治安はさらに悪化したようだ。そろそろルメスティア国はやばいと逃げるようにこちらへの移民が増えている。

 まあご都合主義で成り立っていたような国だから、いつ壊れてもおかしくなかったのかもしれない。

 ランドルフ王子やその他攻略対象らしき面々とアルテミスのヒロイン一行は、その行いから国での立場を無くし平民落ちしたらしい。よくある国外追放にならなかったのは、隣国も隣々国も受け入れを拒否したからだ。それもそう。国外追放ってゴミを他国に捨てるのと変わらないのだから、押し付けられる方はたまったものじゃない。元々関係が悪かったのだし、そんなことが許されるはずもなかった。


 乙女ゲーム風に言えば破滅ルートのバッドエンドになってしまった。だが、私にとってはハッピーエンドで終わったので、すべて忘れることにした。この世界がどんな世界だったか、なんて今もわからないし、きっとこの先もわからないのだろう。

 けれどこの世界が、グラド様の隣にいることが、私にとってはただ一つの現実である。それ以外のことなど大事ではなかった。

 てなわけで私のルートは、これにて終了!

 


 次のヒロインはあなたかもね!

 

 ――あ、でも。バッドエンドにはお気をつけて。




 



 おしまい。

 

お読み下さりありがとうございました。

行き当たりばったりで書いたので設定に痒いところがあったら申し訳ないです。

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― 新着の感想 ―
[一言] すご笑! なんかちゃおとかりぼんにありそうな話だった笑笑 おもしろかったでーす^_^
[良い点] 主人公カップルの揺るぎないラブラブぶり [気になる点] おそらく真っ当な人物であろう第二妃が不憫… [一言] >国外追放ってゴミを他国に捨てるのと変わらないのだから、押し付けられる方はたま…
[一言] 乙女ゲー風現代史に新たな1ページが……( ̄▽ ̄;)
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