08 暴発
(と、咄嗟に指笛を吹いてみたけど......)
少女は目の前で起こっている出来事に頭が追い付かなかった。
つい数日前ぐらいに死にかけ、命からがら何とか生還できたと思ったのも束の間。
身体には謎の変化が起こっていた。
ショックを受け、一日中走り回ったが、次第にやるせない気持ちになったため恐る恐る家に戻ろうとしたのだが......
(な、なななな、何でドラゴンがいるのおおおおおおおおおおおおお!?お、おおおおおおかしいでしょ!?)
何がどうなっているんだろうか。
たまたま読んだ本で「ドラゴンは指笛に注意を引かれる」というのを覚えていたから良かったものの......
一歩間違えれば大惨事であった。
あの本の記述が正しくて本当によかった。
「GRRRRR.........!!」
「あ」
いや、やっぱり良くなかったのかもしれない。
ドラゴンがこちらを向くなり、明らかに怒気をはらませた唸り声を上げる。
獲物を仕留めようとしたところに水を差されたからなのか、それとも口笛の音そのものが不快だったからなのか、それは分からない。
しかし、ドラゴンが少女に向けた敵意は紛れもなく本物であった。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!」
ドラゴンは咆哮を上げるなり、一気に遥か上空へ飛び立っていく。
そして少女に狙いをつけて口元を大きく上げると、赤い光が一点に収束し始めた。
「ええ!?ちょ、待......!?」
少女はあわあわと震えだし、頭の中が真っ白になる。
ヤバい。あれはヤバい。
せっかく毒蛇による全身麻痺から生き延びたというのに......
あんなの食らったら絶対に骨すら残らない。
――ああ、あのドラゴンの骨、すごく逞しいなぁ......
ところどころひび割れているけど、骨格も独特ですごくかっこいいいし。
どうせ死ぬなら、もっと間近で観察したかったな......
(......じゃないッ!!)
このままじゃ先生達まで巻き込まれてしまう。
かといって今から狙いを逸らさせるなんて到底無理だ。
(......神様)
少女は心の中で神に祈りを捧げると、魔法の準備をした。
(神様、どうか一度だけ。どうか一度だけ、この私めに力をお貸しください......!!)
少女はドラゴンのいる方に手をかざすと、攻撃魔法の準備を整えた。
「何やってんだお前!?ドラゴンにそんな魔法が効くわけないだろ!?」
マクスが怒鳴り声を上げる。
そんなことは分かっている。
しかし、何もしなければ全員死んでしまう。
それだったら、奇跡に賭けるほかない。
「ああ!!クソッ!!」
マクスは悪態を吐くなり少女の方に駆け寄った。
おそらくドラゴンの攻撃から助け出そうとしてくれているのだろう。
しかしもう時間がない。
ドラゴンはチャージを終えたのか、こちらに向けて渾身のブレスを放ってきた。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」
それはあたり一帯を焼け野原に変えるには十分な火炎であった。
数十人ぐらいなら、軽く呑み込んでしまうだろう。
「初級火炎!!!!」
対する少女も魔法を放った。
所詮人が放った......ましてや攻撃魔法などほとんど習得していない者が放った、初級レベルの火炎魔法である。
当然ながら、ドラゴンが本気を出したブレスに通じるはずが――――
「うお!?」
しかし少女が魔法を放った瞬間、マクスが吹き飛ばされた。
その火炎は巨大な体躯を持つドラゴンを容易に包み込めるほどの規模とでもいうべきもので......
「え?」
かくいう少女も間抜けな声を出していた。
「GGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ドラゴンの全身を炎が包み込む。
その結果。
ドラゴンは、骨すら残さず消滅し、
その余波で孤児院は木っ端みじんに吹き飛ばされた。
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パラパラと上空から降り注ぐ黒い粉を、一同は呆然と眺める。
ドラゴンの脅威が過ぎ去ったことによる安堵によるものか、それとも少女の放った規格外の魔法を目の当たりにして唖然としたからなのか、誰も口を開こうとはしなかった。
その隙をつき、少女はその場から立ち去ろうとする。
「お、おい......」
「ヒッ!?」
それに気が付いたのか、マクスは少女に声をかける。
少女は恐る恐る振り返ると、か細い声で応答した。
「ナ、ナンデ......ショウカ?」
日焼けしたかのような浅黒い肌にシルクのような白い髪。
頭頂部あたりには寝ぐせのようなものがついている。
そして、片言で喋る彼女の口元には八重歯がのぞいていて......
「......ドクロ?」
ギクッ
サユリは少女の姿をまじまじと見つめると、行方が分からなくなっていた少女の名前を呼ぶ。
「あなた、ドクロなの?」
「え、いやあの、それはその......」
少女はあからさまな動揺を見せると、あたふたと慌てだした。
「......ッ!!やっぱり!!あなたドクロじゃないの!!一体今までどこにいたの!?」
「......ヒトチガイ、デスヨ」
ひとまずここから立ち去ろう。
そう思うと、彼女は踵を返す。
「......なぁ、あんた」
後ろからマクスの声が聞こえたが少女は無視をする。
「実はさ、さっきドラゴンと戦ったとき角の破片を拾ったんだ。良かったらやろうか?」
「え!?ホント!?」
先ほどまでの態度が嘘かのように、少女は一瞬で振り向く。
ドラゴンの角なんて滅多にお目にかかれるものではない。
一体どんな形を......
そうして少女は出されたものを直視する。
しかし、目の前に映し出されたものは目も、鼻も、口もない、まさにのっぺらぼうというべきもので――
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!」
「ブヘエェ!?」
少女は勢いよくマクスの顔をぶん殴ると、その場で絶叫し始めた。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!!!!!!!せんせぇぇぇぇぇぇぇlい!!!!!助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」
マクスの名誉のために言っておくと、彼自身は別に驚かせるようなことはしていない。
そして、少女自身がのっぺらぼうというわけでもない。
ただ、彼が取り出したのは―――小さな鏡であった。
何の変哲もない、どこにでもあるようなただの鏡。
しかしそれは、人の顔を識別することが出来ず、皆すべからくのっぺらぼうに見えてしまう彼女にとっては世にも恐ろしい道具であった。
故に、彼女のことを知る者はみな同じことを思ったに違いない。
地面に頬をつけたマクスが今にも消え入りそうな声で呟いた。
「こいつ間違いねぇ......絶対ドクロだ......」




