04 孤児院
※4~7話は主人公不在です
「ドクロのやつ、どこ行っちまったんだろうな?」
朝の日課である孤児院の庭を掃除しているとき、マクスがふとドクロのことを口にした。
「なぁ、あいつ学校追い出されるってマジなのか?」
ドクロのことについて聞かれたスフィーは答える。
「……分からない。同じ学校っていっても私は聖女を目指しているわけじゃないから。成績は凄く良いって聞くけど……でも」
スフィーは率直な意見を述べる。
「サユリ先生が呼び出された理由は何となくわかる」
「だよなぁ」
マクスはスフィーの意見に同意した。
二人はドクロと同じ孤児院の同居人である。
友達でもあり、家族ともいえる存在。
故に、二人はドクロがどのような人となりをしているのかある程度は把握しているつもりだった。
「絶対骨が原因だろ」
「私もそう思う」
二人の考えは同じだった。
ドクロが骨絡みで何かやらかしたのだろう、と。
そう考えたのだ。
「んで、実際は何で呼び出されたんです?先生」
「あ、うん……そのことなんだけど」
マクスに問いかけられたサユリはどう答えるべきなのか悩んだ。
なぜならば二人の予想は完璧に当たっているからである。
彼女は一週間前のことを回想した。
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「あの……話というのは?」
サユリは夜中に聖教会付属学院に呼び出され、部屋に案内されていた。
目の前には一人の女性が座っている。
金色の髪に整った顔立ち。
誰もが「聖女」という言葉を思い浮かべるような容姿をしていた。
彼女の名前はイリア。
ドクロの担任を請け負っており、かつ町では知らぬものがいないほど有名な聖女であった。
イリアが話を切り出す。
「貴重な時間を割いてしまうこと、大変申し訳なく思います。話というのはその……ドクロちゃんのことで少し」
「……あの子が何かやらかしたのでしょうか?授業態度が悪かったりだとか……クラスメイトをイジめたりだとか」
サユリは不安になり、おそるおそるイリアに尋ねた。
「いえ」
しかし、イリアはサユリの懸念をきっぱりと否定する。
「ドクロちゃんは非常に優秀です。授業には真面目に取り組んでおりますし、成績も入学当初から首席のまま。学友からも非常に頼られております」
サユリはそれを聞き、少しホッとした。
どうやら学校は上手くやっているようだ。
「ただ……」
「ただ」と、イリアは言葉を付け足すと、そこで口を閉ざしてしまう。
どうやら、そこから先はあまり言いたくないようであった。
「ただ......?」
「......聖女が死体愛好家というのは、ちょっと……」
「............」
イリアは申し訳なさそうに呟いた。
「……死体、というよりかは骨ですよね」
「ええ。まぁ……」
イリアはどう伝えるべきなのか悩んでいる様だった。
「先ほども申しあげました通り、学業や人間関係には問題ありません。ただその……スケルトンについて、つまり骨が絡んだ授業になりますと、明らかに様子が変わるといいますか……我々としても、どう対応すべきなのかと悩んでいるんです。一応、校則を破っているわけではないのですが......保護者の方から話を伺いたく,、あなたをお呼びしたというわけなのですが......」
サユリはその時のイメージがありありと浮かび上がってきて、眩暈がしそうになる。
やはり止めておくべきだったのだろうか。
イリアはサユリの様子を窺うようにしてじっと見つめる。
「彼女は、普段からあのような感じなのですか?」
「それは......」
どう返答すべきだろうか。
サユリは悩んだ。
何も、自分達とてドクロが聖女を目指すということに、反対しなかったわけじゃない。
むしろ最初はイリアの言う通り、何か問題を起こすんじゃないかと考え、どうにかして止めようとした。
しかし、ドクロは自分の意見を曲げずに、ただひたすらに勉強し続け、目標に向かって邁進していた。
毎日夜遅くまで勉強しているその姿が、徐々に昔の自分と重なってしまい......
(…………………………)
サユリは自分の考えをそのまま述べることにした。
「……確かにあの子が骨に強い関心を持っているのは事実です。ですが、彼女だって馬鹿じゃありません。動物と人間の骨の区別はちゃんとついているはずです。」
それがサユリから見たドクロ評だった。
決してかつての自分と重ねたからという理由で庇ったわけではない。
確かに端から見ればドクロは危なっかしいところがある。
現に、彼女には今まで何度も振り回されてきた。
しかし、だからこそ、一緒に過ごしてきたから分かる。
ドクロは一線を越えるようなことはしないと。
「......そうですか」
イリアはそれだけ呟くと、しばらく黙りこんだ。
室内に重い沈黙が流れる。
そしてしばらくすると、イリアが口を開いた。
「......では、私からの意見を。正直に申しあげますと、彼女は聖女になるべきではないと思います。確かに能力面では優れていると言えますが、いくら能力が優れていても、そういうことであればさすがに看過することはできません」
(……やっぱそうよね)
正直、当たり前の反応だとサユリは思う。
「......ですが、試験の面接では問題ないと判断されたはずです」
しかし、サユリは引かなかった。
その理由は、学院の選抜試験の方法にある。
聖女の試験は筆記、魔力検査、面接、主にこの3つで構成されている。
これらの結果を総合して、試験の合否が決まるそうだ。
そして面接では聖女を目指す理由や覚悟など、様々な質問をされるそうだが......
その中の一つに、死体に対する忌避感について問われるものがあるという。
仕事の性質上、死体と関わることが多い職種だ。
そのため、死体に対してどのくらい耐性があるのかを知りたいのだろう。
だがこの質問の本当の意図は別にあるのではないかとサユリは推測している。
「あの面接は間違っても聖女に適さない人間を入れさせないために行っている......違いますか?」
それこそ、死体に対して興奮すると感じる人を落とすために......
恐らく、そのような不適切な回答をすれば筆記や魔力検査の成績がどれだけ優れていようと、一発で落とされるようになっている。
とサユリは考えている。
「それは......」
「それに、面接では質問に対して嘘をついているのかが分かるようになっているはずです。......ですから、こうして入学することが出来たはずでは?」
そしてドクロは面接を突破することが出来た。
実はドクロが学院に通うことを認めたのも、このことが一番大きい。
学院の面接では嘘を吐いているかどうかがほぼ100%分かるようになっている。
なんでもそういう魔道具があるそうだ。
原理は分からないものの、とどのつまり面接を突破したということは、少なくとも聖女を目指すうえで危うい考えを持っていないということを学院側が判断したようなものである。
それにも関わらず、ルールを犯していないというのに退学処分というのは些か納得がいかなかった。
「……それは面接で彼女のことを見抜けず、入学させてしまったこちらの落ち度です。そこに関しては本当に申し訳ないと思っております」
しかし、イリアは言い訳をするわけでもなく素直に謝罪を口にすると、深く頭を下げた。
もともと無茶なクレームをつけている自覚がある分、そのあまりにも誠実な対応にこちらが申し訳なくなってくる。
「......たしかに面接は聖女にふさわしい人間かどうかを測るために行います。」
イリアは申し訳なさそうに、説明をし始める。
「何も清廉潔白であれ、と言うつもりはありません。聖女だって一人の人間です。地位やお金を得ることを目的に、聖女を志す方も大勢いるでしょう。私たちとてそういう方々を否定するつもりはありませんし、それを理由に落とすということはしません。しかし」
イリアは真剣な面持ちになると、真っすぐとサユリの目を見やった。
「例えばの話ですが、あなたは人柄がよくて能力が優秀でも、子供に対して劣情を抱く人間を孤児院の職員として雇うことが出来ますか?」
「......ッ!?それは……」
かなり痛いところを突いてきた。
もしそんな人が孤児院で働きたいと申してきたとしたら......
サユリは答えに窮して、黙りこくってしまう。
「たとえその人が絶対に子供には手を出さない人間だと魔道具で証明されたとしても、雇うことは憚られるはずです。周りからすればいつ問題を起こすのか分かりませんし、最悪の場合、信用を損ねますし、何かあってからであれば取り返しがつきませんから……」
「............」
「教会でも同じようなことが言えると、私は考えております。......少しキツイ言い方にはなってしまいますが、私たちからすればドクロちゃんのような子を聖女、もとい聖職者として受け入れることは到底できません」
イリアの主張は反論の余地すら許されない、至極全うな正論そのものであった。
それ故に、サユリは押し黙ってしまうほかない。
「それに実を申し上げますと......先日、彼女が納骨堂あたりをうろうろしているところを見かけました」
「......ッ!?えぇ!?」
追い打ちをかけるかのように、衝撃的な事実が飛び出してくる。
サユリは思わず大きな声を出して、口を手で覆った。
「まさか、そんな……」
「事情を聞きましたところ、どうやら学友の落とし物を探すのを手伝っていたとのことです。実際、その日は授業で納骨堂に行きましたし、落とし物も代わりに私が見つけましたので、あくまでも思いやりからの行動だったのでしょうが......しかし」
イリアは心配するような表情を見せる。
「聖女というのはその性質上、人骨と関わらざるをえない職業です。ですので、面接時点で問題がないと判断されても、骨と関わっていくうちに危険な考えを持つ......例えば教会に納められてる骨から盗みを働く、というような可能性を完全に捨てきることが出来ません。......これを」
イリアは一枚の紙を差し出す。
その紙には「王立魔法学園」と書かれていた。
「これは……」
「王立魔法学園へ入学するための推薦状です。私の知り合いにそこで教鞭を振るっている方がおりまして......ドクロちゃんのことを話したところ、どうやら強い興味を持ったようです。ぜひ、ウチに来てほしいと。生活費や学費なども向こうがすべて負担すると言っておりました。彼女なら優秀ですし、そっちの道でも上手くやっていけると私は思います。......どうか、お考えを」
「......」
どうするべきだろうか。
入学させておいてこんなことを考えるのは今更だが、やはりあの子のことを本当に思うのならば聖女になるのは諦めてもらった方がいいのではないだろうか。
サユリがドクロの将来について悩んでいると―――
ダダッ
(............?)
ドアの向こうで何者かが動いた気がした。
サユリは音が聞こえた方に顔を向ける。
「......?どうかされましたか?」
「ああ、いえ......」
しかし、ドアに人の気配はなく、部屋には静寂のみが漂っている。
(気のせいかしら......)
サユリは少し疲れたのだなと思うようにした。
そして、再び「王立魔法学園」と書かれた紙をじっと見つめるのだった。
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「……王立魔法学園への誘いが来たの」
「えっ!?」
「マジかよ……」
スフィーとマクスは驚愕の声を上げた。
「それも推薦よ。学費や生活費も全て向こうが負担してくれるって」
「ドクロちゃん、聖女見習いってだけでもかなりすごいのに、王立魔法学園から誘いを受けるだなんて……凄すぎる」
「あいつ、なんだかんだ器用なところあるからなぁ~。……普段は骨のことしか考えてないアホなのに」
二人は今でも信じられないという表情をしている。
それも当然だろう。
なんせ王立魔法学園は大陸中の魔法のエキスパート達が在籍しているところである。
そこから声がかかるというのはかなり凄いことといってもいい。
「でもなんでそんなところから声がかかったんだ?聖女見習いなんだろ?どういう経緯なんだ?」
マクスがもっともな疑問を口にした。
「たしかに......なんで魔法の専門機関がドクロちゃんに声をかけたんだろう?」
マクスに言われて気づいたのかスフィーも不思議そうに首をかしげる。
サユリは二人の疑問を解消すべく、そのことについて説明をした。
「イリアさんの知り合いが王立魔法学園で教鞭をとっているそうよ。それで、その人がメアリーのことを知って興味を持ったみたい」
「メアリー」とはドクロの本名である。
ただ本人はあまり気に入っていないのか、この名前で呼ぶと拗ねてしまう。
なのでサユリはなるべく「ドクロ」と呼ぶようにしているのだが......いまいち慣れない。
「あーそういうことか。あの人、人脈広そうだもんなぁ」
マクスは納得したのか手をポンと叩く。
しかし、また別の疑問が生まれたのかすぐに訝し気な顔になる。
「ん?いやでもそれじゃ今の学校はどうするんだ?たしか成績優秀者の特典だかなんだかで学費免除受けてんだろ?返金とかならないのか?」
「それに向こうの方に通うってなったら学院も辞めなきゃなんじゃ......それだとドクロちゃん、聖女になれなくなっちゃう......」
「それは......」
サユリは少し言い淀んだ。
「まず学費については問題ないわ。入ってからまだ半年しか経ってないし、免除された分を支払う必要はないそうよ」
「へぇ、そいつは良かったじゃないっすか」
「でもそれじゃ学校の方は......」
「......あの子には悪いけど、聖女になるのは諦めてもらうつもり」
それがサユリの結論だった。
別にドクロのことを信用していないわけではない。
ただイリアが懸念した、聖女として働くうちに道を踏み外すという可能性を完全に否定することはできなかった。
三人の間に長い沈黙が流れる。
「......まぁ、いいんじゃないんですか?」
最初にその沈黙を打ち破ったのは、マクスだった。
「正直、このまま聖女になって問題を起こされるよりかは魔法の研究でもしてくれた方が世のためになるでしょ」
「ちょっとマクス!」
マクスの言い方に思うところがあったのか、スフィーは抗議の声を上げる。
「だってそうだろ!アイツが聖女になんてなるたまか?大方、スケルトン退治で骨に関われるとかそんな理由でなろうとしたに決まってんだろ!」
「それは!!..................そうかもだけど」
スフィーはマクスの意見に反論しようとするも、同意できる部分が多かったのか徐々に尻すぼみになっていく。
それに対してマクスはドクロに不満を溜めていたのか、ここぞとでばかりに悪態を吐き始めた。
「だろ?だから俺はちゃんと止めようとしたんだぜ!?アイツが間違っても受からないよう目の前に魚の骨をぶら下げたりしてな!!そしたらあの野郎、いきなり【骨で遊ぶなぁ!】ってキレてきたかと思えば一時間以上も関節技仕掛けてきやがって......!!」
「それは絶対マクスが悪いと思う」
「はいはい!そこまで!!」
サユリは二人が喧嘩をする前に止めをかけた。
「メアリーを聖女の道に行かせたのは私の責任よ。あの子にはちゃんと私から説明するわ」
「......ドクロちゃん、納得してくれるかなぁ?」
スフィーが心配そうに呟く。
それを聞き、サユリはイリアと話していた時に起こったことを思い出す。
(あの時......)
扉の奥から足音が聞こえてきた。
もしかするとあれはドクロのものだったのだろうか。
だとすれば、ここ数日帰ってこないのもその時の会話にショックを受けて......
(......それはないわね)
サユリは脳裏に浮かんだ考えを即座に否定する。
長年一緒に過ごしたから分かる。
彼女はそんなことで塞ぎ込んで何日も家を空けたりしない。
きっと帰ってこないのは別の理由に違いない。
「てかあいつこんな大事な話があるってのにマジどこ行ったんだよ。もう一週間も帰ってこないじゃねぇか」
「何マクス?心配してるの?」
「ハァ!?べ、別にィ!?ただここ最近、森に不審者が現れるっていう話じゃねぇか!!何かあったら大変だろ!!」
「フフ......」
サユリは二人の微笑ましいやり取りを眺めると、ドクロが帰ってこない理由について考えはじめる。
そうだ。
自分が懸念しているのは、その森に現れるとかいう不審者に襲われたかもしれないということだ。
ドクロはよく森に出かけることが多いから、その可能性は十分にあり得る。
(それに......)
仮にそうではないとしても、一週間も帰ってこないのはさすがに心配だ。
今まで何も言わずに家を空けることは多かったが......今回はいくら何でも長すぎる。
(......探さなきゃ)
ドクロが危険な目に合うイメージは想像もつかないが、もし何かあってからでは手遅れだ。
サユリは今日中にでも、ドクロを探すことを決意した。