09 再会
「グスッ......グスッ......え、えっと、その.....」
ドクロが一通り泣き喚いたあと。
彼女はサユリたちの前でもじもじと体を動かすと、その場で土下座をした。
「すみませんでしたー!!!」
「ど、どうしたの?ドクロ?いきなり土下座なんかして」
突然の行動に、サユリは困惑したような声音でドクロに問いかけた。
「……家……壊しちゃった……」
ドクロは申し訳なさそうに顔を上げると、ぷるぷると震えだす。
彼女の後ろには見るも無残な姿となった、孤児院の残骸とでもいうべきものが地面に散らばっていた。
(まさかあんな威力になるなんてぇ......)
確かにあの時、ドラゴンに消し炭にされたくない一心から神様に祈りをささげて魔法を放った。
しかしそれは、ドラゴンを倒したいからではなく、せめて死なないように―――最低限、生き残れるようにと威力を相殺したかったからである。
ゆえに、ドラゴンを消し炭にするほどの魔法が自分から―――それも一介の聖女見習いから出てくるとは思いもしなかった。
神様に助けを求めたのは自分とはいえ......いくらなんでもこれはない。
「......なに言ってんだお前?」
しかし、マクスは「呆れた」とでもいうかのように呟くと、頬を抑えたまま話し出した。
「お前がドラゴンぶっ殺せる魔法なんか使えるわけないだろ」
「......え?」
言われてみれば確かにその通りである。
自分がドラゴンを倒せる魔法など撃てるはずがない。
「いやでも、確かに......」
魔法は自分の手から放たれた。
予想を遥かに上回る威力によって。
「はいはい分かったよ、そういうことにしといてやる。でもな、仮にそれが本当だとしてお前が謝る必要はないだろ」
「で、でも......」
「マクスの言う通りよ」
マクスに続いてサユリも口を開いた。
その声色は優しく、穏やかなものだった。
「あなたがドラゴンを引き付けたから、私たちは生きているの。そのことに比べたら、家なんて些細なことよ」
「せんせい......」
「そうだよ、ドクロちゃん」
そしてスフィーも穏やかな口調で語りかけてくれた。
「みんな無事だったんだからそれでいいじゃん。それに、ドクロちゃんがいたから神様も私たちを助けてくれたんだよ。だからいつもみたいに元気出して、ね?」
「すふぃー......っ!」
「「おねーちゃん!!」」
ドクロのもとに二人の幼子たちが駆け寄ってくる。
「ねいざる、う˝ぉうま......ッ!!」
弟ともいえる二人をドクロは抱きしめる。
「......あ。おねーちゃんおかえり......」
「ありあ......ッ!!」
アリアは瞼をこすりながら、ドクロの方を見る。
孤児院のみんなに励まされたことで、ドクロは少しずつ気を取り直していく。
そうだ、自分はいったい何を落ち込んでいたんだろう。
あれはおそらくドラゴンが自らの高熱で自爆したのであって、決して魔法によるものではない。
それに、たとえ自分が魔法で吹き飛ばしていたとしても、みんなならきっと許してくれただろう。
「......ただいま」
「おかえり」
サユリは優しく、ドクロを迎える。
家はなくとも、帰る場所はある。
ドクロはその喜びを思う存分嚙み締めるのだった。
「......それよりもドクロ」
サユリが口を開いた。
「あなた今までどこにいたの!?みんなすごく心配していたのよ!?」
「ウグッ!?」
サユリの突然の怒声にドクロは思わずたじろぐ。
「そ、それは......」
「そうだぜドクロ。しかもなんだよその姿、イメチェンか......ッ!?」
マクスはからかうような口調でドクロに話しかける、
しかし、突然呻き声をあげると、その場にうずくまってしまった。
「マクス!?」
スフィーはマクスの傍に近寄ると、心配そうな声を上げる。
「大丈夫?」
「痛てて......クソ、大丈夫だ。ただドラゴンに近づいたせいで皮膚が焼けただけだ......」
どうやら、ドラゴンとの交戦時に負傷したようであった。
あれだけの強敵だ。
怪我をするのも無理はない。
「あ、そうだ。なぁドクロ、せっかくだから治してくれないか?お前回復魔法は得意だろ?」
マクスはドクロの方を見ると、治療を頼み込んできた。
ドクロはその傷を見て、彼がみんなのために戦っていたであろうことを想像する。
そして、先ほどは咄嗟のこととはいえ思いっきり殴ってしまった。
流石に申し訳ないな、と思う。
「やだー。スフィーに治してもらえば?」
しかし、ドクロはマクスの頼みをきっぱりと断った。
「はぁ!?何でだよ!?いいじゃねぇかそれくらい!」
納得いかなかったのか、マクスは抗議の声を上げる。
「だってマクス私に鏡見せてきたじゃん」
そう。
よりにもよって奴は鏡を見せてきたのである。
当たり前といえば当たり前ではあるが鏡に映ったものを透視することはできない。
だからこそ、下手に直視すれば自分の顔が映り込む鏡は苦手なのだ。
「だから絶対に嫌だ!!私は治さないからね!!」
ドクロはぷいと顔を背けると、断固として治さないという意思を見せた。
「クソ、なんだよあいつ......」
マクスは愚痴をこぼすと、傷が痛んだのか視線を下に向ける。
ドクロはその隙を見るや、スフィーの方に親指を立てて軽くウィンクをした。
「......ッ!!」
スフィーは一瞬、ポカンと呆気に取られていたが、意図を察したのかにっこりと微笑むと親指を立てた。
「ほら、マクス。傷見せて」
「ん?ああ、ありがとな、スフィー」
スフィーはマクスに手をかざすと、回復魔法を唱える。
すると、マクスの身体が淡い緑色の光に包まれていった。
(うんうん)
ドクロはその光景を微笑ましく見つめる。
実はスフィーはマクスのことが好きなのだ。
だからドクロはマクスに対して頑なに治療を断り、スフィーが治療するように仕向けたのである。
それに、回復魔法は得意と言っても、骨折や打撲などの骨が絡むものだけで、火傷の治療はぶっちゃけあまり得意ではなかったりする。
なので、たとえ自分が回復魔法を使ったとしても、あんまり効果はなかっただろう。
見たところ、骨には異常なさそうだし自分が出る幕はなさそうだ。
「いたた......それにしてもあの野郎、本気で殴りやがって......」
......まぁ、あれぐらいなら自然に治るだろう、多分。
「......あ!!それよりも先生!!どこか怪我はない?あったら私が治してあげる!!」
ドクロはサユリの方を向くと、治療の申し出をする。
「フフッ。ありがと」
サユリは少しだけ笑った。
心なしか嬉しそうだ。
「でも私は大丈夫よ、あなたがわざわざ治す必要はないわ」
「本当?」
「ええ本当よ」
「そっかぁ......」
ドクロはサユリに断られたことで、少しだけしょげる。
それじゃあ、スフィーとネイザル達を......
「......なぁ、ちょっといいか」
ふと男の声が聞こえた。
ドクロは声の持ち主の方を見る。
「あれ!?カールさん!?」
「おはようドクロちゃん」
そこにいたのはカールだった。
孤児院のみんなに夢中で気づかなかったが、もしかしてずっといたのだろうか。
「どうしてカールさんがここに?」
「あー話したいのは山々なんだが......それよりもさっきドラゴンに襲われたことだし、せっかくだから避難所に行かないか?そこなら、聖女様がやってきて俺たちを治療してくれるはずだ」
カールの提案にドクロとサユリは目を合わせる。
「ふぁ......」
一方のアリアは先ほどから眠いのか、ずっとあくびをしている。
出来るだけ早く寝たいのだろう。
「......そうね、私たちも早く行きましょう」
サユリは避難所に向かうことを決めると、孤児院の残骸を見た。
「正直持っていけるものはほとんどないと思うけど......一応見てみる?」
「......うん」
そうしてドクロたちは家から持っていけそうなものを手に取ると、町の避難所へ向かうのだった。