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冒険者と受付嬢の胸の内

初めて1話内に場面転換します。

 それは、フリジットがレニーに依頼をする、更に数日前に遡る。


 仕事から帰ってくると、フリジットの家の前にジェックスがいた。

 フリジットはギルドから通いやすいように住宅街の中で広場に近い家を選んで購入している。ギルドと提携している職員用の寮もあったが、資金に余裕があったフリジットは戸建てを購入した。

 だからまぁ、跡をつけられなくても見つけられる人間は見つけられるだろう。とはいえ、家の前で堂々と待つ人間がいるとは思わなかった。

 頭の中が疑問符でいっぱいになる。


「おう、フリジット。おつかれ」

「……おつかれさまです」


 頭を軽く下げ、さっさと家に入ろうとするが、ジェックスが立ち塞がって入れない。


「仕事はいつもこの時間に終わるのか?」

「さぁ、どうでしょう」


 一日中冒険者の相手をしなければならないのに始業終業が一定なわけがない。


「しかしこんな夜遅くまで働いてたら危ないぜ」


 危険人物第一号が何を言う。フリジットはジェックスを睨んだ。


「私は疲れていますので家に入れさせてもらっても」


 あくまで平静を保って要求する。心臓の鼓動はドクドクと恐怖を訴えていたが、こらえた。

 こういう輩はまともに相手してはいけない。理屈なんて通じない。


「おっと悪いな。今度おいしい店教えてやるから仕事終わりに一緒に行こうぜ」

「行きません」


 ジェックスがどいたので急いで扉を開けて中に入る。


「おやすみ」


 ジェックスの笑顔に、フリジットはぞわりと寒気がした。急いで扉を閉める。


「もう恥ずかしがり屋だなぁ」


 扉の奥でそんな声が聞こえる。

 フリジットは自分のことをそっちのけで寝室まで駆け込むと、靴を脱いでベッドに潜り込んだ。

 怖かった。

 いくら力でねじ伏せられる相手と言っても、気持ちが悪い。


 何が悪かった?


 ジェックスはカットトパーズの冒険者とパーティーを組んでいて、魔物討伐でギルドに貢献してくれている。しかもこの間、やっとトパーズに昇格できたのだ。


 カットトパーズで大半の冒険者が人生を終える。その壁を乗り越えて、トパーズになった。期待の冒険者なのだ。昇級試験だって自分が担当した。人格だって問題なかったはずだ。

 それなのに、受付で担当する度に無駄に話しかけるようになったし、最初こそ引き気味で答えていたが、どんどん態度はエスカレートしている。

 まるで恋人のように名前を呼び捨てられ、体に触れようとされる。


 明らかに異常だ。


 今はただの好意かもしれない。だが、パーティーメンバーに止められたときも言う事を聞かなかったしなんなら一人で接触してくることが増えてきている。

 もし、フリジットが無視等を続けて好意が憎悪に変われば何されるかわかったものではない。


「どうしよう」


 ジェックスのいる時間だけピンポイントでいないように出来ないだろうか。しかし、ギルドマスターに提案した「支援課」は自分で業務をしなければならない。単純に支援課を担える職員が現状フリジットしかいないのだ。自分自身で提案したし、もっとギルドの現状を良くしたい。支援課は冒険者に手伝ってもらう予定もある。フリジット自身がちゃんと交渉もしなければならない。


「やだなぁ」


 フリジットは震えながら夜を過ごした。



  ○●○●



 ギルドロゼアにて、フリジットはいつも通り働く。頭の片隅には悪魔のようなジェックスのことがあった。胸の中で必死に出会いませんようにと祈りながら業務を進める。


「――はい、山賊討伐ですね。お疲れ様でした。達成の報告書も問題ないですね。依頼主に報告後、様々な調査、査定の後に達成報酬が決まります。一週間ほど経ったらまた声をかけてください。こちら、報酬を受け取る為の紙です。なくさないようにお願いします」

「わかった。ありがとう」


 冒険者が紙を受け取る。用はそれで終わりのはずだが、冒険者は動かない。それどころかじっとフリジットの顔を見た。見透かされるようなアメジストの瞳に、フリジットは小さく後ずさる。


「キミさ」


 冒険者は外部から来たトパーズの冒険者だった。トパーズ以上の冒険者はこのギルドでは貴重な存在だ。なるべくこのギルドを利用してほしい。

 だが今のフリジットの脳裏には、トパーズの単語にジェックスが繋がる。

 何を言われるのだろうか、すぐ終わるだろうか。不安でならなかった。


「帰って休んだ方がいいんじゃない?」

「……え」

「休めるんなら休んだ方がいいよ。このギルドなら代わってくれる人いるでしょ」

「元気ですよ」


 笑顔で即答する。体調が良いとも言えないが仕事にならないわけではない。

 冒険者はちらりと後ろを見る。並んでいる他の冒険者はいなかった。


「大丈夫です、気のせいです」

「……もし何かあるなら同性に相談したほうがいい。それじゃ、お大事に」


 冒険者はそう言い残して酒場に入っていった。


「同性……」


 ちらりと隣を見る。

 休憩のときによく話す相手。受付嬢になってからの友人だった。


「……ねえ、セリア」


 小声で名を呼ぶ。左右に束ねた髪が揺れ、セリアがフリジットの顔を見る。


「どした?」

「後で、相談、していいかな」

「お、何なら今でもいいんじゃない。誰もいないし」


 昼時だからか、ギルド内は客がいなかった。依頼主が来る場合も多いが、昼の時間帯の冒険者が依頼の為に出かけているか、昼食をとっているかだ。


「ジェックスのことなんだけど」

「あぁ、あいつ馴れ馴れしいよね。この間もフリジットに何度も話しかけててさ。仕事の邪魔だった」


 不機嫌にセリアは愚痴る。


「昇格してるから調子に乗ってるのかな。ジェックスがどうしたん」

「その、昨日私の家の前にいたんだ」

「うっそ。付き纏い? めっちゃ怖いじゃん。大丈夫?」

「どうすればいいかな。その、色々と」


 セリアは顎に手を当て、唸る。


「いっそのこと恋人つくっちゃうとか。良い人いる?」

「いない」

「だよねー」


 受付嬢の仕事をしていると、プライベートな関係になる男性が圧倒的に少ない。受付嬢が恋人をつくろうとするならギルド内か、貴重な休日を犠牲にして出会いを求めたりするしかないだろう。フリジットも恋愛には興味がないわけではないが、熱心になるほどではなかった。


「とりあえず、私の寮に泊まろうよ」

「いいの? ごめんね」

「いい案ないか考えとくからさ、ね」


 不安は拭い去れないが、家に帰ってまたジェックスに遭遇することはない。そのことがわかると、少し気が楽になった。

評価してくださった方、ブックマークしてくださった方、ありがとうございます。

1件ごとに小躍りしてます。

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