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冒険者と復活後

 数日後、レニーの傷は完治した。

 予め、持っていた予備の服に着替える。そしてマジックサックを背負った。

 ベルトの類も、ホルスターも、破損しきって使い物にならないから破棄していた。

 世話になった医者にあいさつを済ませ、医務室を出る。

 そこにはフリジットとルミナが待っていた。


「おかえり」


 ルミナに声をかけられ、手を挙げる。


「ただいま」


 フリジットが満面の笑みでレニーの肩を掴んだ。


「じゃ、約束通りぶん殴るから」

「……ここで?」

「うん」


 通路を見渡す。朝早いせいか、誰も通る気配がない。

 コキコキと拳を鳴らす音が、耳に響いた。


「ボクの分もフリジットがやる。威力二倍」


 脅すようにルミナが言う。

 人差し指と中指を立てて、ハサミのように動かした。

 普通に死ぬのでは?

 レニーの頭にそんな疑問が浮かんだ。


「それじゃあ、行くよぉ」


 右半身を後方へ、左半身を前にして構える。左拳は顔の前に置き、右拳を引き絞る。


 風が、起こった。


 魔力が、フリジットの周りに渦巻く。緑色の魔力を体に纏っていた。体から魔力が溢れ出しているわけではない。

 身体能力の強化と技の威力を上げる為に魔力を全身に纏っているのだ。


「いっ!?」


 突風が廊下を抜け、威圧感に肌が痺れる。

 足が張りつけにされたように動かなかった。


「はぁー」


 右拳に魔力が集中する。

 体が危険を知らせて汗を大量に噴き出させる。逃げろと心臓が体を鼓舞するも、精神がそれを許さなかった。


 そして、左足が踏み出される。深く懐に踏み込んだフリジットの右拳は体に隠れて消える。

 消えた右拳が、目に飛び込んできた。

 眼前で寸止めされ、凄まじい暴風がレニーの顔を通り過ぎる。風の悲鳴が、廊下に響き渡った。


 レニーの中の時が止まった。この時間違いなく、一時的に心臓は止まったと思えるほどに。


「……よく避けなかったね」

「殺意も敵意もないし、当てる気なさそうだったから」


 にしては本気すぎて自分の予想を疑いまくったのだが。


「もう。ちゃんと反省すること」


 フリジットは構えを解くと、レニーの額を指で弾く。


「おぶっ!」


 それだけでレニーの体は吹っ飛ばされ、後ろの壁に後頭部をぶつけた。

 ずるずると背中と壁をこすり合わせながら、座り込む。


「あ……ごめん! スキル切れる前にやっちゃった」

「……大丈夫」


 駆け寄ったフリジットに、レニーはできるだけ強がった。


 死ぬかと思った。




○●○●




「聞いたぜレニー、レッドロードを倒したんだってな」


 ガツンと、ジョッキが置かれる。


「ん? あ、まぁね」


 レニーは酒場ロゼアでくつろいでいた。いつものように酒場に入り、いつものようにデジーに案内され、いつものように食事をしていた。


「さすがは俺の見込んだ男だぜ、カットルビーももう近いじゃねえのか」


 目立つ男が自慢げに語る。髭を整えて切りそろえているところを見ると、髭にこだわりのある人間らしい。


「……なんか、カットルビーの昇格試験受けさせられるぽい」

「てぇことはついにお前もカットルビー級か。かーっ! うらやましいぜ」


 調子よく額を叩く男。


「レッドロードを単騎で倒した功績と、予想されるスキルツリーの成長度合いでカットルビー級相当の実力になるだろうってさ」

「誰もが震えあがるレッドロード相手によく勝てたもんだ」

「まぁ、武器全ロストしたけどね」


 今は適当に買いそろえた安物の武器でどうにかしている。どうせなら前よりいい武器にしたいということで色々見て回っている最中だ。


「やっぱりがっぽり稼いだんだろ?」


 親指と人差し指の先を合わせて硬貨を表現する。


「医療費で若干マイナスだったな」

「そりゃ相当な怪我だったな。もう平気なのか」

「体は平気さ」


 幻痛が付き纏っているが、痛み止めでどうにかしていた。今も薬で抑え込んでいる。酒を飲むなと言われたが、知った事ではない。

 エールを飲んでいた。

 ……何だか、左腕が痛くなってきた。戦闘時に杖を持っていたのもあって一番幻痛がひどい。討伐依頼はしばらく無理だろう。現状、受ける依頼も採集系に留めていた。


「賭け時を見誤ったな」

「引き時わきまえないとね」


 豪快に笑いながら、男はエールを飲む。


「しかし、ユーグリスは惜しいやつだったよ。カットパールの後輩できたってんで喜んでたのによ」


 男は天井を見上げ、ため息を吐いた。


「ホント、惜しいやつだったよ」


 心の底から、嘆くように、男は呟く。


「あぁ、本当に。惜しいやつだった」


 脳裏にユーグリスの姿が思い起こされる。己が死ぬというのに最期まで後輩の為を想っていた。


「ツイてなかったんだよ、アイツ」


 ジョッキを傾けてエールを飲んでから、テーブルに叩きつける。


「ツイて、なかったんだ……」

「……あぁ、そうだね」


 男とユーグリスは親しかったのだろう。男の涙が滲んだ瞳を見れば、誰もがわかることだ。

 レニーは手を挙げると、店員を呼んだ。


「はい」

「チョコレートとカシスデウマースお願い」


 男がレニーの顔を見る。


「好きだろ? 奢るよ」

「レニー……お前ってやつは」


 男は目元を拭うと一気に酒を飲み干した。

 店員がチョコと酒を持ってくると中央の方のテーブルから大声がした。


「お前何角の席座ってんだよ! こっち戻ってこい!」

「あぁ! 少し待ってくれ!」


 パーティーメンバーだろうか。バカ騒ぎしている。


「持っていきなよ。キミにもパーティーメンバーがいるだろう?」


 レニーが促すと男は笑った。


「お前、ソロだからパーティーメンバーいないだろうが」

「まぁね。でも、ひとりじゃないから。それに、チョコはパーティーメンバーと分け合った方が美味いんじゃないかな」

「……フッ。まぁな」

「これで貸し借りなしだよ」

「恩に着る、レニー。また話を聞かせてくれ」


 男はチョコの入った皿と酒を持つと、パーティーメンバーの元へ帰っていった。

 レニーは微笑みながら、頬杖をつく。


「……で、彼の名前はなんなんだろう」


 また、名前を聞けなかった。

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