冒険者とアメ
そして当日がやってきた。喫茶酒場ロゼアの周りだけ祭りでもやっているかのような盛り上がりだった。
レニーはアメが入ったかごを片手に外に立っていた。山のように盛られていたアメだったが、意外に減っている。
フリジットは店内で仕事をしている。
「なぁ、ルミナ」
「……なに」
隣のルミナに声をかける。
ルミナの格好は露出の少ないドレスであった。パーティーで使うようなものではなく、ウェイトレスや受付嬢に使われるようなデザインのものだった。黒を基調とし、淡い橙色の……黄色に近い色味のエプロンを着用している。
普段とは違い、ストレートヘアの髪型にしており、かぼちゃにおばけの顔が掘られたデザインの帽子を被っている。全体的に可愛らしいデザインの衣装であった。
ルミナはレニーに目だけを向けていた。
「オレの衣装、変かな」
「そんなこと……ない」
「顔合わせてくれないのはなんで?」
仮装をしてから、ルミナと全く目線が合わない。見ていられないほど似合っていないのか、と思ってしまうほどであった。
「見すぎるのも良くない、かなって」
「うん?」
言っている意味がわからなかった。
「トリックオアトリート!」
女性客がレニーにアメを求めて声をかけてくる。レニーはそれに応じて、アメを渡した。
同じようにルミナも男性客にアメを渡している。
まぁ変でないならいいか、と気にしないことにした。
渡しているアメは年齢に関わらず好まれるよう、ハーブ系のアメとなっている。甘みはあるものの、口の中に清涼感がもたらされるため、食後に適しているものだ。
店の宣伝目的で配っているものなので、入店せずとも受け取れる。
とはいえ、近くにあるビラを読まなければわからないため、実質事前に説明を受けられるリピーターが行うことが多い。
ほぼ客だった。
店の前の人通りが多くなるとリピーターの真似をして新規の客がアメをもらってそのまま店に入るということも起きた。
そうして人の流れを眺めつつ、ひたすらアメを配り続ける。
昼が過ぎると、道に知っている人々がやってくるのが見えた。
「祭りのときのおねーちゃんだー! お菓子ちょーだい」
「バカ、ちゃんと『とりっくおあとりーと』っていうのよ」
子どもたちが駆け寄ってくる。ルミナは少し屈むと、子どもたちにアメを渡す。
「ありがとー」
「どう、いたしまして」
子どもたちの中に大人がひとりいた。孤児院を経営しているリック神父であった。
「今回はお招きありがとう。レニー」
柔和な笑みを浮かべながらリック神父が話しかけてくる。
「……リック神父の息抜きに、と思ったのですが」
「おやおや。子ども全員分のお金を置いていっておいて、何を言うんですか」
「懐に入れて良かったのですよ」
「こうでもしないと面と向かった話をしないでしょう? ほら」
リック神父が背後に目をやると、影に隠れていた子どもがひょいと顔をした。
「レニー?」
レニーがリック神父に託した子どものクリスだった。
「やぁクリス」
「おでこが出てる」
「仮装だからね。普段と違う髪型にもなるさ」
毛先をつまむ。
「お……おにーさん」
クリスに手を引かれるように出てきたのは、ウタハという子どもであった。彼女も、レニーが助けてリック神父に預けた子どもであった。
ウタハはクリスと手を繋ぎながら不安げにレニーを見上げている。
「ウタハも来てくれたんだね。ありがとう」
「……うん!」
レニーが微笑みかけると、ウタハはぱっと表情を輝かせた。
「それで、えっと……おにーさんは何の仮装なの?」
「わからない?」
レニーは後ろのマントをつまみ上げる。が、クリスもウタハも首を傾げるばかりだった。
「あのオネーさんは」
「かぼちゃのおばけ」
レニーの問いに、ふたりとも同時に答える。確かにわかりづらいか、とレニーは思った。貴族風の服にマント、目立ちはするが、何の仮装かまでは子どもに伝わりづらいだろう。
レニーは頬を引っ張って口の中……正確には歯を見せた。
「今日のオレは血が主食なんだ。先手を打たないと痛い目を見るよ?」
レニーがおどけてみせる。それを見て、ふたりとも笑顔でこういった。
「トリックオアトリート!」
○●○●
夕方になると、レニーたちの役目は終わった。夜からは酒場になるので、また客層が違う。
「んー売れ行き良かったし、これは報酬も期待できますなぁ」
背伸びをしながらフリジットが言う。フリジットは黒いドレスに角のあるヘアバンドやコウモリの翼をモチーフとしたスカート形状など、悪魔の要素が入った仮装をしていたが、今は通常の格好に戻っていた。
今は三人でお疲れ様会をしに、別の店へ移動しているところである。
「お客さんも皆満足してそうだったし、そこそこの宣伝にはなったんじゃないかな」
店を出ていく客を観察していたが、ほとんどが笑顔だった。少なくとも不満をあらわにしている客はいなかった。
「レニーも、良かった、ね」
ルミナに言われ、レニーは首を傾げる。
「子どもたち」
「……あぁ」
「ちゃっかり誘ってたんだって? やるねぇ」
フリジットに小突かれる。
「別に。支援金をいつもより多めに渡しただけさ」
「またまた」
ふい、と顔を背ける。
子どもたちが店での食事を喜ぶとも限らない。支援金を店に来れるように多めに渡しただけ、というのは本当だ。店の話もリック神父にしかしていない。
「……トリックオアトリート」
ルミナが手を差し出しながらそう呟いた。
「は?」
「……ボクも、レニーからもらいたい」
「いや、お店のイベントは終わったんだからないよ? ご飯でいいかい?」
「お菓子がないんじゃ、いたずらでしょ? というわけでトリックオアトリート」
流れに乗るようにフリジットがにこにこと手を差し出す。
「……何するつもりだい」
「さぁて何しようかしら」
「くすぐる」
「いいね、たまには笑いまくるレニーくんも見てみたい」
「げっ」
左右から微笑まれ、レニーは思わず足を止める。
と、急に止まったからか何か後ろにぶつかった。
「あ、すいま……」
謝ろうと振り返るが、何もなかった。
「……どうしたの、レニーくん?」
「いや、誰かにぶつかった気がして」
意図せず右手を握りしめたとき、日中散々触っていた感触が二つあることに気づいた。
ふふっ、と。笑い声が聞こえたような気もする。しかし周りを見ても影も形もない。
「……残念」
レニーは右手を開いてふたりに見せる。包み紙に包まれたアメが二つあった。
「今日は魔法がかかってるみたいだ」
そう言いながら舌を出す。フリジットもルミナも目を丸くした。
「で、キミらはお菓子あるのかい? それともいたずらされる?」
勝ち誇るレニーに、フリジットもルミナもどこからかアメを取り出して見せてきた。
「……いや、持ってるんかい」
「だって自分が言われたら困るし」
「うん、困る。自己防衛」
――アメの数は変わらなかった。




