冒険者とローカスト・プレイグ
視界を閉じた中でも、何もかもが変わったと感じた。
耳障りな風の音、鼻に感じるにおい、空気の息苦しさ。
「ツイタヨー」
言葉が聞こえるがひどく意味を理解しづらい。
「メヲアケテミテ」
声は、おそらくドレマのものだろう。レニーはゆっくり目を開ける。
視界を埋める砂嵐──いや、バッタの大群が目の前に広がった。どこか高い丘の上にいるのか、上下左右どれもこれもバッタの形成した嵐が見える。
レニーたちのいる場にはバッタはいない。丘の先の空間を埋め尽くしている。
「──あ?」
頭が混乱した。最後に見た、見慣れた景色と何もかもが違いすぎる。めまいがして、頭を抑える。
「アレ? テンイボケシチャッタカナ?」
「ソリャダレデモナルデショ。スコシマタナイト」
言語が理解できない。言葉を理解するだけの思考すら回らない。めまいがひどくなって、思わずうずくまる。
「すぅ」
深呼吸をする。混乱する気持ちを落ち着けて情報を整理する。
地面を認識する。呼吸を意識する。自分の体が動くことを確認し、目を動かす。
「レニークン、ダイジョウブ?」
見慣れた顔が覗き込んでくる。フリジットだ。背中を擦られる。
「…………」
声が出せない。出す意識が向かない。ただ呼吸を繰り返すので精一杯だった。
やがてすり潰されていた意識が形を取り戻し始める。フリジットの顔を見て、現実感を手繰り寄せる。
「レニーくん?」
「……へいき」
辛うじて三文字を言葉にする。そうするとだいぶ楽になった。
頭を抑えていた手を離し、重い息を吐く。
慣れてきた。
「ありがとう。背中擦ってくれて」
レニーが礼を言うとフリジットは頷く。
「どういたしまして」
フリジットが立ち上がる。
「立てそう?」
手を差し出される。レニーはそれを掴んだ。持ち上げてもらいつつ、立ち上がる。
そこへドレマが寄ってきた。
「どうだい。転移した気分は?」
どう考えてもこの答えしか思い浮かばなかった。
「最悪」
「だよねー」
単純に便利な魔法というものではないというのを身をもって思い知った。
「さて」
ドレマは手を叩く。
「状況を整理しよう。ただいま僕がお香で誘い出したローカスト・プレイグの真正面!」
うんざりするような大群を見直す。あの中に、正直入りたくはない。
「僕とレニーくんで魔法をぶっぱして、中心にいるパズズをフリジットで成敗! 終了めでたしはい簡単!」
「いや全然簡単じゃないんだけど」
レニーは呆れながらローカスト・プレイグを見上げる。
数えようとすら思えない数だ。適当に何千万匹はいるといっても嘘だと思われないだろう。もっといる可能性すらある。この数を殲滅するのに上位魔法何発いるか……ローカスト・プレイグ内の環境も考えなければならない。
「ふふん、僕のお香で魔法をいくら撃っても問題ない場所にかき集めたから思い切りやれるぞ! 褒めてレニーくん!」
「アースゴイスゴイ」
「だろうだろう?」
「……で、実際問題この数をどうするわけ」
「それなんだけどー、レニーくん。ルナ・イクリプス、撃てるかな」
「この数相手には無理だけど」
「ということは撃てるってことだね、よろしい」
ドレマは丘の先を指差す。
「じゃ、そこに立って準備してもらえる?」
「はぁ」
ひとまず従うことにする。
ルナ・イクリプス。
レニーが使える特位の魔法。前方にいる対象の影を完全支配し、内側から破壊する魔法。それは生物であれば避けられぬ死を与えられる。
であるが、かなりの魔力と集中力が必要なため、実戦で使ったのは一度きりだ。
ミラージュを引き抜き、シリンダーを──
「待った待った、ルナ・イクリプス撃つだけだから武器はいらないよ」
「撃つからいるんじゃないの?」
「右腕が一番よく覚えてる。右手で放ったほうがいいよ」
より魔力があるほど魔法は正確に発動する。だから魔力を上乗せするカートリッジを使おうと思ったのだが、ドレマからすればいらないらしかった。
ミラージュを納め、右腕を見る。
一度失って、再生した腕だ。
脱力して下ろす。そして魔力を集中させる。
「そうそう。それじゃ背中触るね」
レニーの背中に手のひらが置かれる。ドレマのものだろう。
本当にまとめてやるつもりか。
レニーは頭でドレマの思考を理解する。ドレマが何かしたのだろう。だから意図が伝わってくる。
レニーはドレマを信じて魔法を放つことにした。散々デタラメを見せられてきた、今更だろう。
「──グループ、イリュージョン、マルチターゲット、アナライズ……」
後ろでドレマが単語をサラサラと出していく。おそらく全て魔法だ。
レニーは右手が黒く染まり、指先に白い光が点滅し始めたのを確認し、前に出す。
タイミングはなんとなくわかった。
「──ルナ・イクリプス」
──その一言で、目の前の嵐は闇へと姿を変えた。




