冒険者と常駐冒険者
レニーがギルドに来ると、依頼の掲示板の前で見覚えのある姿があった。レニーの目に止まった理由は、普段見かけない人物であったこと、そしてここにいることが珍しい冒険者だったからだろう。
レニーは冒険者に近づくと、目の前で手を振った。視界の隅にちらつく程度のところから、徐々に視界に入るようにする。
「やぁ。久しぶり」
相手の肩がビクリと跳ね上がり、バッとレニーの顔を見上げる。 薄い茶髪がふわりと揺れた。
「へ? あっ?」
レニーをまじまじと見てから、少女は自分の目をこする。
「ま、幻?」
なぜか幻覚を疑われ、困惑する。
「本人だけど」
「れれ、レニーさん。その、久しぶり」
やけに落ち着かない様子で返される。
少女は一度依頼で行動をともにしたことのある常駐冒険者であった。
名前は確か――
「――ごめん。声かけといてアレなんだけど、名前覚えるのが苦手でね。また名前を教えてくれると凄く嬉しいんだけど」
「ベアトリス・コペリだ。その、仕方がないと思う。多くの人と関わる仕事だからな」
ベアトリスは腕を組んで頷く。あまり気にしている様子はなかった。
「お詫びに、困りごとがあるなら聞くけど」
「……その、昇格したいんだ」
「ベアトリスさんはパールだっけ」
「そうだ」
常駐冒険者に等級は求められない。常駐する村や街と契約し、その土地の困りごとを解決することが仕事となる。村や街から依頼が常時託されている状態であり、報酬も定期的に払われる。
つまりその土地で求められているものをこなせる実力があればいいのだ。
レニーが関わったときはたまたま出会うはずのないトパーズ級の魔物がいたが、常駐冒険者としては問題ないように感じていた。
「昇格試験は?」
「常駐なので、特に勧められていなくてな。正直何もわからないんだ」
「ふーん。で、とりあえず依頼でも受けようと」
「そうだ」
実績を積めばギルドから昇格試験の話を持ち込まれる。常駐冒険者でも魔物を狩っていれば来ることもあるが、そもそも舞い込む仕事が「その土地の人の困りごと」がメインなので昇格の話は滅多に来ない。コンフィデンスラインは上がるが、それも限度がある。
ラウラのように運び屋であればランクが上の依頼に同行が許可されるライン本数までたどり着くが、常駐冒険者の場合は形式上難しい。
「依頼は決まったの?」
「それが……」
ベアトリスは目を反らす。どうやら決まっていないようだ。まぁ、普段常駐冒険者をしていれば、通常の冒険者のやり方は慣れていないだろう。
「昇格と言っても時間かかるけど、あの村は大丈夫なの」
「平気だ。一年ほど期間をもらった。それで無理なら諦める」
「ま、さすがにしっかり話はしてるか。じゃあ支援課に行ったほうがいいね」
あそこ、と。受付を指差す。そこには支援課の受付嬢であるモーンがいた。元トパーズ冒険者であり、既婚者で子どももいる。
「支援課?」
「うん。困りごとはあそこで相談すればいいよ。ま、オレ、ギルド所属だからあそこの仕事も手伝うんだけど」
「そう、なのか」
「というわけで行こう」
「わ、わかった」
レニーが先導し、モーンに向けて手を挙げる。モーンは細い目でレニーを見てから、ベアトリスに目を向けた。
「こんにちは、モーンさん」
「おつかれさまです。レニー様。そちらの方は?」
「常駐冒険者のベアトリスさん」
「ベアトリス・コペリです。よろしくお願いします」
ベアトリスが頭を下げる。モーンは微笑んだ。
「まぁ、ご丁寧にどうも。わたくしも冒険者だった身ですので、敬語にしなくともいいですよ。その方が嬉しいです」
「そ、そうなのか? いやしかしあなたは敬語使ってるのに」
「わたくしは仕事ですから。懐かしいのでぜひ素で接してください」
「は、はぁ」
「それでどういった用件でしょうか」
「昇格したいらしいんだけど、まず実績積まなきゃなんだ。何の依頼を受けたらいいかな。パール冒険者なんだけど」
「昇格。でしたら、一度レニー様の方で実力を確かめてもらって、問題なさそうであれば推薦してもらったらどうでしょう」
ベアトリスが不安げにレニーを見る。
「忙しいだろう?」
「いいや。さすがに一年常には難しいけど。一度依頼に同行するくらいなら大した手間でもないし」
「決まりですね。ベアトリス様、冒険者カードを拝見しても?」
「あぁ。少し待ってくれ」
腰のポーチから冒険者カードを取り出そうとする。ポーチからカードが零れるようにぽろっと落ちた。
「あ」
レニーは屈んで、それを掴む。
「はい」
「すす、すまない」
ベアトリスは顔を赤くしてモーンに渡す。
「頂戴します」
モーンは冒険者カードを読んで、何度か頷く。
「ありがとうございます。お返しします」
ベアトリスにカードが返される。
「依頼は……そうですね……」
モーンは受付から出ると掲示板に向かっていく。しばらくしてから依頼書を持ってきた。
「手っ取り早く昇格したいとなると、やはり実力を示しやすいのは魔物退治ですから、コボルトの討伐ですかね。レニーさんがいればラッシュコボルトがいても問題ないですし」
コボルトは犬の頭を持つ小人のような魔物だった。難易度的にもゴブリンと似ている。
ラッシュコボルトはコボルトの中でも強い個体の名前であった。ゴブリン・ソルジャーのようなものである。
「な、ならそれを頼む」
「承知しました」
ベアトリスとともに、依頼の受理の手続きを済ませる。
「では、よろしくお願いします」
「あぁ。色々ありがとう」
モーンに対してベアトリスが礼を言う。
「お仕事なので、気にせずまた声をかけてください」
「助かる」
「モーンさん、ありがとう」
「いえいえ。レニー様のお役に立てて何よりです」
いってらっしゃいませ、と送り出される。ひとまずレニーとベアトリスはギルドを出ることにした。
「宿は決まってるのかい?」
「いやまだ……賑やかで人酔いしそうだったからとりあえずギルドに来ようかと」
「依頼は直行でいいのかな」
「あぁ、そうだな。特に予定もないし」
「オッケー。なら依頼が終わったら宿を決めよう。案内するよ」
「い、いいのか?」
「声かけたのオレだしね」
「何から何まで申し訳ない」
「仕事だからね」
会話をしながら歩き続ける。
こうして、ベアトリスとともに、コボルト討伐に出かけることになったのだった。




