冒険者と研究対象
レニーが応接室にやってくると、そこには男性とひとりの少年が待っていた。痩せていて、小柄だ。黒髪で、茶色に近い色の瞳が不安げにレニーを見ていた。レニーの姿を確認し、それから頭を下げてくる。
「よく来てくれた。そこにかけたまえ」
「失礼します」
レニーは男性と少年の真正面に座る。テーブルの上には資料が並べられていた。
「まずは自己紹介から、だな。私はオマー・ハルトだ。スキルの研究を行っている」
オマーの視線が少年に移る。
「こちらは私の養子兼助手のエジンだ」
「よろしくおねがいします」
エジンが再度、頭を下げる。声変わり前なのか、高い声だ。レニーも軽く頭を下げた。
「レニー・ユーアーンです。ルビー冒険者」
「噂には聞いているよ。賊狩りのレニー」
「はは、どうも」
乾いた笑いで返す。二つ名を出したほうが話が進みやすいのなら遠慮なく出すが、雑談に使えるものではない。
「要件のほうだが、スキルツリーのスケッチを取らせてほしい」
レニーは眉をひそめる。
「スケッチ?」
「この子はスキルツリーを名の通りツリーとして視ることができる」
エジンの肩をたたきながら、オマーが説明する。
「通常、スキル鑑定士はスキルを読み取り、言語化することが仕事だ。そのためのスキルが備わっている」
スキル鑑定士は高度な教育とアイテムを使いつつ、読み取る術とスキルを身に着けていく。アイテムでもスキルを読み取れないことはないが、より個人のスキルの機微というものを読み取るにはスキル鑑定士の力は必要だ。
「彼の場合は完全なイメージ像で把握する。スキルの詳細や内容は感じ取れるようだ」
稀に王であるものはスキルを視ることができると伝承が残っている。知り合いでひとり実例を知っているので、驚くことではない。
「それで、オレを視てどうするつもりで」
「スキル、取り戻したくはないかね」
声を低めて、問いかけられる。レニーは視線をそらして、無言になった。
レニーは過去にスキルの一部を失っている。そのときは心神喪失に近い症状がみられていたらしい。らしいというのはレニー自身はあまり自覚がなかったからだ。
周りの人間に助けられたというのも大きいだろう。
「オレの中に完全にないものでも?」
スキルを失う。通常で考えるならば、体の欠損だ。体の機能がうまく働かない、それすなわち、スキルも正しく機能しない。機能停止したスキルはなくなる。
まぁそれでも、スキルとして何かしら残ってはいるだろう。
レニーの場合はそうではない。他人から譲り受けたスキルを、そのまま抜き取ってもらっただけである。
つまり影も形もないはずのものだ。
「完全にないものなどないのだよ、レニーくん」
そんなレニーの思考を見透かしているかのように、オマーは断言した。
「例え称号スキルであったとしても、本人に宿っていたのなら名残がある。それを確認させてくれ」
「……別に、スキルを取り戻そうだなんて思ってません」
レニーは首を振る。
スキルに関してはレニーの中で完全に決着のついたものだ。だからこそ、使える手段を増やした。
「何かの役に立つのなら協力しますが」
「理由はなんであれ、協力してもらえるのなら構わない」
「それで、条件は?」
スキルツリーは個人情報だ。昇格に関わらない、レニーにも得がないというのであれば、応じる意味がない。
「これが契約書だ。確認してほしい」
渡された紙に目を通す。
スキルツリー及び、個人の事情に関する秘密保護の約束とスキルツリーの変化の記録の許諾に関して、そして報酬が書かれてあった。
「……随分、破格ですね」
通常の依頼を考えれば比にならない。一年は遊んで暮らせるだろう。
「それだけ貴重なサンプルになるということだ」
オマーが淡々と返す。
「スキルを失って等級を維持できている例は初めてだ。大抵は降格してコンフィデンスラインで調整するのだが」
コンフィデンスラインは冒険者の信頼度を表すものだ。場合によっては上の等級の依頼にも参加できる。
「君は体の欠損でもない。極めて稀だ」
「まぁでしょうね」
称号スキルでもない。自身が珍しい状態であったことは自覚がある。
「等級の上下に関わらず年に一度スキルツリーの鑑定を受け、こちらに情報提供してくれればいい。ギルドから声がかかるだろう。指示に従えばいいはずだ。情報は研究以外のいかなる目的にも使用してはならない」
「断る理由のほうが少ないですね。受けます」
元々よほど条件が悪くなければ受けるつもりだったこともあり、レニーは了承することにした。
何年自分が生きているかはわからないが。
「ありがとう。それで、別枠なのだが」
「はい」
「死んだ場合の話もしていいかね?」
「構いません」
契約書にはそういった内容のことは書かれていなかった。となると、契約とは別の話なのだろう。
「君が死んだ場合、君の許諾がもらえるのなら解剖させてもらいたい」
「……つまり?」
「君が死んだ後、君の体はバラバラになり、精密な検査をする。最終的に火葬されるが、数年かかる。正式な形での弔いはできなくなる」
「原型留めない場合でも?」
「スキルツリーから情報は読み取れはする。できる範囲で君の身体情報を記録し、後世に繋げたい」
レニーは黙り込んだ。
以前のレニーでは二つ返事で了承していたかもしれない。ただ、頭にチラつく顔が、それを踏みとどまらせた。
「……その返事は待ってもらっても」
「構わない。ギルドに希望を出せばそれが最優先される。それを返事として受け取る。スキルツリーの鑑定時にも希望を伝えることは可能だ」
希望というのは死後の扱いについての希望だろう。レニーは希望を出していない。
「スキルツリーは通常見えないものだ。ゆえにわかっていないことも多い。スキルツリーを失ったもの、恵まれないもののために研究は必要だ。君はそこら辺の必要性は理解しているようだがね」
「えぇ。身寄りはいないので承諾してもいいのですが」
「慎重に考えたまえ。承諾した後でも取り消し可能にはしておく」
「それは……どうも」
死んでしまえばレニーの体はレニー自身には関係のない話だ。信心深い人間ならまだしも、レニーにそれはない。
それでも自分の体を好き勝手される、という抵抗感はあるのかもしれない。
「これが死後の扱いについての契約書だ。渡しておく」
テーブルに紙が置かれ、それを受け取る。
「契約関連はこれにまとめたまえ」
紙を丸めて入れられそうな筒を渡される。
「ありがとうございます」
「ひとまず、スキルツリーの研究に関する契約書にだけサインをしてくれ」
オマーの言葉にレニーは頷いた。




