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冒険者と墓

 夜は涼しかった。風が吹くと心地が良い。

 レニーは月の明かりを頼りに墓場を歩き始めた。歩みはのんびりとしたものだが、耳を済ませて僅かな音でも拾えるように動く。

 レニーはどちらかといえば、見つけ出す側ではなく、忍び込む側ではある。盗賊のやり口は知っているが、墓荒らしとなるとまた微妙に違う。


 墓をひとつひとつ確認しながら、侵入者がいるか見ていく。

 先程の鐘が嘘のように静寂に包まれている。磨かれた墓石が光を反射しており、改めて、よく手入れされているなと思った。


「……うん?」


 レニーはある墓石の前で足を止める。見覚えのある名前が、そこにあるような気がしたからだ。

 屈み込んで、目を凝らす。


 ユーグリス、と。その墓石には掘られていた。その下には知っている日時と、「勇敢な冒険者、ここに眠る」と一文添えられている。


 レッドロードという魔物と戦うことになったとき、助けられなかった冒険者の名前だった。レニーは手を伸ばし、名前をなぞるように撫でる。


「そうか、ここで眠ってるのか」


 レニーは目を細めた。


「あれから昇格してね。死んだらオレが奢るよ。とびきりのやつ」


 それだけ言うと、レニーは立ち上がった。


「今は仕事中だからね。また」


 手を振りながら、レニーは離れる。特に親しくもない、死に目に会っただけの、ただそれだけの仲だ。特に墓参りをする義理などはない。

 だから言葉を少しかければ十分だろう。


 背を向けて、レニーは歩き出す。


 ――が。


『――――』


 耳元で声がしたような気がした。レニーは足を止め、振り返る。しばらく無言で墓を見渡した後、フッと微笑む。


「どういたしまして」


 レニーはそれだけ言い残すと見回りを再開した。


 レニーは霊を視たこと()ない。だから確証などないし、信じ切っているわけでもない。


 そういうことがあったのならそういうこととして受け止め、自分の中に留める。いつだって同じだ。


 見回りをしたが、特に異常は見られなかった。

 シャドーハンズによって生成した影の手に座る。そしてそのままシャドーハンズで体を持ち上げた。レニーの体が墓を一望できるところにまで浮く。


 しばらくそのまま、墓を眺めた。魔法を維持することは向いていないスキル構成をしているが、夜で闇属性魔法が強化されていることと、シャドーハンズそのものが低燃費な魔法なので、維持は難しくなかった。


 相手を拘束しているならまだしも、自分の体を浮かせるだけだ。


「……うん、平気そうだね」


 シャドーハンズを解除する。浮遊感とともに、レニーの体が落下する。難なく着地をし、そのまま、モニエナの家に戻る。


 扉を開けて、中に入る。


「どうだった?」


 モニエナの問いに、レニーは肩をあげた。


「からかわれたっぽい」


 レニーがおどけるように言ってみせると、モニエナはくすりと笑った。




○●○●




 問題なく、依頼の期間が終わった。

 日中村の人が来ていたようで、果物や野菜の差し入れがあった。それをクレラが調理し、夜まで休んでいたレニーはそれを食べ、夜の番に入る。というような日の繰り返しで特段、難しいことはなかった。


 まぁ、ルビーだからといって過酷な依頼ばかり受けているわけではない。むしろ余裕がある分、楽な仕事のほうがお得だ。


「本当にありがとう」


 両手が使えるようになったモニエナが礼を言う。


「また困ったらいつでも言うんですよ」


 クレラは腰に手を当てて、子どもに言い聞かせるように言った。クレラの言葉にモニエナは嬉しそうに微笑む。


「えぇ。よろしく」


 家の外でレニーは墓を眺める。


「レニーさん」

「うん?」


 名前を呼ばれ、意識をモニエナに戻した。


「ありがとう。霊が喜んでいたわ。雇いたいくらい」

「悪いね、冒険者なもんで」

「いいの。あなたはその方がいいわ」


 モニエナは強く頷いた。


「いい旅路を祈っているわ」


 モニエナは両手を合わせて軽く祈る。


「そりゃどうも」

「それでは、また会いましょう。クレラ、レニーさん」


 モニエナは軽く頭を下げる。


「えぇ、また来ますね」

「お大事に」


 それぞれ言葉を返して、背を向ける。そして歩き出す。クレラは何度か振り返って、手を振っている様子だった。レニーは振り返らず、歩く。


「レニーさん、また頼んでもいいですか」

「そのときに時間があれば、もちろん。料理もおいしかったしね」

「ありがとうございます。おばけ、気にしなくて済みそうです」


 クレラはホッと胸に手を当てて、息を吐く。


「そんな怖いもんじゃないと思うけど」

「怖いものは怖いんですぅ」


 軽くやりとりをしながら、のんびりと帰る。


 レニーは一度だけ後ろを振り返った。モニエナはもう既に家の中に入っているようだった。


 視界の端、墓の方に黒い影がちらりと映った……気がした。


 瞬きの間の、ほんの一瞬だ。


 レニーは見なかったことにして、前に向き直る。


「墓かぁ。考えたことないな」

「レニーさんはギルドにそういうこと登録してあるんですか?」

「いいや全く。ギルドに負担かかるし」

「お金は支払っているんですから、登録しておいたほうがいいですよ。形が残るというのは人にとって大きな意味がありますからね」


 冒険者は死亡した際の死体に関して、ギルドに希望が出せる。死んだ場が危険地帯の場合、回収できない場合もあるが、回収した際は本人の登録した希望に沿って、手続きがされる仕組みにはなっている。故郷がある人間はだいたい故郷を登録して、埋葬されるようになっている。


 遺体がない場合でも何かしらの形で弔うこともある。


 そういった死後の処遇についてギルドが負う負担については、依頼の報酬からほんの少しだけ負担金という形で引かれていた。希望あるなしに関わらず、冒険者全員で負担し、万一のとき弔えるような形態になっている。場合によっては冒険者の行方不明時の捜索依頼の報酬にも当てられる。


 レニーの場合は希望なし。死ねば、そのまま野ざらしだ。希望のない冒険者も少なくはない。念のため、で死んだときのギルドの対応に希望を出しているものも、現役の間に死ぬことはないと、そう思っているだろう。


 自分の死というのは、想像が難しいものだ。


「モニエナちゃんのところ、どうですか? 登録してないよりはずっと大切にされるでしょう」

「んー考えとく」


 そう返しつつ、レニーは考え込む。


 ああして触れられるというのなら、何かしら登録しておいたほうがいいのだろうか。


 頭に大事な人を思い浮かべながら思う。


 まぁ、良いところがなかったら頼ろう。


 ソロ冒険者レニーはそう思った。

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