冒険者と幽霊
レニーはソロの冒険者である。酒場で食事をすれば、当然ひとりで席を使うことになる。とはいえ、酒場の席は有限で、いつでもひとりで席を使えるわけではない。
ひとりであれば食事を終わらせて、席の混雑具合によってはさっさと宿に戻るのだが、支援課の話でフリジットが同席してきたり、ルミナが来たり、見知らぬ人と相席したりと、意外とひとりでいないことも多い。
今日もそんな日だった。
「それで。墓守り仕事の手伝いをしてほしいと」
「はい」
明るい笑顔で、女性は頷いた。修道服を身にまとい、明るい茶髪が印象的な彼女は、以前、依頼を手伝った冒険者のひとりであった。
クレラ・デロリス。
席に座ってもいいかという断りをいれる際に、名乗ってくれた。名前を全く覚えていなかったのだが、こういう丁寧な人間だと色々と助かる。
彼女もソロの冒険者……といってもレニーのように単独で行動することは少ない。どこかのパーティーにヒーラーとして手伝いに入ることが多いそうだ。
クレラは聖職者なのだが、知り合いに墓地の手入れをしてほしいという話が来たらしい。
「屍術師のモニエナちゃんって子なのですけど、怪我してしまったみたいで」
「はぁ、屍術師」
脳裏に嫌な思い出が蘇る。とはいえ、ネクロマンサーや屍術師と言っても、害意のある人間と決まっているわけではない。
遺族から依頼されて、故人の身体の一部をアイテムにすることもあるらしい。お守りやアクセサリーというのが主だという。冒険者でも大事な仲間を失ったときに頼ることも、だ。
まぁ、レニーにはそんな仲間いないのだが。
なんなら自分が真っ先に死にそうではある。
「近場で墓荒らしもあったみたいで、モニエナちゃんも不安だから助けてほしいと」
「それで、なんでオレが手伝うことに?」
クレラはニッコリとしたまま固まった。数秒、沈黙が続く。
「……え?」
沈黙の意味がわからず、思わず疑問を口にしてしまう。
クレラはおそるおそるといった感じで姿勢を低めると、真剣な顔でこういった。
「レニーさんって幽霊大丈夫ですか」
小声で、誰にも聞かれないように注意をしながら、クレラが聞いてくる。
「……平気だけど」
「良かったです」
ほっと、胸を撫で下ろすクレラ。
「あ、幽霊なんかいないって思っていたりしますか」
「えーっと……」
クレラの問いに、レニーはどう答えたものか考える。
冒険者としてはアンデット系と幽霊の区別なんてほぼついていないようなものである。伝承では幽霊や悪魔といった実体のない存在が出てくるが、冒険者からすれば、それは魔人であったり、アンデットであったりという認識がほとんどだ。呪いも魔法やマジックアイテムの種別として実在している。
それに。
「クレラさんは、幽霊苦手?」
クレラは頬を赤らめて、周りの目を気にしながら口を開いた。
「聖職者なのに苦手だって言ったら笑いますか?」
恥ずかしげに言う。
「怖いの」
「怖いですよ。だからその、一番気にしなさそうな人がそばにいたらいいなーと」
「ふーん」
クレラは両手を合わせて三角形をつくる。それを崩したり、直したりしていた。
「そういうことなら、付き合うけど」
「本当ですか!?」
ぱっと表情を明るくして、クレラが問いかけてくる。
「モニエナちゃんが霊がいるって言うんで不安だったんです」
「モニエナちゃんっていうのはそういうの平気なの」
「平気なんです。語りかけてくるって」
「はぁん。誰にでも言うの」
「そんなことないと思います。たぶん、ある程度信用した人だけかと思いますけど」
怪異、と表現すればいいだろうか。信じる人間にだけ話をするのだろうか。会ってみればわかるか。
「話はわかった。この間より楽そうだし、受けるよ。お墓の管理は大事だしね」
「ありがとうございます」
クレラは深く頭を下げた。




