冒険者とジョーカー
レニーはシャドードミネンスの魔法を発動した。これで、支配できる範囲の影を全て支配する。そうすれば、支配した分、シャドーハンズを即座に発動できるからだ。
魔物は大きく翼を広げる。レニーはその翼に向けて、魔弾を撃った。右の翼を集中的に撃ちまくる。
そして無数のシャドーハンズで左の翼の動きを妨害した。
「グォオ……!」
「おっ、タフだけどしっかり効いてるな……!」
口を開こうとしてぎこちなく顎を震わせる魔物。先ほど顔へ向けて撃った魔弾の効果だろう。
レニーが先ほどから撃ちまくっていた魔弾。それは「氷の魔弾」だ。火属性の魔弾ほど威力が高いわけでも、魔道士の使う氷の魔法ほど確実に凍結させるわけでもない。
以前から持ってはいたが、使う機会がなかった。
この魔弾は格上相手に使うにはあまりにも遅効性で、格下に使うほど威力が高いわけでもない。
それでもレニーが今魔物相手に使い続けたのは、残存する魔力で致命打を与えられなくとも、着実に効果が得られると踏んだからである。
マルバスがどんな魔物かは知らない。
ただ、魔物だろうと生物で、スキルツリーがある。雪山で過ごす魔物や、水面で活動する水鳥など確かに寒さに抵抗のある生物は存在するが、それは過酷な環境下で生き抜いてきたからだ。
そして、氷の魔法の耐性を持つ魔物は非常に少ないとされる。どれほどの生物であろうと凍ってしまえば、生命活動を維持できない。そして、火ほど身近ではないため、耐性も得られない。
同様に一瞬で凍らせる技術もまた、非常に非効率かつ困難である。
レニーが狙ったのは氷の魔弾による、体温低下だ。
凍るほどの冷たさは血流も、そして魔力の流れも悪くする。
目視では、魔物の体はどこも凍っていない。レニーの氷の魔弾は中位の強魔弾という、レニーが普段使っているマジックバレットより上位の魔法には位置している。格下であれば、一部位を凍らせることは可能だろう。それでも、目の前の魔物を凍らせるには至っていない。それは単純に生物としての強靭さではあるのだろう。
もしも、万全のブランチに氷の魔弾を撃っても通じなかっただろう。
魔物の状態であるから、効果が出ている。となれば、万全であれば、どれほど化け物であったか想像したくはない。
これがもし、マルバスの完全復活であれば、手の打ちようがなかったかもしれない。マルバスの完全復活となれば、マルバス自身、力の使い方や状況も一瞬で理解できただろう。
マルバスの力の全容を知らないブランチという器で復活したことで、恐らく戦闘経験の浅いブランチだったからこそ不意打ちが行えて、こうして氷の魔弾を有効にできた。
そして、満月の夜だ。
夜であれば、より多くの影ができる。そして、影を利用する魔法が多く使える。
本当に、ツイている。
魔物は翼の力だけでシャドーハンズを引き千切ると、突進してきた。レニーは目を凝らし、そして伏せる。
レニーは魔物の真下に潜り込み、魔物は勢いを殺せずに壁を破壊し、外へ飛び出した。レニーは後を追う。
魔物は翼で飛ぼうとするが、右の翼が上手く動かなかった。氷の魔弾で動きが思い通りにいかないからだ。そこへ、レニーは左の翼に向けて追い打ちの魔弾を撃つ。
翼が完全にコントロールできなくなった魔物が地に落ちていく。塔の最上階から。
レニーは落ちていく魔物を魔弾で追撃を続けながら、塔の外壁に足をつけ、ミラージュを引き抜く。
「こんのぉおおおお!」
シャドーハンズの魔法を発動し、その根本をミラージュで突き刺す。簡単には刺さらないはずの外壁に切っ先が入った。それで自分の落下速度を遅くする。火花が散りながらも、ミラージュはしっかりと仕事をした。
幸い、下には何もなかった。大地だけだ。
魔物が落下し、レニーは着地する。
倒れた魔物を見据えながら、レニーは肩で呼吸をする。ミラージュも、クロウ・マグナも手放さずに倒れた魔物への警戒を続ける。
通常なら自重も含めて落下死する高さだ。死んでもらわなければ困る。
「はぁ……はぁ……どうだ……?」
汗を拭いつつ、レニーは祈る。
しかし。
ゆっくりと魔物が起き上がった。
レニーに振り返り、殺意を向ける。
「グルル……」
「しつこいよ、オマエ……!」
魔物の理不尽さにレニーは怒りをあらわにする。
これだから魔物は嫌いなんだ。
レニーが魔物のタフさに歯噛みする中――不意にそれはやってきた。
「――スパイラル」
その言葉は、レニーのものでも、魔物のものでもない。
「――ラピエレェ!」
閃光が降ってきた。一直線に落ちてきた一撃は、まるで雷のように魔物の頭に突き刺さる。
魔物の頭は地に叩きつけられ、光で何も見えなくなる。眩しさのあまり、手で顔をかばった。
光が止むと、影がこちらに飛んでくる。
「……キミ」
レニーの横に飛んできたのは、アルセールだった。
「こちとら怪盗なもんでね、おいしいところを頂きに来た」
フードを摘みながら、アルセールは気取る。
「さすが。あの子は?」
「もちろん、安全な場所へ案内済みさ」
ウインクでもしたのか、顔が揺れる。そしてふたりで魔物を見た。
「今度こそ死んだかな」
「どうだろう? 手応えはあったが……」
月の光を、反射する。
魔物はまだ立ち上がった。
「おいおい冗談だろ?」
レイピアを構えながら、アルセールが焦った声で言う。
魔物は姿勢を低めてこちらを睨むが、呼吸は浅い。焦点が合わないのか、頭がフラフラしている。
「どうする相棒?」
顔だけをレニーに向けながら、アルセールが問う。
「誰が相棒だ。全く」
ため息を吐く。
それでも、レニーは静かにクロウ・マグナを魔物に向けた。
「……こいつで仕留めきれなかったら、残りはキミに頼むね」
そして、魔弾を撃った。
顎の下の空間に。
「おいおい、どこ狙ってるんだ」
「狙い通りさ」
魔弾は顎の下で停滞した。そして、魔物の顎を引き寄せる。
魔物がどれだけ抵抗しようと、今までのダメージの蓄積が、体温の低下が、それを許さない。
「グ……グゥ……」
今度はミラージュを前に向け、残りの魔力をありったけ注ぎ込む。
「オレの最後の魔法だ」
狙いを定める。
どう足掻いても、魔弾の拘束から逃れられない。否、逃れられないよう、頭が地に着く形になり、踏ん張りづらい体勢になるような位置に魔弾を撃った。
こういう調節は得意だ。
「――ムーンレイズ」
ミラージュから撃ち出された魔弾が、魔物を拘束する魔弾と衝突する。
そして、黒の魔力爆発が魔物を襲った。
爆風がレニーの髪を撫でる。
闇が晴れたとき、魔物の頭は存在していなかった。力なく倒れ、沈黙する。
レニーはクロウ・マグナを構えていた腕を、力なく下ろした。もう、力は何も残っていなかったからだ。全身が鉛のように重く、ドクドクと心臓の音が内側から響いた。
少し前までのレニーであれば、ムーンレイズを撃つまでに魔力を無くしていただろう。
今までの経験や魔道士の魔法の修行相手になったこと、それらがこれだけ戦い続けても切り札を使えるほどの魔力量をレニーに残したのだ。
このタイミングで相対できたからこその、トドメの一撃。
勝利した、という達成感、何より安心感を胸を広がっていく。
レニーは大きく安堵の息を漏らすと、そのまま意識を失った。




