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冒険者と古の魔物

 煙が部屋を包む。それが塔に空いた巨大な穴へ吸い込まれ、満月と夜空が現れる。

 レニーはミラージュに魔力を上乗せするカートリッジを入れ替えながら、ブランチを睨んだ。


 聴力が徐々に戻って来る。


「ぐ、お、お、ぐ」


 言葉にならない呻きかすらわからない声。満月を後ろに、ブランチは立っていた。両翼が千切れ、片腕は焼き切れている。


「キ、キ、キサマ」


 魔力を吸収する魔法は、こちらが魔力を練っていれば抵抗できる。ブランチの魔力吸収は大規模だったのか、魔力を抜く力自体はそれほど強くなかった。通常の冒険者ではいざ知らず、レニーはこれでもギルドでも指折りの実力者ではある。相手にくれてやる魔力などない。


「クラーケン退治の魔法はどうだい?」


 スティング・ディザスター。巨大なクラーケンですら、一撃で仕留められた魔法。とはいえ、クラーケンのときほどの威力が出るわけではないのだが。


 中途半端な妨害は魔力を消耗するだけだ。魔力吸収がなくなるまで、レニーは魔法の準備をしていただけだ。 


「う、ご……」


 膝をつくブランチに構わず、レニーは影にミラージュを突き刺し、茨を纏わせた。


「ローズマンバ」


 ミラージュを引き抜いて、ブランチに向かって投げる。蛇のようにミラージュがブランチへと絡みつく。そして影の棘がブランチの体に次々と突き刺さる。


「ひ、いぎ、ぎゃああ!」


 叫び声を包むようにとぐろを巻き、そしてブランチの頭上からミラージュが落ちる。そして剣のようになった棘がブランチの全身を刺し貫いた。


 腕を引いて、ミラージュを手に戻す。そしてカートリッジを抜いた。


「さて」


 全身ズタズタで倒れ伏したブランチを見る。完全に沈黙している。


「おーい」


 ブランチに向けて声を掛けるが、反応はない。

 封印されるほどの魔物だからといってあれだけまともに強力な魔法を食らってはどうしようもないだろう。


 封印されている時代から魔法も武器も発展してきている。倒せないほど強力である、というのは幻想だ。


 呼吸の動きすらない異形の体。


 レニーは安堵の息を吐こうとして――ブランチの目がカッと開くのを見た。


「……ちっ! しぶといやつめ」


 ブランチは体を浮かせると震え始める。


「うご、ごぉおおおぼおがあああああ!」


 バキバキと関節が激しく揺れ動き、全身が脈動する。たてがみが伸び、人の顔が獣のものになっていく。

 レニーはミラージュを一度納刀し、クロウ・マグナのカートリッジを素早く入れ替える。そして両手でクロウ・マグナを持ち、深呼吸をした。


 四足でありながらレニーを優に超える体格。黒い体毛に、白い目。不吉に翼を広げて、満月を隠す。


 ブランチとはもう呼べないだろう。あれはただの魔物だ。


 咆哮が上がる。


 空気が悲鳴を叫ぶ。体が芯から冷える。


「耳栓でも持ってくれば良かったかな」


 レニーは軽口を叩きながら、ポケットからガラス球を取り出す。間髪入れず魔物に向けて投げる。

 魔物の翼が微妙に動く。


「させるか!」


 羽ばたきが起こる前にレニーがガラス球を魔弾で撃つ。球が砕け、眩い光で世界を照らす。レニーは目を閉じてそれをやり過ごし、すぐに目を開けた。

 羽ばたきが、起こる。


 巻き起こる風は、レニーの体を軽く宙に投げた。レニーは構わず、クロウ・マグナを魔物の目に向ける。


 魔弾を撃つと同時に背中が壁に当たった。


 魔物は頭を振って、魔弾を目から逸らした。それでも顔には当たる。


「ぐっ」


 レニーはたった一度の羽ばたきによる風で未だ壁に拘束されながら、構わず魔弾を連射した。見える範囲、たてがみを避けて、関節や翼に向けて撃ちまくる。


「グォオ!」


 鬱陶しそうに声を上げる魔物。その口元が淡く光る。


「やべ」


 シャドーハンズの魔法を発動させ、影の手に自分の足を掴ませる。そして魔物が光弾を吐き出すと同時に下に自分を投げさせた。


 地面を転がる。光弾を壁が貫通し、レニーなど消し炭になっていたであろう大穴を空けた。


 レニーは倒れたまま右前足の関節に向けて魔弾を二、三発撃つ。


 魔物は左の前足でレニーを払いに来た。無論、直撃すれば死、である。


「マジかよっ!」


 レニーは両足を床に叩きつけて宙返りをすると、その払いを躱す。ぐるぐる回る視界で、噛みつきに来る魔物の姿を確認する。


 予想でクロウ・マグナを向け、魔弾を撃つ。


 口内にでも当たったのか、魔物の呻き声が聞こえる。レニーは着地し、その姿を確認する。


「……喋るんじゃないのか? それとも攻撃のせいで暴走してる?」


 レニーは冷え切った汗を顎から拭い取る。


「魔力……足りるかな」


 大技二回。これは魔力を上乗せするカートリッジを使用して消費量を極力抑えた。残りは自力である。


 以前のレニーであればここから無理矢理にでも大技を連発する手段があったのだが、残念ながら失ってしまっている。魔弾は傷を負わせるほどの威力ではない。


「効いてくれるといいんだけどね。あとはオレ次第か」


 魔物が睨んでくる。


「来いよ、ウスノロ」


 挑発の言葉を口にする。己自身が、まだ優位であると、勝機があると思い込む。でないと、隙を見せてあっという間に不利になる。


 塔の部屋は魔物が動くには狭すぎる。どう足掻いても、至近距離での戦いにはなる。魔物の強みは攻撃範囲、レニーの強みは小回りだ。


 足元の影の範囲を確認する。月の光で魔物の巨体が照らされ、その影がレニーに伸びている。


 レニーは笑みを浮かべた。


「全く、ツイてるよ」


 全身に刻まれたスキルツリー。血のように魔力が循環し、様々な効果を発動させる。レニーの夜目が良いのも、これだけ戦えるのも、スキルツリーと魔法があってこそ。

 そしてそのスキルツリーは窮地を乗り越えてこそ、最も成長する。


 故に。

 冒険者は死線を好む。

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