冒険者と閉鎖的環境
「夜まで村をまわりたい、ですか」
「はい。できれば案内に娘さんをお願いしたいのですが」
荷物を部屋に置き、レニーは廊下にいたブランチにそう相談した。まだ暗くなるまで時間はある。明日も、日が落ちるまでは安全のはずだ。ブランチ曰く、予告から外れた日に盗みを働くことはないそうだ。
「……申し訳ないのですが、この建物から出ないで頂きたい」
「どこからアルセールが来るかわかりません。村の状況がわかれば対策のしようもあります」
「ふむ」
しばし考えるように俯く。
「娘は夜、外に出ることはありません。夜、あなたが見張ってくださればそれでいい」
にこやかではあるが、冷ややかな声でブランチは言う。
「外から来た方々には、基本的にこの建物内で過ごしていただいております。あれこれ動かれると、村の人たちも怖がりますし、ね」
「……なるほど」
レニーは頭を下げる。
「それは失礼しました」
「いえわかってくださるのならいいのです。建物内を案内します」
ブランチの家はやけに広かった。教会も立派なものだったが、こちらは家としての機能だけではなく、客人や他の信者の宿舎を兼ねているらしく、若い女性とよくすれ違った。シスターらしく、服装もそれに準じたものになっている。誰もがにこやかにブランチとレニーにあいさつをしてくれた。
花や野菜を育てる広い庭や、勉学をするちょっとした図書室など、確かに出歩くまでもなく、ここで過ごせそうではあった。
「案内は以上になります。案内した場所であれば、常識の範囲内で使用して構いませんので」
「わかりました。ところで、あの塔は?」
案内されなかった場所がいくつもあったが、その中でもひとつだけ気になる建物があった。村に来てから、教会と共に目立っていた塔であった。
「あそこは礼拝塔です。本来はただの見張り塔だったんですがね。今は、天に最も近い場所で、カタリナが神の言葉を聞き入れる場となっています。寝泊まりもあそこです。今。体を休めていることでしょう」
「……神の言葉を?」
「えぇ。あなたは、神を信じていませんか?」
ブランチが問いかけてくる。
「娘さんおひとりが神の声を聞けると」
「はい、シルシである聖痕を受けましたから。今は未熟ですが、近い未来、聖女になるでしょう」
レニーは目をそらすだけで何も言わなかった。神を信じてはいない。存在そのものを否定しているわけではない。ただ、レニーにはひどく遠い存在に思えるから、信じていないに近い感覚がある、というのが正しいだろう。
食事のときには祈りを捧げるが、食べ物となったものたちと生きていける幸運に、である。幸運が神のご加護であると断言するほど気にしたことはない。
「冒険者は実力主義ですからね。信心深さは持ち合わせていないものも少なくないでしょう」
「冒険者のこと、知っているのですね」
「えぇ、少しだけ。友人に冒険者がいましてね。カードの偽造は困難ですから、きちんとした者に護衛をしてもらえれば安心かと思いまして」
確かに、冒険者カードは身分証明として成り立つ。元々よそ者が問題ごとを解決しに行くのだ。少しでも現地の人々の安心を得るため、偽造はかなり難しいものとなっている。
真偽を現地人が判断できるかは別ではあるが……友人に冒険者がいたというブランチであれば、カードの真偽は判別しやすいのだろう。ブランチとやり取りをする中で冒険者カードを見せたが、それでレニーの身分は保証できたということだ。
呼び込んだ冒険者が怪盗でした、という展開はないに等しい。
「他に何か?」
「……いえ」
「では、わたしはこれで失礼します。どうぞ、時間までごゆっくりしていってくだされ」
去っていく教祖の背中を見送ってから、レニーはもう一度屋敷を見てまわることにした。
○●○●
結論から言うと、教祖の認める場所以外、向かうことはできなかった。案内された場所以外に行こうとするとどこからともなく、シスターがやってきて用事を聞いてくる。
素直に他の場所に行こうとしていることを伝えると、
「カタリナ様の身に何かあったときにすぐに駆けつけられるよう、他の場所には行かないようにお願いいたします」
笑顔で諭された。
言外に行くな、ということだろう。言い訳を考えても無駄そうだ。非常時にでもならない限り、認められないだろう。よく監視されている。
武力で制してもいいが、それは言わずもがな、信頼を失う行為である。現状ただの興味本位での動きとしか思われていないだろうが、やりすぎれば追い出される可能性もある。
確かにここの村人何人を相手にしようが関係ない力を持ってはいるが、暴れてはただの野蛮人だ。ローグでも立派な冒険者、無法に振る舞うわけにも行かない。
代わりにシスターたちに質問をしてみることにした。が、あまり長く質問はできなかった。
内部の話をすると詳しく教えてくれる。神の教えや、教祖の素晴らしさ、カタリナの起こした奇跡……魔法の類でしかないが、そういった話は語ってくれるのだ。
村人の魔法の理解は地域によってピンキリだ。始位魔法が使え、生活がいくらか楽になっている村人もいれば、存在だけ知っており、他は全く知らない村人もいる。強力な魔法、と言われると何も想像がつかない者のほうが大多数だろう。
ちょっとしたかすり傷を回復魔法で綺麗にしてしまえば、「奇跡」と思い込んでしまうことも、ある。
兎角、そういうことは抵抗なく話すのだ。しかし村の外の話やカタリナの話をすると別だ。
「教祖様のほうがご存知のはずです。教祖様に聞くと良いでしょう」
「あの方は尊いお方です。私たちには何もわかりません」
と、そんな風に返されて、ブランチの方へ案内しようとする。
情報も何もない。怪盗対策になりそうな話は聞けそうにはなく、レニーは諦めることにした。
「ふぅ」
部屋のベッドで、ため息を吐く。天井を見上げ、ふかふかでベッドメイキングの行き届いているベッドの感触を手で確かめる。日当たりは良く、小さな棚に置かれた聖書が目立つ。
視線を落とし、ぼうっとそれを眺めた後、レニーは横になった。
「……寝るか」
そんなレニーの結論は至極単純だった。




