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冒険者と予告

 レニーがその村に来ると、誰もが幸せそうに笑顔を浮かべているのが目立った。よそ者が来たというのに、誰一人、訝しげにすることなく、日常を送っている。

 村の中に形成された道を歩き、見上げる。一番目立つ教会。それが、レニーの目指す場所であると目星をつけてのことだった。そのレニーを遮るようにひとりの女性が前に進み出る。


「あら、旅人さん。ここにはどんな御用でしょう?」


 手を擦り合わせながら、レニーに尋ねてくる。意図の全くない、善意の顔だった。


「レニー・ユーアーン。冒険者です。ここには、依頼で来ました」

「まぁ、でしたら教会に案内しますよ。教祖様ならきっと知っていますよ」


 たぶん依頼主じゃないかな、とレニーは言葉を呑み込んでおく。


「では、案内お願いします」

「はいっ!」


 花でも受け取ったかのように、笑顔を浮かべて女性は教会への案内を始めた。レニーは女性の案内を受けながら、村の観察をする。


 特に何かに困っている様子はない。まぁ、必要がないということだろう。依頼に関してもレニー自身、珍しいと思う依頼であった。


「こちらです」


 教会の開け放たれた扉に手を向ける女性。


「ありがとう」

「では私はこれで」


 レニーがお礼を言うと、女性は一礼し、去っていく。


「失礼」


 中に入ると、人だかりができていた。並ばなければだめかな、と思いつつ、後ろに並ぶ。何をやっているかは全くわからなかった。長椅子に座っているものはいない。


 前の方でぶつぶつと喋る声が聞こえては、明るい顔で人が出ていく。この繰り返しだった。


 順番が残りふたりというところまで来て、レニーは何をしているかわかった。


「では、座ってください」


 少女がそこにいた。修道服を着ており、顔立ちは整っているように見える。小柄でまだ、成長の途中らしい体をしている。少女は一切声を発さず、隣の男性が話をしていた。


 少女の前に跪いた男が手のひらを乗せられる。


「今日もあなたに神の祝福があるよう、祈ります」


 少女は目を瞑り、深呼吸をする。胸にかけられた首飾り……銀の装飾に赤い石のはめ込まれたそれに手を当てた。そして静かに十字を切った。


「これで今日も安泰です」


 男性がそう言うと、男がまるで恵みの雨でも得たかのように喜び、お礼を言って去っていく。


 やがて、レニーの順番が来る。


 少女はレニーの顔を見て、後ずさる。レニーは後ろに人がいないことを確認し、跪く。


「依頼で来た冒険者、レニー・ユーアーンと申します。お話、伺っても?」


 レニーの視線は少女ではなく、隣で笑みを張り付けていた男性に向けられていた。黒いローブに十字架のネックレスを身に着けた、痩せ気味の男だった。頭髪がなく、年齢らしい皺が顔のところどころに見られる。


「ようこそ、おいでなさいました。わたしはブランチと申します。この子は、娘のカタリナ」


 そっとブランチがカタリナの両肩に手を置く。怯えたような瞳がレニーに向けられた。


「お話は別の場所に。わたしの家でしましょう」


 ブランチの言葉にレニーは頷いた。




○●○●




 テーブルの上に紅茶が並べられる。そして中央に置かれたクッキーの入ったかごからカタリナはひとつ摘み、食べた。人形が動いているかのようだ。瞳をよくよく見てみれば、白銀の瞳をしており、睫毛が長い。どこか現実離れした雰囲気があった。それが人形を思わせるのだ。

 その隣に、ブランチが座る。レニーは向かい側に座った。


「それで、依頼の件ですが」

「これです」


 差し出されたのは、手紙だった。そこには無論、文字が書かれている。


『次の満月の夜。神に愛された子を頂く 怪盗アルセール』


 意図的な余白と短い文言。随分気取ったものだった。怪盗、というとどこかで聞いた言葉な気がしたが、思い出せなかった。


「……このアルセールというのは」

「ここら辺で暴れている盗賊の名前です。普段は貴族相手に宝石などを奪っているやつなのですが……」

「特徴は?」

「それが、誰も見たことがないらしいのです」


 レニーは困惑した。盗賊、中でも名の知れている者であれば、ある程度顔が知られていることも少なくはない。


「誰も?」

「えぇ。ある人は少年だといい、ある人は騎士だったといい、ある人はうら若い女性だった、とも」

「役に立たないね」


 そこまで情報がバラけているのであれば、ないのと同じだ。男か、女かすらわからない。しかも、こんな対策しやすく予告までして、というのはかなり珍しい。


「共通点とかないんですか」


 レニーの問いに、ブランチは首を振る。


「残念ながら」


 となると、見た目については諦めるしかない。


「神に愛された子、というのは」

「それはもちろんこの子です」


 肩を抱きながら、ブランチは語る。


「この子には聖痕があります」


 聖痕。

 聖人と呼ばれる、要は神に選ばれた人間に多く出る証のことだと、世の人は言う。レニーはカタリナの顔を見て、それから首飾りに視線を落とした。


「その首飾りは」

「これは魔除けです。銀の輝きは悪魔を払い、赤は太陽を象徴し、闇を払います」


 レニーはそれについて何も触れないことにした。銀の性質に関しては詳しくはない。レニーの装備も求めていたものも、特に魔を払うことに注視したものではないからだ。魔物や人相手……言ってしまえば殺傷能力があればいいのだ。


「そちらを狙っている可能性は?」


 銀と、宝石が使われているだろう。アルセールが普段狙っている宝石というのに当てはまる。


「かもしれません。ですが、貴族のものとは比べようがないでしょう。どちらにせよ、娘が狙われている可能性があるのであればお守りいただきたい」

「……ま、とりあえず満月は明日だ。荷物はここに置かせてもらっても?」

「一室貸し出します。そこを自由に使ってください」

「ありがとうございます」


 レニーが頭を下げる。

 カタリナは変わらず、クッキーを食べ、紅茶を飲むだけで一言も発さなかった。

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