表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
305/343

冒険者とムクロ

 ダンジョンを進む。


――五階。トパーズ級冒険者以上に探索が許された四階。それよりも先の場所だ。


 レエーラはカットトパーズ。ブレメントと魔法使いの女性はトパーズ。少年はパール。


 前衛の少年は本来探索が許されているわけではないが、現状、他のパーティーメンバーがトパーズふたり、カットトパーズのレエーラであるためにパーティー単位であるのなら探索が認められる。


 それにしても。


「大丈夫?」


 隣の少年に声をかける。汗を流しながら、呼吸は浅くなっている。


「平気」


 強がりの笑みを少年は返した。

 パーティー単位での同行は認められているとはいえ、レエーラと少年が前衛を務めている。弱った魔物をブレメントがトドメを刺したり、合間に女性が魔法で攻撃するといった程度だ。


 連携も何も無い。後ろに控えているふたりのためにあるパーティー。もっと言えばブレメントのためのパーティーだ。


「そろそろ帰らない?」


 振り返りながらレエーラは提案をする。ブレメントは片眉を上げた。


「なんでだ?」


 この人、状況がわかってないわけ?


「だって、この子の体力が限界近いみたいだし、帰りも考えたら引き返したほうがいいと思うの」

「今までで一番奥地まで進めてる。休憩は挟んでるし、問題ないだろ。な?」


 少年に向けて、ブレメントが圧をかける。少年は力なく頷く。休憩といえど、限度がある。ダンジョン内に完全に安全な場所はない。


――助けて


 ダンジョン内で声が響く。女性の、力ない声だ。全員が立ち止まって、顔を見合わせる。


「今の、人の声?」


 女性の問いに、ブレメントは考え込む。


「俺より潜れるやつは限られているが」


 カットルビーの冒険者がひとりいるが、ダンジョン内をそこまで探索しない。


「しかし女性の声だ。もしかしたら本当に困っているかもしれない。助けに行かねば」


 強く頷いてブレメントが向かおうとする。しかし、レエーラが立ち塞がる。


「たまたまそう聞こえただけよ。山の中で似たような動物の声はいくらでも聞くわ」


 山で助けを呼ぶ声がしても近づくな。近づくとしても慎重に、だ。動物の声が人間の声に聞こえるときもある。正式な救援の依頼でもない限りは、積極的に向かう必要性は薄い。


「引き返しましょう。限界だわ。強い魔物に出会ったら大変」

「なーに、俺らなら問題ないさ。行こう」


 少年の背中を叩き、先へ進ませる。少年はゆっくりと声のした方向へ歩き出した。


「さすがブレメント様。格好いいわ」


 媚びるような女性の声に、ブレメントがご満悦のようだった。レエーラは舌打ち混じりに、少年より前へ進む。


――助けて


 まだ聞こえる。空気が冷たく、重たくなっていく気がする。長年の勘がこの先はまずいと言っている。しかし、隣の少年も、もちろん自分もブレメントに逆らう力はない。


 歯がゆい想いを抱えながらも、レエーラは前に進み、そして正体を知った。

 通路の曲がり角。そこを少し進んだところで「ソイツ」に遭遇した。


「あ、あひ……」


 隣の少年が座り込む。レエーラも、その正体に震え上がるしかなかった。慌てて、隣の少年を抱え起こす。


 ムクロを背負った巨大蜘蛛……いやサソリか、そういった体を持つ巨大な魔物がそこにいたからだ。


 体中に糸をまとい、六本の足に加えて、二本のハサミ。背中には無数の人骨の上半身。


「助けて」


 長い髪の、白骨がその声を発していた。その隣には武装した兵士のような白骨がカタカタと顎を鳴らす。そしてカン、カンと盾と剣を打ち鳴らす。


「なんだこいつ」


 こんな魔物知らない。今まで遭遇したことない。


「おい、行け! 隙を見て俺が攻撃する!」


 少年の背中を押し、ブレメントが叫ぶ。数歩前に出た少年は怯えた顔でブレメントを見てから、正面を見た。


 ハサミを大きくゆったり広げながら、無数の赤い瞳が怪しく光る。


「う、あ」


 少年は両手剣を構えて、ガタガタを震える。


「撤退しなよ! 敵うかどうかわからないじゃない!」

「やらなきゃわからないだろ」


 わからないからやめとけと言ってるんでしょうが。レエーラはそんな怒りを抑え込む。


「うわあああああ!」


 大きく上段に振りかぶって、少年が突撃する。


「待って!」


 レエーラの静止を聞かずに少年は剣を振るい――


 そして、簡単に掴まれた。


 ハサミで掴まれ、持ち上げられる。


「あ、あ……やだ……」


 ゆっくり魔物は口を開く。レエーラは反射的に飛び込んだ。剣で斬りかかる。

 もう片方のハサミがレエーラを襲ってくる。


「カットサーキュラー!」


 盾でハサミを抑える。しかし、切断魔法でもハサミは削れず、少しずつ挟み込もうとしてくる。


「ぐ、この……!」

「ファイアランス!」


 後ろで魔法名が聞こえる。おそらく女性が魔法を撃ったのだろう。見るからに火が弱点ではありそうだ。


――La


 しかし、上の長髪の白骨が歌うと、魔法の壁がファイアランスを完璧に防いだ。


「うぉおお!」


 青い光を纏いながら、ブレメントが突撃する。剣を無防備な魔物の顔に振り下ろす。


 だが。


 兵士の白骨の()()()()()()()()()()、盾で攻撃を防ぐ。剣を振るってくる。ブレメントの纏う青い魔力を斬り裂いて、ブレメントを斬る。


「ぐあっ!」


 ブレメントは素早く後退する。胸を斬られたらしく、装備が破れていた。浅い傷から、血が滲む。ブレメントはそれを指でなぞり、青ざめる。


「血……血だ……」


 カタカタカタ。

 と、魔物の背中から白骨が湧き出てくる。長髪と兵士だけではない。ローブを来たものや、戦士のようなもの。それらが顎を揺らして嗤う。


 魔物はぽいっと、飽きたように少年を投げる。真横の壁に激突し、血を吐く。


「が――」


 声にならない叫びを上げてから、ズルズルと地面に座り込んだ。


「く、そ……」


 レエーラに迫るハサミもじわじわと狭まってくる。魔法で抵抗しているが、時間の問題だろう。ブレメントを攻撃した兵士の白骨がケタケタと嗤う。


 いつでも仕留められると言いたげに。


「に、逃げるぞ!」


 ブレメントが走り出す。


「ま、待って!」


 女性も逃げ出したブレメントの後を追って駆け出す。

 レエーラは絶句した。仲間を助けようともしない。自らこの事態を招いていながら、尻尾を巻いて逃げていった。


「受けるんじゃ……なかった……」


 迫るハサミに、死を感じる。


――ダンジョンは人の心を捕らえる。


 聞いたばかりの言葉を思い出す。


「あぁ、なんで今思い出しちゃうかな……!」


 魔力を絞り出し、耐える。ハサミに剣を突き立てて、どうにかしようとする。


 レエーラの、望みは名声でも、なんでもない。ただ、生きて、生き続けて。


 そして、いつか思い出に出会いたかっただけ。ただ、それだけなのに。

 白骨たちが黒いオーラを身に纏う。何か大技でもするのか、全身が震え上がる。


――グォオオオオオオ!


 叫び。

 ただの叫びのはずだ。どんなに姿がおぞましくても。そんなに声が大きくても。

 だと言うのに骨は軋んで、耳鳴りはして、力が削ぎ落とされた。


 魔法が解除される。


「あ」


 終わった。

 そう、直感した。辛うじて足掻いていたという糸を斬られた。

 レエーラは思わず目を閉じた。


 …………。

 ………………?


 何も、来ない。暗闇の中で、痛みも、苦しみも何もない。


 もしかして、即死だったか?


 いや、そんなはずはない。


 だってちゃんと感覚が、ある。生きていると、流れる血が訴えてくれている。

 抵抗できる手段はなかったはずだ。


 なのに、どうして――――


「――大丈夫かい?」


 目を開ける。レイニーがいた。体をゆっくり降ろされる。どうやら抱きかかえられていたらしい。


「え、レイニー!?」


 周りを見ると、あの少年も近くにいる。逆に魔物は遠ざかっていた。


「相当賢い魔物みたいだね。()()がいい」


 レイニーは屈むと、少年にポーションらしき瓶を向け、全身にかける。ポーションの冷たさのせいか、少年が目を開けた。


「動けそうかい?」


 少年は首肯する。


「衝撃が強かっただけ。骨まではいってない。ごめんなさい。足手まといで」

「ポーションを飲んだほうがいい」


 レイニーがもうひと瓶開けると少年に渡す。意識が戻ったのであれば、ポーションは飲んだほうが効果がある。


「ありがとう」


 少年は夢中になってポーションを飲む。飲みきって、ポーションの瓶をレイニー返した。


「レイニー、きみ……」

「ま、色々聞きたいことはあるだろうね。けど、今は命優先だ」


 ポーションの瓶をしまい、レイニーは立ち上がる。


「いやぁ、凄い魔物だね」


 魔物の口が開く。赤い光球が生成されていく。


――La


 長髪の白骨が歌うと、光球の光が増す。


「なるほど。魔法のチャージをしてたと」

「まずい、逃げて!」


 レイニーは屈み込むと、引き抜いた黒い()を地面に刺した。

 そして、レイニーに向けて光球が発射された。


「シャドースプラッター」


 黒い斬撃が光球を防ぐ。そして互いを削り合う。

 光の中で、レイニーは腰から杖を引き抜いた。


「スパイラル」


 光球を貫いて、魔弾が飛ぶ。光球が霧散し、そして、魔弾は長髪の白骨へ飛んでいく。


 しかし、兵士が前に出て、魔弾を盾で防いだ。光球を貫くさいに威力が大幅に削られ、盾ごと貫くには至らなかったようだった。


 構えを変えながら、レイニーは視線を鋭くし、口角を上げた。


「うん、倒しがいがありそうだ」


 その姿は、まるで、英雄のようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ