冒険者と討伐祝い
倒したクラーケンは「解体船」と呼ばれる船によって解体され、可食部、素材が回収されていった。このタイミングでクラーケンを横取りしようとする海賊や生物もいなくはないが、海賊は軍艦を相手にしようとはしない。また、クラーケンを喰らおうとする海の生き物たちの分まで奪わずとも量には問題ないため、載せるだけ載せて城や城下町に食材を行き渡らせた後は祭りとなった。
レニーはその時間、軍艦の一室を借りてベッドで寝ていたし、フリジットもやれることはやったので休んでいた。
後日報奨と感謝状が届けられるということで、レニーたちは解放された。ふたりとも軍の祝勝会に参加する形にはならずに、クラーケンの部位で上質な部分をいくらかギルドの酒場に送ってくれることになった。ふたりとも軍の空気に慣れていないであろうし、冒険者は冒険者で祝おうということだ。
そのため、レニーとフリジットが戻る頃にはすでに酒場で祝いの席が始まっていた。
「今日の主役がきたぞぉ!」
「クラーケン退治とはさすが元カットサファイア冒険者とルビー冒険者だぜ!」
酒場に入ったレニーとフリジットは顔を見合わせる。フリジットは微笑んだ。
「よぉし、今日は飲むわよぉ! タコパよタコパァ! タコパーティー! どんどんお酒持ってきなさぁい!」
フリジットが大声を張り上げつつ、冒険者の輪に混ざっていく。報奨金のいくらかは今やっている祝いの席の料金になる。レニーとフリジットへの個人の報酬とは別の、ギルドに入る報酬だ。感謝状はしばらくギルドに展示されてから本人所持かギルド保管かを決められる。レニーはギルド保管を希望した。
持っていても意味は感じなかったからだ。
「みなさーん! クラーケンの食材届きましたよー! クラーケン墨のパスタ、包み焼き、串焼き、ステーキに、限定メニュー盛りだくさんです! こちらにどうぞ!」
とびっきりの笑顔で店員が大声を張り上げる。メニューの書かれた立て札が置かれ、皆が盛り上がる。
「レニーさんと、フリジットさんは最優先です! 何がいいですかー!?」
立て札の前に立つ。フリジットはニコニコしながら隣にやってきた。
「うーん」
レニーは顎に手を添えながら考える。
「やっぱり」
フリジットは人差し指を立て、
「とりあえず」
レニーはそう前置きし、
「クラーケン墨のパスタと包み焼き。あとはエール」
と、同時に注文した。
フリジットは嬉しそうに、レニーの顔を覗き込む。
「おんなじだね」
「センパイのおすすめなんでしょ?」
「まぁねー」
突き出された拳を合わせる。
「承りましたー! いつものお席空いてるので座っちゃってくださーい」
店員がそういうと注文を厨房へ向けて告げる。レニーとフリジットは「予約席」と書かれたソロやペア用の席に向かった。
ふたりで座る。
「クラーケンの料理なんて久しぶりだなぁー」
体を伸ばしながらフリジットは呟く。
「数年に一度なんだっけ?」
レニーが反応すると、フリジットは頷いた。クラーケンの元となる魔物がクラーケンとして成長するまで、長い年月がかかる。それだけ生き残ってるということはそれだけ生存能力が高いということもあるが、海の魔物は地上よりも巨大になりやすい。結果、一匹で津波や嵐を巻き起こすこともある。
だから、討伐が厄介なのだが、クラーケンの場合は祭りができるくらいには食料となる部位が多いのでまだマシなのかもしれない。
「おまたせしましたー!」
レニーとフリジットの前にメニューが置かれる。真っ黒に染まり、食べやすくカットされた身や薬草が添えられたパスタに、生地を丸くして焼き、その中にクラーケンの身が入っている包み焼きだ。包み焼きの大きさは手のひらサイズの水晶玉程度で、三つほど並んでおり、特製のソースがかけられている。
そしてエールが置かれた。
「見たら腹減ってきたな」
浮かぶ湯気と、食欲をそそる匂いで口の中の唾液が増えていく。
「ふふん、いっぱい楽しんじゃいましょう」
互いにエールを持つ。他の冒険者や、ギルド職員たちは立て札を見ながらの注文で夢中のようだった。
まぁ、定期的に仕入れられるものではない。早いもの勝ちだ。
「それでは、クラーケン討伐を祝いまして! かんぱーい!」
「カンパーイ」
こつんとジョッキを当て合い、それぞれ飲む。
「ぷはぁ! 最高ぉ!」
至福の表情を浮かべるフリジットを眺めながら、レニーはエールを味わう。
帰る前、ネモヒラから告白の言葉を聞いた。別に今すぐに誰かを愛するだとかそういうことは難しいけれど。それでも、前を向けて、空っぽの自分でもそういった言葉を言えるようになったときは、参考にしようと思う。
答えなんて出ないかもしれない。けれど探すこと自体は大事だと思うから。
レニーはフリジットの姿を眺めながら、今日は悪酔いしそうだな、と思った。ナイフとフォークを持って、包み焼きに手を出し始める。
宝箱を開けるような気分だった。
祝いは騒がしく、心地よく過ぎていった。




