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【書籍化】ソロ冒険者レニー  作者: 月待 紫雲
続:クラーケンの話
296/343

冒険者とクラーケン

 船首甲板の上でレニーとフリジット、そしてネモヒラが立っていた。戦艦は十数(せき)。海を割きながら進んでいる。デュロモイは指示のため、別の場所にいるらしい。


 戦艦の向かう先には、黒い海があった。円形に漆黒に染められた空間がある。レニーは視線を、フリジットの右腕に落とした。


 フリジットの右腕には、名状しがたい生物の頭を模したような大型のガントレットに似た装備をつけていた。ダイバー装備に、さらに異形の武器を持っている姿は目立つ。


「その、武器何?」

「ディープエングラーのこと?」


 重たげな武器を持ち上げて、レニーに聞いてくる。黒い装甲に拳部分には水晶のようなものがはめられていた。


「水中の魔物の素材使ってるし、今回はこれかなーって」


 どうやらフリジットは武器を複数持っているらしい。以前使っていた武器も一級品であることは間違いなかったが、今回もそうだろう。


「見た目、凄いね」

「大型向けだからね」


 そんな仰々しい装備なくとも大型の魔物を倒せそうなフリジットだが、まぁ、そのフリジットでも強くなるまでの時期というものがあるだろう。そういう時期の武器なのかもしれない。


「あのおふたりとも。作戦を確認しても?」


 ネモヒラが切り出すと、ふたりで頷く。といっても、作戦と呼べるほど、複雑なものではない。


「砲撃の射程範囲まで、接近したらフリジットさんに潜水してもらい、、クラーケンを攻撃してもらいます。レニーさんは魔法を準備して、海からクラーケンが打ち上がったところで狙撃、失敗した場合は砲撃開始となります」

「承知しました」

「了解」


 レニーのクロウ・マグナはパーツを外付けしてブーストにしてある。


「あの」


 おそるおそる、ネモヒラがレニーに話しかける。


「バフは大丈夫ですか?」


 レニーは頷く。


「装備がもうそんな感じだしね。あまりに強化しすぎると感覚狂うし、このままで狙撃するよ」


 失敗しても砲撃できる。フリジットも防御魔法で凌げるであろうし、討伐においてのレニーの重要度はさほどだろう。


 なら、自分だけの力で挑戦してみたい。


 合図であるラッパが鳴り、戦艦が止まる。


「さて、行きますか」


 軽く腕を回し、フリジットは歩き出す。


「行ってくるね、レニーくん」


 一度振り返って手を振るフリジット。軽くウィンクすると、そのまま前を向いた。


「いってらっしゃい」

「はーい」


 フリジットは飛び上がると、まだ遠くにある黒い海まで矢のごとく飛んでいった。レニーは船首の先に立ち、クロウ・マグナブーストを構える。


「あの、ネモヒラさん」

「はい」


 振り返らず、レニーは口を開く。


「後学のために聞いときたいんですけど、告白されたときのセリフ。あとで教えてもらっても」


 くすり、と。後ろで聞こえる。


「フリジットさんから聞いたんですね? はい、構いませんよ」


 嬉しそうに了承された。

 レニーは目の前に意識を集中させる。


「――じゃ、がんばりますか」


 少しは前に進めるように努力しよう。




 ○●○●




 海中は深く濃い闇だった。黒く漂っているのはクラーケンの墨だろう。それに加えて、墨を食物と勘違いした海中の生物たちの影が、蠢いている。魚群だけではなく、大型の影もある。


 クラーケンの本体が見えない。ルミナとノアはこの中を斬り抜けながらクラーケンへたどり着いたのだろうか。


 フリジットは暗闇を見上げながら、耳を澄ましてみる。様々な生物の呼吸音が嵐となっている。その中で一際大きな呼吸音を探す。


 右拳を握りしめ、ディープエングラーに魔力を込める。頭部のような箇所の水晶が、淡く水色に光った。


(だいたい位置がわかれば――)


 大きく右を引き、魔力を強める。海中が揺らぎ始めたのを感じてか、フリジットが目を向けている先の魚影が退いていく。


(――殴るだけ)


 水中での拳は、どれだけ強さがあろうと、威力は大幅に落ちる。地上での風の抵抗よりも、水中の抵抗の方が遥かに強いからだ。地上から水中に撃つ魔法のほとんどはその射程が半分以下になる。


 海中の敵を仕留めることが難しく、軍や専門職が海で魔物討伐をすることが多いのはそれだけ海を知り、専門であることが必要であるからだ。


 それでもクラーケン、軍艦を沈められるレベルの魔物になると軍でも難しい。


 ディープエングラーは魔力を効率よく圧縮し、射出できる。マジックバリアを広範囲で継続的に展開することもできるし、より一瞬であるが恐ろしく強固にすることもできる。その反面、多く魔力を持っていかれるが。


 フリジットが放つ拳は、ディープエングラーを通して射出される。


 背中のスラスターで上昇しつつ、勢いをつける。フリジットは強く魔力を込めた拳を、一気に突き出した。


 生まれた衝撃波が青白い光を放ちながら稲妻のように闇を切り裂き、そして海中を震わせた。結果はフリジットからは確認できないが、当てられたという確信はある。


 急いでマジックバリアを展開し、自分の攻撃による余波で起きた波に食い殺されないようにする。


 装備が壊れてしまったら呼吸は一時間程度しか保たせられない。荒れる海中の渦の中で、フリジットはただ落ち着くのを待つ。


 そうすれば、問題なく海上に出れる。海中だろうと自分の一番の強みは防御力だ。余裕で耐えられる。


(頼んだよ、レニーくん)


 自分の仕事は終わった。後は任せるだけだ。




 ○●○●




 島でも釣り上げられたのかと思った。地震でもあったのかと思うほどの軽い揺れの後に、視線の先の海が隆起した。


 白飛沫から辛うじて巨大なタコのような、クラーケンの頭部が見える。


 眉間。事前に確認していた情報と目に映る情報を合わせ、そこへ当たりをつける。


 クロウ・マグナブーストに魔力を上乗せするカートリッジは入れてある。()()()()()にもだ。


 どちらも前へ並べて構え、言葉を紡ぐ。


「――其は慈悲なき蹂躙の針。光を奪い、黒点を穿ち、破滅へ導く」


 クラーケンの姿が沈む前に詠唱を済ませる。クロウ・マグナブーストの先と、ミラージュの先にある黒球が混ざり合い、回転する。一瞬でレニーの体を包み込むほどの大きな黒球になり、風を巻き起こす。


「――貫き潰せ。スティング・ディザスター」


 魔法名を告げた瞬間、視界が黒で染まった。


 空気を貫く轟音が、耳に響く。魔力が空になったレニーは武器を下ろすと、そのまま膝から崩れた。


 以前、メリースから教わった魔法だった。プラズマント・ドーラというアンデットの群れごとリッチという魔人を討ち倒した魔法があったのだが、それと同等らしい。メリースはプラズマント・ドーラを使ってもある程度ピンピンしていたが、レニーは下準備込みで一発が限界だった。


 高威力なら遠くまで届くし、広範囲攻撃なら巨大な敵でも撃ち抜けるだろう。当たれば良い。


 スティング・ディザスターはまるで空を貫く黒い流星のように飛んでいった。クラーケンに黒い穴を空け、そして、高い水飛沫を上げる。


 クラーケンの声と思われる、地底から響くような大声が響いた後、クラーケンは体を崩していき、そして海上に浮いた。


 目玉の間に大きな穴が空いて、白目を剥いている。


 仕留められたか。


 レニーは確認すると、その場に倒れ込んだ。


「おつかれさまです、レニーさん。さすがルビー冒険者ですね」


 ネモヒラに声をかけられる。視界の中で微笑む姿があった。レニーは重い腕を上げると、親指を立てる。それから力なく下ろした。

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