冒険者と語らい
数日後、クラーケン攻略を前日に控えた中、レニーとフリジットはいつも通り食事をしていた。
「ぷはー」
「……あんま飲みすぎないようにね」
「へーきへーき」
口元に泡をつけながらエールを飲むフリジット。上機嫌であった。数日にわたる訓練によって潜水は問題なし。問題はクラーケンに攻撃を加えられるかであるが、フリジットの強さを考えれば心配ないだろう。
「デュロモイさんとネモヒラさん結婚してるんだってさー」
前のめりになりつつも、目を輝かせるフリジット。
「あぁ、デュロモイさんも言ってたね。あの人、そういうの興味なさそうだけど」
レニーが話を合わせると、フリジットが口の端を吊り上げる。
「なんとなんと、デュロモイさんが告白したんだよ!」
「へぇ。自由恋愛か」
軍ならお見合いとかにもなりそうだが。あの軍人を体現したような人物が恋をするとは不思議なものだ。
「はぁーいいなぁ。私もされたい」
「されたことはあるんじゃないの?」
レニーの問いに、フリジットは目を丸くする。それから寂しげな顔になった。
「真剣な告白って結構ないものなんだよ……?」
と言いながら、レニーに顔を向けると、頬を赤くした。
「いや、あった」
「うん?」
「レニーくん」
「へ?」
「大好きだって。あれ、嬉しかったなぁ」
両手の指を交差させながら、目を細めるフリジット。
確かにレニーはフリジットに対して大好きだと言った。だが、それはルミナも、であり、告白を断る中での返事でもあった。
とてもいい思い出のものとは思えない。
「それ、フッてからの話でしょ。嬉しいの」
「うん。今までで一番嬉しかった」
即答された。
「ちゃんと真剣に受け止めてくれた。否定しないでくれた。それが凄く、レニーくんらしくて、そういうところが好きで、それで、本当は……安心したの」
「安心?」
フリジットは小さく頷く。
「ルミナさんのことも好きだから。レニーくんへの気持ち、知ってたから。ルミナさん、いい子だし報われてほしくて、それで……それで自分の気持ちを考えないようにしてたこともあったから。だから断られて、どっちも選ばなかった君に、安心した。それはたぶん、ルミナさんもなんだと思う」
ふたりとも選ばれたい。でも互いに報われてもほしい。レニーだって、フリジットにもルミナにも幸せになってほしいとは思っている。フリジットとルミナが互いに想い合いつつも、それでも心の内を明かしたのは、きっとレニー自身があのときに死にかけたから、なのだろう。
だから気持ちだけでも知ってほしい。そういう想いで告白してくれたのだろう。
本当は選ばれたいはずだ。しかし、おそらく三人とも、あのとき何かが崩れるのが、壊れるのが一番怖かったのかもしれない。
「一番落ち着く間柄ってあのときは気軽に言ったけど、やっぱり難しいね。人間関係って」
レニーは返す言葉を持たなかった。ただ、黙ってフリジットの目を見る。
――そなたの好きは、愛はなんだ
――あなたの手は冷たいよ。寂しがってる
過去に言われた言葉を思い返す。
自分はどうしたいのだろうか。
幸せにしたいのか、なってほしいのか。やりたいのか、できそうにないのか。そんな言葉がぐるぐるまわって答えが出なくなる。
答えが出ないものだから、フリジットは十年という時間を設けてくれたのだろう。あれからしばらく経つので、正確にはもう少し短いのだが。
「――オレは、キミに救われたよ」
「……へ?」
フリジットが驚いた顔で、レニーを見る。左右の違うその瞳が、それぞれレニーの顔を映していた。
「あのとき言ってくれたろ。どうにもならなかったら、飲み仲間だ、って」
「え、あぁ……言ったね」
「うん。言ってくれた」
レニーは目を細める。
「オレが断っただけだったら、上手く終わらなかったっていうか、ぎこちなくなってたんだと思う。気持ちを知ってて、それでいて答えもハッキリ出てて。それで関わり続けるとなんとなく気まずくなるというか」
「そうかな」
「そういうもんだと思う」
天井を見上げる。さんざん他人の顔を見てきたのだ。なんとなく想像はできる。
「でも、あのときフリジットが提案してくれて、どうにもならなくても、飲み仲間でいようって言われたあのとき。随分、気が楽になったんだ。ひとまずオレは、オレのままで、ふたりといて良いんだって」
否定するというのは何かを壊す。壊して良いものなら構わないが、レニーにとってふたりとの関係性は壊したくないものだった。レニーの心を繋ぎ止めてくれたのは、間違いなくふたりで、そしてレニーのままでいさせてくれたのはフリジットの言葉だった。
「だから、ありがとう」
改めて、言う。
「ど、どういたしまして……?」
フリジットは恥ずかしそうにうつむいて、顔を真っ赤にした。
「でもねレニーくん。もし答えを決めるときは、ちゃんとレニーくんの、自分のためを想って決めてね。君って、死んでも他人のことを考えるから」
わかってるとも、わかった、とも返せなかった。頭の中では自分を優先している。自分の気持ちを、優先しているつもりのはずだ。けれど結果が、自分の価値など考えていないと告げているようなものだったから。だから、フリジットの言葉にあまり素直に頷けない。「自分には何も無い」、その根底の考えはあまり変えられていないと思うから。
「レニーくんの、我儘。私凄く楽しみにしてるから」
変な言い回しだ、とレニーは吹き出してしまった。楽しみにする我儘なんてあるものか。我儘っていうのは大抵面倒なものなのだから。
でも。
それでも、フリジットは楽しみにしてくれていて、ルミナもそうで、レニーを受け入れてくれるのだろう。
「――考えとくよ」
おそらく、また同じような話をして、進んだり進まなかったりするのだろう。人間簡単には変われない。フリジットも、ルミナも素直に好意を伝えてくれるようになったが、レニー自身がどうすればいいかわからないからだ。
フリジットが告白したときのことを安心といったように変わらないほうが、フリジットにとってもルミナにとってもまだ安心できる時期なのかもしれない。
何度も思い返して、何度も考えよう。答えを出せなくても。
レニーはエールを一気に飲み干す。
「よし」
そしてジョッキをテーブルにドンと置いた。
「とりあえず明日のクラーケン退治だ。軽くぶっ飛ばして、海鮮を堪能しようか」
レニーがそう言うと、フリジットは右腕を上げて、左手で盛り上がった筋肉を叩いた。
「ふふん、任せなさい」




