冒険者とトーク
ロッカーの並べられた更衣室で、フリジットとネモヒラは着替えを行っていた。
「今日だけでだいぶ装備に慣れましたね。ルミナさんも慣れるまではもう少しかかったんですけど」
「まぁ、色々あったので」
ネモヒラがダイバーを脱いでいく。フリジットの脱衣は手伝ってくれる、とのことだったので、待つ。
「レニーさんの魔弾も凄かったけれど、フリジットさんの防御も凄かったです」
軽く訓練した後、レニーの長距離射撃をフリジットが防御した。フリジット自身が、レニーの成長度合いを知りたかったからだ。レニーの攻撃は正確で、威力も予想以上であった。
フリジットはネモヒラに微笑む。
「ありがとうございます」
防御しきったが、やはり間近で冒険者の成長を感じられるのはとても嬉しいことだ。想定外の威力であったからか、レニーがフリジットのことを何度も心配してきたが、フリジットにとっては感動の方が強かった。防御に特化した冒険者で本当に良かったと思う。
真正面から受けられるのも、また喜びだ。
「フリジットさんも強い冒険者だったんですよね。どうして受付嬢メインに?」
「……サファイア級パーティーになって。みんないろいろやりたいことができたっていうか」
冒険者として世界を見ていくうちにパーティーメンバーのやりたいことが変わっていった。否、決まっていったという方が正しいだろう。
「ギルマスはパーティーのリーダーだったんですけど、ギルドの体制に疑問に思ってて、もっと冒険者にも良いギルドを作りたいって。私は受付嬢に憧れてたし、他のメンバーも……いろいろです」
回復魔法や薬学などに長けていたヒーラー役のモートンは医者になった。冒険者としてはもう活動していない。
魔導士としては頂点にいると言って良いドレマは冒険者を続けている。可愛い弟子もできたと言っていた。天変地異が動いているようなものだからひとりでも全く問題ないだろう。
冒険者を嫌いになったわけでもパーティーに軋轢ができたわけでもない。ただ、個々人でやろうと思えることを見つけて、落ち着けたというのが一番しっくり来る表現であろうか。
「ある程度強くなったり、能力に終わりが見えたりしたら落ち着くもんなんですかねぇ。うちの旦那さんも今ではまーるくなりましたし。あ、脱がしますので両手広げてもらえると」
軽く体を拭いてインナーを着用したネモヒラがフリジットのダイバーを脱がし始める。
そこらのイスに道具は置かれていった。
「え、旦那さんいるんですか。ネモヒラさん若そうですけど」
「童顔ですからちょっと若く見られちゃいますし、相手も十歳は上ですからまぁ」
年の差は、冒険者でもあることなのであまり驚きはしなかった。貴族ではもっと珍しくはない。
「同じ軍の方なんです?」
「はい、デュロモイ長官です」
「でゅえ!?」
上半身裸のまま、フリジットは両手をあげて驚いた。そんなフリジットの姿を見て、ネモヒラは笑う。
「いやぁ、皆驚いてくれるんで楽しいですよ」
ニコニコするネモヒラ。ダイバーの装備を外しきったため、乾いた布で自分の体を拭き、私服を着ることにした。ネモヒラも自身の服を着始める。
「結婚、いいですねぇ」
「フリジットさんはいるんですか? そういう人」
「したい人はいますけど、断られちゃいました」
ネモヒラの目が丸くなる。
「え、フリジットさんをフる人なんているんですか?」
「レニーくんです」
「あの人ですか」
「私以外にも凄い美人に告白されたんですよ? でもソロ冒険者だから〜って」
「仕事人って方なんですね。確かに恋愛に興味なさそう」
ネモヒラが苦笑いする。
「でもうちの旦那も仕事人でしたけど、こうやって結婚してますし、チャンスありますよ」
拳を握りしめながら、ネモヒラが励ましてくれる。
「ちなみにどうやってオトしたんですかー?」
フリジットが気になって聞いてみると、ネモヒラは固まった。
「あ、えっと」
目を逸らされる。
「告白されてから好意に気づいたので、よくわからなくて。すいません役に立たなくて」
「告白ですかぁ、どんな告白だったんです」
「それはですねぇ……」
ふたりは髪を乾かしながら、そんな話で盛り上がった。
○●○●
デュロモイとレニーは並んでフリジットたちの着替えを待っていた。
レニーは長距離攻撃の記憶を思い返す。活き活きしたフリジットが「防ぎたい」と主張したので防いでもらった。魔法の威力的に心配になったのだが無傷でピンピンしていた。フリジットには一生敵わないと思う。
「時間がかかるな」
隣でデュロモイがぼやく。
「髪のケアとかしてるんでしょう。あと肌か」
カエルのような目がギョロりと動く。
「詳しそうだな」
「まぁ、仕事柄使うときもあるので」
「……使う?」
首を傾けるデュロモイ。
「女装とか」
「ふむ。貴殿のような中性的な顔立ちであれば、賊を狩るのに有効的というわけだ」
「まぁ」
数秒沈黙する。
「ちなみに女性が喜ぶ香水などはわかるかね?」
「いえ、女性の好みによるかと。プレゼントでも考えているんですか」
「妻に何かしらプレゼントをするときいつも迷ってしまってな」
「奥様ですか」
「あぁ、ネモヒラの好みがよくわからなくてな。だいたい嬉しそうにするものだから、どうにもね」
「そういうのはフリジットに聞いたほうが――」
そこまで言ったレニーはしばらく思考停止し、思わずデュロモイを二度見した。今までで一番むずかしい顔で唸るデュロモイの姿がそこにはあった。




