冒険者と一太刀
メリースは恨めしそうに睨みつけてくる。そんなことなど気にせず、レニーは視線を巡らせた。腰の魔書に、だ。確か、片方が速度重視で、もう片方が火力重視。記憶が正しいか確認を取ったが、毎回、レニーに対する攻撃にはタイムラグがあった。十分な火力で攻撃をしようと思って火力重視の方を攻撃に当てていたのであれば、納得がいく。
「さっきの物言いだと、防御面でもそっちの魔書の方が強力なものが張れるだろ」
「そうよ」
「完全な防御や攻撃をしなくとも、ノアの助けになればいいし、時間が稼げればいいのなら、速度が出たほうが良い」
メリースはその言葉に、口をぽかんと開ける。
「なんかもっと強くなろうとか、完璧でいようとか思ってるのか知らないけどさ。結局キミらってペアなわけだし、多少威力が出なくても大抵の敵は倒しきれるでしょ?」
「ま、まぁ」
「例えばノアの身が危ないほどの攻撃が来たとしよう。ならノアが防げるレベルまで攻撃の威力を減衰できれば十分だし、攻撃直前なら目眩ましができれば十分な仕事ができる。逆にメリースの身が危なくなったときは確実に防御できたほうがノアも心配しなくても済むわけでしょ。ノアだってメリースに怪我してほしくないわけだし」
ノアの戦闘スタイルがよくわからないが、今まで前衛として戦い続けられていたのなら、自分で防ぐこともできるだろう。もしくは攻撃範囲から離脱もできるはずだ。
「魔書を浮かせて攻撃するっていうのがどのくらい難易度高いのかもわからないけど、負担が少ないほうを飛ばしたほうが咄嗟に動かせるし。ノアの動きに間に合わせるのも楽だろ」
メリースは目を泳がせるように動かして、思考を巡らせているようだった。
「……そうね」
「まぁ、今そのやり方に切り替えられたら、オレついていける自信ないんだけど」
「弱気ね」
「オレにはキミほど魔法の理解があるわけでないし、キミほど実力があるわけではない。今までどうにかできてたけど、冷や汗止まらなかったしね」
「――ついてきなさいよ」
メリースは笑みを浮かべながら魔書を展開する。
「アンタはアタシが認めた冒険者なんだから」
真剣な眼差しで、言われる。レニーはため息を吐いて、クロウ・マグナに手をかける。
「ならず者には荷が重すぎるね」
○●○●
剣が、全く届かない。
「ちっ」
今まで積み上げてきたものが、まるで通じないかのようだった。
「ほらほら、どうした?」
数多の斬撃をまるでそよ風のように躱しながら、ミヤモトが言ってくる。まずい、完全に相手のペースだ。
ノアは焦りを引っ込めて、距離を取った。深呼吸をし、剣を正面に構える。
「へぇやるじゃねえか。剣士としては超一流だな」
「凉しい顔してよく言う……!」
「いやいや。今まで戦った中で一番強いぜ? 自信持っていい」
今その自信が砕かれそうになっているんだけど、とは言わないでおく。
どうすれば攻撃が当たる? 相手は剣さえ抜いてない。己が認められていない気がして、焦りが出てくる。
ノアはじっと相手を観察する。全く緊張のない、リラックスした状態の相手。腕を組んで、重心を右に傾けていて、こちらをじっと見ている。殺気もなければ、闘気も感じられない。
「なら」
ノアは剣を下ろし、相手に歩み寄った。相手と同じようにリラックスし、反撃や先制攻撃を考えず、ゆっくりと自分の間合いに相手を入れ、見つめ合う。
「へぇ?」
ミヤモトは興味深そうに視線を送るだけで、ノアに攻撃を仕掛けるつもりはなさそうだ。様子見をされているのならその状況を活かして暴れるだけだ。
「すぅ」
剣を振るった。半身になって避けたミヤモトに、今度は魔力で強化した速度で、追いついた。
「お」
す、と。
腰の鞘から剣が抜き放たれた。それでノアの一撃が防がれ――ない。
「まだだ!」
刃に魔力を通し、さらに強化する。それで剣ごと折るつもりで押し込もうとした。
「へっ、いいじゃねえか」
ミヤモトは笑みを浮かべ、刃が出ている剣に向けて鞘を素早く入れていく。それで、ノアの刃を鍔と鞘口で挟み込んだ。ミヤモトの筋肉が盛り上がり、ノアの一撃を止める。
「オラァ!」
蹴りが飛んできた。ノアは剣を引き抜き、再び距離を取る。
――が。
「――燕返し」
ミヤモトの鞘から引き抜かれた剣が、ノアを襲ってきた。回避が間に合わず、剣で防ごうとする。
振り下ろされた一撃は、ノアをすり抜けた。
「なっ」
否、斬られると思っただけで、一撃放ってきたと思わされただけで振るってない。呆気に取られる暇もなく、相手の横薙ぎが来る。
「ぐぅう!」
剣を無理やり振り下ろし、横薙ぎを防ぐ。すると口笛が響いた。
「防がれた。こりゃ驚きだ。てっきり俺以外防げないかと」
「舐めるなぁ!」
力を込める。ミヤモトの剣は薄く細い。サーベルのように見え、斬ることに特化した形状のそれは、重さを兼ね備えたノアの両刃剣をまともに受けきれるものではない。
このままへし折る。
「ふっ。面白え!」
火花が散り、ミヤモトの剣を折った。しかし、ノアはすぐに後退した。半ばで折れた剣で斬りかかろうとするミヤモトの姿があったからだ。上段に構えており、ノアの首筋を狙ったそれは、ノアの意図を読んで剣を「折らせた」と確信するには十分だった。折れた剣でも刃はある。
「……二刀流じゃないのか?」
「何でもいけるさ。何刀流でも」
「化け物かな」
剣を構え直す。
「なぁ、俺の剣技教わる気はねえか?」
「弟子になれと」
「そこまでは言わねえ。どのくらいここにいられる?」
「……三日、かな」
ミヤモトは折れた剣を放り投げた。そして、腰の剣に手を当てる。
「三日か。十分だ。そんで気が向いたときに、もう一度挑んでこい。何年後でもいい。もし勝てたら襲名ミヤモト、ってやつだ」
「ものすごく名誉なことなのはわかるけど、もう勝った気でいるのかい?」
「まぁ、次の一太刀で終わりにするからな」
ごくり、と唾を呑み込む。獣を狩るような目つきが、ノアを射抜いた。
「上等だ」
全魔力を身体強化に回す。右足を後ろにし、半身になると、剣を上から下へ斜めに構える。
「目には自信があるんだ、捕らえてやるさ」
相手の武器は大したものじゃない。折ったときの感触でわかった。折れていない剣も同様の質だろう。明らかに差異がない。対してこちらの武器は一級品。武器の質では圧倒的に勝っている。
相手の技量の方が上かもしれないが、ノア自身、魔力の総量は多い。普段は遠距離攻撃のための魔法に使用する魔力も全て身体強化に使用した。
どんな相手でも動きが見切れるし、対応できる。
「ふっ、そうしたら教えるもんは何もねえな。てめえの勝ちでいい」
それじゃ行くぞ、と。
ミヤモトは一歩踏み出した。
――――たったそれだけで、終わった。
 




