冒険者と城へ
用意された白湯に手をつける。程よく温かく、落ち着かせてくれた。
「村を出ていけ。ここのことは忘れろ」
ヴィルは大きくため息を吐き、向かい側に座る。ヴィルの家の中だ。眉間に皺をよせ、両手を組む。
「……どうして」
「グルーマの強さを見ればわかるだろう。勝てるか?」
瞬きのようにグルーマとの戦闘が思い起こされる。
レニーより早い魔弾。あれはおそらくお遊びだ。数ある魔法の中で、最もレニーの動揺を誘えたから、それを見せつけてきただけなのだろう。ロールは魔道士か、それに近いだろう。
部下を監視できるマジックアイテムか、魔法。それを使いこなす技術。空中を移動する魔法に、即座に発火させられる魔法。
魔法使いとして間違いなく上位だ。あの様子だと戦い慣れもしている。
「沈黙が答えだな」
テーブルを手で叩く。
「魔法使いの戦い方は多彩だ。特にグルーマは」
「良く知ってるね。昔は冒険者だったとか」
「……まぁな」
怒りを滲ませながら、ヴィルは頷いた。
「立ち入ったことを聞いてもいいかい」
「なんだ」
「息子さんは?」
黙り込む。
「答えたくないなら、それでいい。別にオレの結論は変わらない」
白湯を飲み干す。そっとテーブルに置いて、真っ直ぐヴィルを見つめる。
「死ににいくようなもんだぞ」
「いつだって同じだ」
にべもなく答える。
「違う。明らかなリスクがある。グルーマは凶悪なことは十二分にわかったはずだ。トパーズ冒険者でも歯が立たない」
「それは体験談?」
「……あぁ」
両手を広げて、それから観念したように言う。
「息子の、だ」
レニーは前のめりになる。
「二年前だ。グルーマはここにやってきて、そこに住み着いてた賊共の頂点に立った。今じゃ女王気取りだ」
「……お似合いだ」
「立ち向かうべきだとは思った。けどな、おりゃ反抗するには年老いすぎたんだ。無理だった。下っ端の弱いやつは追い出せても、腕っぷしに自信のあるやつは通用しねえ」
拳を握りしめて、それを震わせる。ギラギラした瞳が、レニーに向けられた。
「息子が帰省して、倒すと言ってくれた。自慢だったよ、おれなんかよりずっと才能があって、パーティーも全員トパーズで……」
濡れた瞳に、レニーが映る。
「次の日、首が並べられてた」
一音一音、絞り出すようにヴィルが言った。
「絶望に染まった顔を、よく覚えている。満足げな、あの女の顔も」
塞ぎ込むように俯く。
「敵の根城に突っ込むというのはそういうことだ。ましてや、ソロなら確実に待っているのは死だ」
「……確かに」
「ならなぜ突っ込もうとする!?」
テーブルを叩いて叫ぶ。
レニーは静かに立ち上がる。床に置いたマジックサックとミラージュを背負い、ホルスターにクロウ・マグナを突っ込む。
「あー……うん。ちょいと前。依頼で行った国で覚えた言葉があるんだ」
「……なんだ」
背中を向けて、扉に手をかける。そして一度振り返る。
「一宿一飯の恩義」
○●○●
城門の前に立つ。
ミラージュを担ぎ、大股で近寄る。城門の柵が挙げられ、地獄の口が開けた。
数十人の武装した賊どもがレニーを迎える。
「さて、と」
レニーは焦ることもなく、群れへ近寄っていく。
「スキルを失くした分、取り戻さないと」
鼻歌を奏でながらミラージュを振るう。
レニーは別に、正義感に溢れているわけでもない。無謀なわけでも、勇者なわけでもない。
「ルビーになると強化痛が恋しくなるもんだ」
冒険者は死線を好む。
――ただそれだけだ。
○●○●
城の玉座に、グルーマは座っていた。
「あら、意外と早く来たのね。操り人間、手強かったでしょうに」
「随分といろんな魔法が使えるみたいだね。人を操る魔法か。賊ども全員、同じ攻撃パターンだった。統率が取れていて強いのかもしれないね。でも、予想外ってもんがない。素人より楽だったよ」
レニーは疲れたとばかりにミラージュを近くに放る。その様子をグルーマは訝しげに見た。
「どうしたの、メインウェポンを捨てちゃって」
「面倒になった。城中罠だらけで、賊共の相手もした。最後のボス戦……がこの上なくだるい。だから早撃ちで勝負しようかなって」
ホルスターに納められたクロウ・マグナを二回叩き、持ち手に手のひらを押し付ける。
「オレと一曲に踊りませんか、お姫様?」
レニーは意地の悪い笑みをたっぷり含ませて言った。




