冒険者とクイックドロウ
レニーは自信に満ち溢れた表情のグルーマを観察する。
無防備だ。通常の魔法で反撃することは不可能だろう。何かを仕掛ける素振りもなかった。
「……じゃ、お言葉に甘えて」
突きの構えを取る。グルーマは胸を貫けと言わんばかりに両手を広げているだけだ。
「すぅ」
ひと呼吸起き、地面を踏みしめる。
そして、突きを繰り出した。
「アハっ!」
グルーマが腰に右手を回すのが見えた。腰の影から指で扱える程度の小型の杖が出てくる。そこから魔弾を撃つとレニーの突きを弾いた。
手に伝わる衝撃から魔弾が油断ならない威力であることを教えてくれる。
短杖の先がレニーに向けられ、素早く後ろに退く。
早撃ち──しかもレニーより、早い。長杖ばかりに気を取られて、武器を隠しているという可能性を見落としていた。否、隠していたとしてもナイフなどの、どうにでも対処できるものだと考えていた。レニーと同じような短杖というのは、完全に、思考から欠落していた。
魔弾が撃たれる。
焦りながらもレニーは剣を振り下ろし、魔弾を弾きにかかる。
──が、魔弾は剣に食らいついて動かなくなった。
「フフフ……」
邪悪な笑みを浮かべながら左手で長杖を突き出す。黒い魔弾が形成され、レニーに向けられる。
レニー自身、ひどく見覚えのある光景だ。
「ムーン、レイズ」
レニーも使っている上位の魔法の名が告げられた。魔弾が撃ち込まれ、拘束してくる魔弾と衝突する。
「まずっ!」
黒い嵐が巻き起こった。
「……アハハ! ここふっ飛ばすまでもないわ! ザコ狩りなんて、ねぇ?」
渦巻く黒を見ながら、グルーマは嗤う。
「──ま、否定はしないよ」
ムーンレイズの破壊の渦が収まる。
黒い嵐が晴れた先に、レニーが立っていた。五体満足のレニーを見て、グルーマは不愉快そうに睨む。
「どうやって抜けたの?」
「二発目の魔弾のときにシャドーステップと分身を出すスキルでデコイにした」
つまり、拘束されたのはレニーの分身だ。魔弾を連発されたときの壁にしようと思っていたのだが、運が良かった。
グルーマは楽しげに舌なめずりをする。ヘビのようだった。
「ねえ、こっちにつかない? なーんかこのまま殺しちゃうのも勿体ない気がするし」
「お断りだね」
レニーの答えなぞ決まりきっていた。
「そう、じゃあ」
グルーマが杖を構える。
「レニー!」
そこへヴィルの声が割り込んでくる。思わず、レニーもグルーマもそちらを向いた。ヴィルが両手に抱えた武器を投げる。
クロウ・マグナとミラージュだった。
レニーは受け取りに駆け出し、グルーマは魔弾を撃つ。魔弾をシャドーハンズで防ぎ、クロウ・マグナを空中で掴んだ。身を回転させながらミラージュを取り、クロウ・マグナをグルーマに向けて撃つ。
魔弾が衝突し合う。レニーのクロウ・マグナから放たれる魔弾と、グルーマの短杖から放たれる魔弾は同程度の威力らしく相殺を繰り返した。
魔弾が火花のように弾け続ける。
グルーマのほうが魔弾を撃つ速度が早い。クロウ・マグナだけでは、グルーマの連射速度に間に合わない。
レニーはミラージュを前に構えて、魔弾を撃った。
それで速度を補い、撃ち合いを継続する。手数で速度を補えたが、ミラージュは魔弾を撃つ専門の武器ではない。二杖流状態にしても、事態が好転するほどにはならなかった。気を抜けば、相手の魔弾に蜂の巣される。
「アハっ、これならどうかしら!」
グルーマは長杖に岩のような大きなの魔力弾を形成する。
「砲弾魔法、アンタは使えないでしょ!」
投げるように長杖を振るうと、砲弾魔法が飛んでくる。着弾すれば爆発する危険な魔法だ。
「カースマグナム」
砲弾魔法で魔弾の雨が緩んだ隙に、砲弾魔法に向けてカースマグナムをクロウ・マグナとミラージュ両方から撃ち、空中で爆破させる。
レニーとグルーマの間に爆発が起こり、爆風が風を撫でる。
爆風が収まり、煙が晴れた先で、グルーマは長杖一本だけを構えて立っていた。
「――面白い」
まるで遊び終えた子どものようにグルーマが言う。レニーは武器を構えたまま、警戒を解かずにいた。
「ワタシ、西にある古城にいるの」
「……それが?」
「待ってるからいらっしゃい。殺してあげる」
「逃げる気かい」
意外そうな顔をするグルーマ。
「あら、ここでドンパチやって、巻き込まれる人が出てきてもいいのかしら。アンタ、優しい人みたいだけど」
「――優しくはない」
ヴィルを見ながら、構えを解く。
「片方剣だけど、ワタシと同じで二杖流だし、こんなとこで終わらせるのは面白くないっていうか」
「行くとでも」
「あら。来るでしょ」
レニーが来るのを信じて疑わない言葉だった。
行かなければここの安全は保証しないということなのだろう。逆らえばどうなるか、グルーマとその部下たちが散々見せつけてきた。
グルーマの機嫌を損ねれば、死だ。
レニーが直接城に迎えば、ひとまず危機が去る。
「なんでそれだけの力があって、賊になったんだい」
「簡単でしょ、力を見せつけるのが楽しいからよ」
嗜虐的な表情を浮かべるグルーマ。
「凡庸だね」
「人間の欲望なんてシンプルなものよ、誰かの上に立ちたい。不幸な姿を見たい。己を崇めてほしい。素直なだけマシだと思うけど」
「同情の余地がなくて助かるよ」
シンプルに敵だ、と認識できるのであれば、倒すだけだ。
グルーマは長杖に座り込み、手を振ってくる。
「じゃ、待ってるから。王子サマ」
「……はは、冗談」
レニーはグルーマが去っていくのを黙って見送った。




