冒険者とグルーマ
全員縛り上げた。縄は近くの住民から借りた。
「く、くそっ! 解きやがれ」
転がった武器を拾ってその質を確かめながら、レニーは頷く。大していいものではない。ごろつき程度の認識でいいだろう。男どもから離れた場所に放ってまとめる。
「早くしねえと、グルーマ様が来ちまう!」
青ざめた男どもが必死に叫ぶ。
「グルーマ様?」
レニーは首をかしげる。頭の名前であるのは間違いないだろう。周りを見渡しても姿が見えないし、「来る」ということはどこかでここを見ているのだろうか。
男どもを確認する。
事態が収束したところを見てか、夫婦とヴィルが戻って来た。
「ありがとうございます」
「いえ、気になさらず」
夫婦はある程度の野菜を抱えて帰っていく。置きっぱなしのものもあるが、それには目もくれなかった。
ヴィルは無言で男どもの縄をほどいて解放する。
「……いいの?」
「やりすぎなけりゃ、いい。助かったよ、レニー。おれだけじゃもうどうしようもできんからな」
悔しげに呟くヴィル。
「持ってくもん持ってさっさと帰れ! じゃあねえとただじゃおかねえぞ」
腕を組んで、ヴィルが怒鳴ると、男どもは慌てて野菜を抱えて帰ろうとする。
「あ、ちょっと待て」
レニーが呼び止めると、男どもの肩が跳ね上がった。
「……これか」
レニーがひとりの男の首に手をかける。珍しく首飾りをしていた。男から首飾りを奪う。
黒い石のはめ込まれた、首飾り。
石を覗き込む。
「か、返せ!」
男が慌てて首飾りをレニーからぶんどり、首にかけ直す。
「それを通してグルーマ様とやらが見ているってわけかな?」
全員無言のまま目をそらす。
「せいかーい」
――上から、声がした。
高い、這いずるような声。上に目を向けると、派手なローブを身に着けた女性が立っていた。露出が多く、首飾りや腕輪、イヤリングなどで自分を飾っている。
木製の長杖の先に紫色の石がはめ込まれている。その杖に座って、宙に浮いていた。
ゆっくりとレニーの前に降りてくる女性。悲鳴をあげる男ども。そして、ヴィルは強く拳を握りしめた。
グルーマはゆっくりと地上に降りてきて、レニーの目の前に立つ。そしてニッコリと笑顔を向けてきた。
「はじめまして、グルーマよ」
手を差し出される。ほっそりとした指に尖った紫色の爪。指輪もいくつかつけている。求められた握手に、レニーは首を振った。
「レニーだ。悪いけど、レディの手を汚すわけにもいかないのでね」
両手を挙げて、レニーは名乗る。
グルーマは、微笑む。
「あら、そういう甘い言葉で拒否されたのは初めて。うふ」
グルーマはレニーの近くにいた首飾りをした男の腕を掴んだ。
一瞬で燃えた。
「うがっあぁああ!」
男がもがき暴れるが、火に抵抗なぞできるはずもなく。
「オレも、そこまで情熱的な握手を求められたのは初めてだ」
レニーは男に手をかざし、そちらに魔力を集中させた。ただの、魔力放出だ。それで風を起こし、火を吹き消す。さらにシャドーハンズを発動させて火を叩き、消していく。衣類が激しく燃えていたようで男の方は火傷があるものの、重症ではなさそうだった。
「助けちゃうんだ」
人差し指を口に当てながらグルーマが言う。
「死んでもいいけど、ま、一応ね」
武器をまとめて置いた場所へ行く。一番上に乗っていた剣を蹴り上げて、握る。なまくらだが、ないよりはマシだ。
「で、キミが親玉でいいのかな」
剣を向けつつ、聞く。
「えぇ。そうね、ここらを支配させてもらってる、わ。おにいさんはどうやらここの人じゃないみたいだけど」
殺意を滲ませながらグルーマが見上げてくる。
「ぐ、グルーマ様、勘弁してくれ、その子はよそ者なんだ、ここのことを知らねえ」
ヴィルが割り込むように言うと、グルーマは睥睨した。
「口出ししないでくれる、おじいちゃん」
底冷えする声にヴィルが青ざめ、体を震わせる。
「ヴィルさん、気にしなくて良い。家に戻って平気だ」
「け、けど」
「慣れてるから平気さ」
レニーが静かに笑うと、ヴィルは拳を強く握りしめながら家に帰っていった。
「アンタたちも戻りなさい。次ヘマしたら、ボンっ、だから」
手を叩いて楽しそうに言うグルーマ。男たちは悲鳴をあげながら村を出ていった。
「それにしてもどこかで聞いたことある名前ね。レニー、レニー……」
あ、と両手を合わせて嬉しそうにする。
「レニー・ユーアーン、賊狩りだ」
レニーの二つ名を囁くように言った。
賊を相手にしすぎて、ギルドから流布された二つ名だ。
「うーん、ここで殺っちゃうのは勿体ないなぁ」
「できるのかい?」
「できるわよ。だって――」
両手を広げる。
「ここらへん、全部ぶっとばしちゃえば一緒だもん」
「オレが首を斬るほうが早いだろ」
脅しにレニーはすっぱりと返す。すると、グルーマの表情が曇った。
「あら、剣技に自信あるのかしら」
「キミよりは数倍マシという確信はある」
武器と武装を考えても魔法をメインで扱うロールであることは明白だ。魔法使いでもメイガスでも、レニーにとっては同じだ。
魔法を使われるなら魔法を潰して倒せば良い。相手に有利な立場を取らせるつもりは、毛頭ない。
「確かに、ワタシは剣は全然まーったくできないわ。この距離なら、アンタの方が有利、かもね」
顎に指をあてながら、グルーマはレニーの言葉を肯定する。
「ところでアンタ、早撃ちが得意だったわよね」
確認するように、グルーマが聞いてくる。賊狩りの異名を把握しているということは、噂で知っていたのだろう。
「……そうだけど」
質問の意図がわからないまま、答えるとグルーマはクスリと嗤う。
「まぁ? そのなまくらでワタシの首を斬れるっていうんなら――」
グルーマは何かを確信したように余裕の表情を見せる。そして肩をあげてから、斬ってみろとばかりに両手を広げた。
「――やってごらんなさいな」




