冒険者と口約束
温泉から上がり、風呂屋のエントランスでミルクコーヒーを買う。ビンを傾けて、一口飲む。
「うま」
乾いていた喉が、脳が喜んでいる感覚があった。甘いミルクとコーヒーの香りがたまらない。もう、少しずつなどと考えていられなかった。本能のまま呷る。ゴクゴクと喉を慣らし、欲を満たす。
「ぷはっ」
ビンは返却しなければならないので、返却のためのカゴに入れる。
温泉を上がった後の感覚も、通常の温泉とは全く違う気がした。なんというか、温まらないところまで温まりきって、皮膚が熱を帯びているような感覚だった。
今ならどんな寒い地域に行っても平気な気がする。実際に行きたいとは思わないが。ある意味、万能感に近い感覚なのかもしれない。
これはクセになる。
熱のこもった息を吐きながら、レニーはすっかり気に入っていた。
「また来よう」
○●○●
以前よりも期間が長いこともあってか、ゴタゴタがなかったこともあってか、かなりディバングを満喫することができた。
グルメを食べ歩いたり、美容品を少し買ってみたりと、適当にあちこちをまわってみた。ひとりであったので、何も気にせず好きに行き来して、温泉に入って体をほぐす。その繰り返しになった。
その中でもやはり、フロッシュから勧められた熱い温泉に入ってミルクコーヒーを飲むという流れが至福であったために知ってからは毎日通った。
来る前と比べて、かなり体が軽くなったように感じる。
そんなこんなで、あっという間に五日間が終わった。
「やぁ、待たせたかな」
「そうでもない」
カンナギのエントランスでエレノーラと合流する。
「どうだった?」
「温泉のサンプルをもらったし、色々興味深いものも買えた。大収穫だ」
「良かった。オレも楽しめたよ」
受付に並び、鍵を返却すると、預けていた武器が帰ってきた。武器の重みを感じ、安堵する。
そのうちまた来よう。
レニーはそう思いつつ、エレノーラと共にディバングを後にした。
○●○●
ロゼアの酒場で、シーフードパスタを食べる。ディバングでの生活は悪くなかったが、やはり息抜き、休養としてなのだろう。冒険者として生活しているほうが落ち着きが良い。
「レニー」
名前を呼ばれて目を向ける。ルミナがこちらを見ていた。
「やぁルミナ」
「座って、良い?」
「もちろん」
ルミナが正面に座り、ステーキを頼む。程なくしてビッグサイズのステーキがテーブルに置かれた。
「ディバング、行ってきた。って聞いた」
「依頼でね」
レニーが淡々と答えると、ルミナは急に立ち上がり、レニーに歩み寄ってきた。そして耳元でこっそり囁く。
「また今度。おふろ。一緒に、入ろ?」
驚いてルミナを見ると、ルミナは耳まで真っ赤にして目をそらした。
「え、えと……いいの」
「フリジットも、誘う。うん。じゃないと恥ずかしい、から」
「それは、うん」
「……今度はもっとちゃんと、見て、くれる?」
そう言われて、レニーはルミナのミズギ姿を思い出す。途端に顔が熱くなってきて、まともにルミナを見られなくなる。
「み、見て良いの……なら」
「……がんばる、ね?」
ルミナはぎこちなく、照れ隠しのように笑って、それからいつも通り座ってステーキを食べ始める。
レニーはしばらく呆けたあと、やっと食事を再開した。
ディバングで遭遇したメリースとノアを思い出しながら、人のことは言えないな、とレニーは内心思う。
熱に浮かされぬよう、気をつけなければ。




