冒険者とぬくぬくビーバー
レニーとフロッシュは湯気の出る川のそばを歩く。草木の生い茂る中で、川のほうには生物の気配が感じられなかった。
「ディバングの温泉は地中から湧き出るものを使っていてな、源泉と呼ばれるところから施設に流している。源泉は高熱で、とてもそのまま入れるものではない。今流れているこの湯も、一瞬でやけどをするレベルのものだ」
湿気と熱気を感じながらもレニーは説明を聞く。その格好は普段のものではなくミズギであった。ハーフパンツタイプのもので、黒を基調に紫のグラデーションがかかっている。それに前開きのあるアウターを羽織っていた。それにサンダルを履いている。
腰にベルトを巻き、クロウ・マグナだけを下げている。ミラージュは置いてきた。
「見世物用に連れてこられたぬくぬくビーバー四匹の捕獲だ。このケースに入れる」
フロッシュが背中に背負った長方形の木箱を指さす。紐で四つまとめられたそれは簡易的な檻のようだった。底には草が敷き詰められている。
「ところで着いてきて良かったのか? 依頼を手伝ってもらえることはありがたいが」
「ま、五日もやること思いつかないし、とりあえず。報酬が減って残念だったりするかい」
「いいや。人手が多いほうがいい」
人が容易にやけどしてしまうような湯の中で生活している動物を捕まえるのだ。素人にはかなり難しいだろう。フロッシュがどのように捕獲するつもりなのかはわからないが、レニーも何かしらやれるだろう。最悪、魔弾で追い立てればいい。
「ついたぞ」
川の先に温泉が止水している場所があった。湖のように広い空間で、湯の中に柵のようなものができている場所がある。枝や草、石を積み重ねてできたそれは川の流れを分断し、その空間を作り出していることが窺える。
溜まった温泉の中で太ったリスのような、何とも言えない愛らしい顔が浮かんでいる。
「あれだ……くぁわいいな」
口調が溶けるフロッシュ。しかしレニーもそれだけ言葉が砕けてしまう理由がわかってしまうほど、可愛らしい印象の顔だった。とても高温の中で生活しているとは思えないほど気持ちよさそうに目を細めている。ぽわぽわと温泉に揺られており、あくびをしたりしている。非常にのんびりした姿だ。
「ふふ、癒やされる姿だ」
「眺めているにはこの環境は暑すぎるけどね」
「もうすっかり汗でじっとりだ。見るか?」
「見ない」
なぜこんなにも恥じらいがないのか理解に苦しむ。
「ところでどうやって捕まえるんだ」
「ふふん、それはだな……」
フロッシュは木箱を地面に置く。そして両手を地につけ、姿勢を低くすると、矢のごとく飛び出した。
「え、あ、ちょっ!?」
フロッシュは高温の温泉の中に突っ込む。水しぶきを上げ、その勢いのまま泳ぎだし、そしてぬくぬくビーバーに突撃した。
「彼女のスキル構成どうなってるんだ……」
レニーは止水域に近づくと手をかざしてみる。熱気だけでも十分に熱いことが伝わってくる。
ぬくぬくビーバーは高速でやってきたフロッシュに驚いて泳ぎだした。さすが水中で生活する生物といったところか、フロッシュよりも早く泳ぎ、散らばりだす。
レニーはクロウ・マグナを引き抜き、狙いを定める。
「効くかな……!?」
魔力を流し、魔弾を撃つ。一匹のぬくぬくビーバーの体に当たった。
ピー、と細い鳴き声が響く。薄ピンク色の煙がぬくぬくビーバーを包む。
「ナイスショットだ!」
フロッシュが魔弾を食らったぬくぬくビーバーを捕まえに加速する。
「一応息とめてね!」
「了解っ!」
フロッシュが動きの鈍くなったぬくぬくビーバーを捕まえる。そして止水域から出て、木箱のところに戻ってきた。
「あぁ。愛らしい子だ」
後ろ足をぶらりとしているぬくぬくビーバーを抱き上げながら、フロッシュが頬ずりをする。そして木箱の中にぬくぬくビーバーを入れた。
ぬくぬくビーバーはあくびをして、木箱の中で眠りだす。動物を眠らせるための魔弾だ。エレノーラが試作でつくったカートリッジで、殺傷性はない。ある程度凶暴な動物には大して通じないため、軽い狩猟用に使用するものだった。
「熱くないのかい、キミ」
温泉を眺めながらレニーが問うとフロッシュはこともなげに答えた。
「熱いぞ。この装備に耐熱性があるのとフロッシュのスキルの中に『痛覚快感』がある」
「知らなすぎるスキルだ」
「痛みを快感に変える。さながら水浴びのような心地よさだ」
レニーは素直に狂ってると思ったが口には出さなかった。というか、いちいち口に出していると疲れるだけな気がした。
「この調子で、残りの三匹を捕まえよう」
フロッシュの言葉にレニーは頷いた。
それから同じような流れでレニーが魔弾で牽制しつつ、当てられる場面で睡眠誘導の魔弾を当て、怯んだり、眠気で動きが鈍くなったぬくぬくビーバーを捕まえていった。
依頼としてはかなり楽だった。フロッシュが直接捕まえに行けるというのが大きい。
「これでぬくぬくビーバーは全部だ。被害が大きくなる前で良かった」
木箱ですやすや寝ているぬくぬくビーバーを見下ろしながら、満足げにフロッシュが言う。
「あのダムはどうするんだ」
レニーはダムを指さしながら問う。
「ぬくぬくビーバーがいなくなればそのうち朽ちて崩壊したり、流されたりするだろう。まぁ、早めに手は打てたのであのままでも問題はない……」
フロッシュはそこで鼻を親指でこする。
「あれがあるかもしれないな……とぅっ!」
再び止水域に飛び込むフロッシュ。そのままダムのあるエリアに潜っていった。レニーは木箱の中にあるぬくぬくビーバーを覗き込む。子どものように穏やかな寝顔がそこにあった。
大きな可愛らしい鼻をつつきたくなる。
やがてバシャバシャと音を立てながらフロッシュが止水域から帰ってきた。
「これだ!」
フロッシュが掲げたそれは、卵であった。二つ持っている。
「殻を割って剥がしてみるといい」
「どうも」
ひとつ手渡され、拳で殻にヒビを入れ、殻を剥がしていってみる。中からぶよぶよした感触の、固まった白身が姿を現した。
「ぬくぬくビーバーが稀につくって食べるゆで卵だ。外から卵を取ってきてゆで卵にするんだ。天敵のいない環境を選ぶということは食料の安定は見込めないことになる。そんな中で、ぬくぬくビーバーが食料の選択肢を増やしたのだな」
「生存戦略ってやつか」
「ちなみに環境によっては黒いゆで卵が見られることもあるらしい」
「へー」
ちゃんとした知識もあるのだな、と思いつつ、頬張るフロッシュに続いて卵を食べてみる。
「うま」
なぜか塩味が効いていて、おいしかった。この温泉の水質の影響でも受けているのだろうか。
「さすがに貯蔵している全ては確認できない。ぬくぬくビーバーを保護団体に預けなければならないからな。長居して脱走されても困る」
「それもそうだ」
白身はぷりっとしていて柔らかく、黄身はしっかり固まっており、パサパサしていた。黄身には程よい甘さが感じられる。
互いにゆで卵を食べ終え、帰還することとなった。
帰り道。少しぬくぬくビーバーを触ってみたが、温かい体毛の触り心地がとても良かった。水かきがあったり、尻尾に体毛がなく平らであったりと、身体構造も面白いものがあった。




