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冒険者と風呂

 首をぐっと伸ばされる。


「あー、気持ち良い」

「それは何よりです」


 頭をほぐされながら、レニーは吐息を漏らす。

 マッサージ店であった。シルバルディという元暗殺者が経営している店なのだが、レニーをはじめ、フリジットなども世話になっている。


「最近疲れることでも?」

「まー、気疲れしたというか」


 程よい痛気持ちよさに、眠気が誘われる。


「冒険者って休みあるんですか」

「テキトーに決めて、テキトーに寝るね」

「それだけ聞くと凄い羨ましい気が」

「オレはたまたま等級高くなって、お金に困らなくはなったけど……気楽な仕事ではないよ。オレは気楽だけど」


 ソロで今までやってきて、ソロ冒険者として成功したからこそ自由気ままに依頼を受けてこなせるのだ。パーティー単位だとそうもいかない。トパーズ級パーティーであれば問題ないだろうが、パールの冒険者だとその日の食費すら怪しいときもある。


「成功者の言葉って感じ」

「シルバルディさんもそこそこ上手く行ってるんじゃないの」

「どこぞの冒険者が秘密にしてくれているおかげです」


 シルバルディが暗殺者であったことを知っているのはレニーだけなのだが、こうして施術を受けていると元暗殺者であったことすらもったいないと思えてしまう。


 耳の下あたりを押されながら肩をほぐされる。


「武器とか背負うからか、毎回肩や背中がちょっと固く感じるときがありますね」

「あんま実感ないね」

「日々の積み重ねに人は鈍感なんですよ」


 そんなものか、と気持ちよさに浸りながら思う。


「うーん気分をリフレッシュするためにもお風呂とかどうですか? 薬草入れるやつ」

「なんで」

「んーなんか貴族の間で流行ってるらしいですよ? マ……なんだっけなんとか風呂っていうの」

「手間そうだし面倒だ」


 風呂自体は入らないわけではないが、手間がかかる。しかも湯が冷めることこあり、気ままに楽しめるものとは言いづらい。


 体は濡らした布や水を必要としない類の洗髪液や石鹸などを使っている。


 美容店(ナデカとミイア)のような魔法やスキルを持っていればまた違うのだろうが、レニーはさほど熱心というわけではない。


「体を温めて血行が良くなればわりとスッキリしますよ」

「そういうものか」

「そういうものです。体起こして下さーい」


 ベッドから体を起こし、背中をポカポカ叩かれる。


「はいお終いです」

「どうも」


 立ち上がり、体を動かす。重みが取れたような感覚であった。


「落ち込んだときは思い切り仕事から離れるといいですよ。ま、それが難しいんですけど」

「キミはそう云うふうに休むの?」


 レニーの問いかけにシルバルディは首を振る。しかし腕を組んで得意げに言った。


「足、洗いましたんで」




  ○●○●




──たまには冒険者でなくなれ。


 以前、エルフの女王に言われた言葉だ。レニーはソロ冒険者だ。それでなくなれというのは難しい。依頼というものは仕事という区切りではなく、生活の一部であるからだ。


 それでも少しその言葉の通りになれるようにするに越したことはない。レニーもいずれは冒険者を引退するときが来るだろう。


 どちらかというと依頼の中で死にそうな気もするが、それはそれで怒られるので避けたい。


「──詐欺だな」

「詐欺なんだ」


 錬金術士であるエレノーラの店でレニーは唖然とした。


「風呂に薬草を入れる、というのは効果的だ。少なくとも何も入れないよりは良いだろう。しかし流行しているものは値段が釣り合わないな」

「金持ちの道楽でしかないってことか」

「吹聴されている劇的な効果が望めるのならもっと流行しているさ。信じることに意味があるのだろう」


 夢がないなとレニーは思った。エレノーラはカウンターに置いていたレニーの杖(クロウ・マグナ)をレニーに寄せる。その隣にはクロウ・マグナ用のカートリッジがあった。レニーでは撃てない効力のある魔弾が撃てるようになるカートリッジである。


「しかし風呂か……胡乱な入浴法に手を染めるくらいなら、人生で一度だけいい。温泉に入ってみたいものだ」

「行ったら?」

「バカ言え。君はポンポン旅へと出るが、私のようなか弱い女性には旅は危険なものなのだ。道楽で行けるか」

「護衛雇えば」

「私には旅の知恵もないんだぞ。護衛を雇うとしても複数人になるだろう? コミュニケーションも正直面倒だ。そんな手軽に護衛を頼める精神では……」


 言いかけて、エレノーラは黙った。


 目が合う。


 しばらく沈黙が続いた。エレノーラがメガネを指で押し上げ、難しい顔になる。顎に手を当て、しばらく考え込んでから口を開いた。


「君、受ける予定の依頼はあるか」

「ないけど」


 レニーが答えるとエレノーラはカウンターに肘を乗せ、神妙な面持ちで聞いてきた。


「……いくらする?」

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