冒険者と収まり
あくびをする。
「落ち着く……」
久々のロゼアの酒場で、レニーはくつろいでいた。酒場の喧騒が、耳に心地よい。
アイリスの依頼は無事達成。前払いの依頼だったために報酬は支払われていたが。オーナーからの追加報酬もあって、割の良い仕事ではあった。
ダイグももう付きまといはしないだろう。目をそらしていた事実に、気付いたのであれば。目を覚ますきっかけにはなれたはずだ。
恋は盲目。過ぎれば厄介なことをこの上ない。
「レニーくん。座ってもいい?」
フリジットが、トレーを持ってやってくる。
「どうぞ」
「えへへ。ありがとー」
ニコニコしながらトレーを置いてフリジットが座る。サンドイッチのようだった。
「ねぇ」
「なーに?」
「オレのこと好きになって、それで辛くない?」
デイリスやアイリスとのやり取りを思い返しながら、レニーは聞く。
フリジットは首をかしげた。
「どうして、そう思うの」
「いや、中途半端な関係だし。オレ、気持ちに答えられない可能性の方が高いし……」
ルミナもそうだ。好きとは言ってくれた。レニーは同じ「好き」を返せているわけではない。
報われてほしい、幸せであってほしいふたりではある。だから余計に、自分を好きになって、辛くないのだろうかと。
フリジットは腕を組んで考え込む。
「うーん。辛くない、っていうのは嘘になるかも」
その言葉を聞いて、レニーの胸中に罪悪感がわいてくる。
「でもさ、それ以上に凄く……うん、幸せ」
噛みしめるようにフリジットが呟いた。
「気持ちを伝えても嫌がられないし。ルミナさんとも仲良いままでいられるし。気持ちが真っ直ぐなままというか。飾らなくていいし、焦らなくてもいいから。だから一番気楽でいられるかも。レニーくんも気楽な方がいいでしょ?」
「……まぁ」
今はベストな関係だと感じられているのかもしれない。ただ、レニーの中ではダイグの姿と、涙を流しながら謝っていたデイリスの光景が脳裏にちらつく。
そのうち何か、気づかずに。見落として、狂ってしまうのかもしれない。
フリジットは目を丸くしながら、レニーの顔を覗き込んだ。
「…………不安に、なっちゃった?」
レニーの表情から何かを感じ取ったのか、フリジットが問いかける。複雑な胸中を言語化するのは難しかったが、端的に言ってしまうのであればそうだ。レニーは、素直に頷く。
「そっか」
優しい声音で呟かれる。
「幸せだよ」
ふわりとした笑顔で、フリジットは強調する。
「嘘じゃないの、レニーくんならわかるでしょ」
「そうだね」
「そうやって他人のことなのに心配してくれるところとか、本当に――」
フリジットは口元に手を当てて囁く。
「好きだよ」
喧騒の中に溶け込むように、ひっそりと好意を告げられる。
心の底から幸せそうに、温かな笑顔のままのフリジットに。レニーは釣られて笑みを浮かべる。
「そっか。なら良かった」
言いようのない、不思議な感覚がレニーの心にわく。少なくとも嫌な感覚ではない。むしろ温かった。
十年、とフリジットは言った。
その後も、ずっと、こうやって話ができる仲ではいたいなと。レニーは改めて思った。




