冒険者とモヤ
朝になると、身動ぎをして、アイリスが目を覚ました。
「おはよ」
「ふぁ……おはようございます」
目をこすりながら、アイリスがレニーにあいさつをする。そして瞬きをした。
「――あ、すすすいません!」
ざっと離れて、立ち上がるアイリス。レニーは軽くなった肩を回した。
「寝れたかい?」
「は、はい。おかげさまで」
顔を赤らめて、両手を合わせる。レニーは特段気にせず、立ち上がった。
「ま、お姉さんのことは任せなよ。どうにかするから」
レニーがそういうと、アイリスは笑みを浮かべた。
「――はい」
○●○●
デイリスと共に、アイリスを見送り、帰路につく。今日は休日であった。軽く食料を買って、家を目指す。
道の真ん中で、男がひとり。
立ち塞がるように出てきた。デイリスの表情が明らかにこわばり、そして、レニーはデイリスの前に立つ。
男はガタイが良く、目つきが鋭い。レニーを睨むように見下ろしてきた。
「デイリスさん。その男は」
「――妹の友人です」
「恋人じゃないんだな」
言葉に圧がある。ほっとしたように息を吐く男と対照的に、デイリスはレニーに隠れる。
「話がしたいんだ。デイリスさん」
「悪いけど、こっちは何もないの」
「少しでもいいんだ、頼む」
付きまとっていたのはこいつだろう。レニーはどうしたものかと、考える。デイリスに視線を向ける。明らかに怖がっていた。
「悪いが、彼女はキミと話したくないらしい」
レニーが口を挟むと、相手は眉間に皺を寄せる。
「きみは関係ないだろ」
「キミ、店を利用禁止になったのに関わってきただろ。だからオレがここにいる。要は男払いだ」
相手は痛々しい表情を浮かべる。
「どうして、そこまで」
「わからないか」
「あぁ、わからないね。きっとこれは、誤解なんだ。話せばわかる」
「……そうか。なら、キミの言い分とやらを聞こうか」
買い物袋をデイリスに渡しながら、レニーは相手を警戒したまま、話を続ける。
「……俺には金がある。デイリスがあんな仕事しなくてもいいように、養っていけるんだ。絶対に幸せにしてみせる」
「わかりやすいやつでありがとう。今の一言だけで、もうキミの価値はこれっぽっちもないってわかった」
「何……?」
「キミの価値はゼロだ。わかったら帰れ」
手を振るレニー。
「デイリスさん、そいつはなんなんだ。急に現れて、好き勝手」
デイリスに向かって文句を言いながら相手が歩み寄ってくる。手が伸ばされて、レニーはそれを弾き上げた。
バチン、と。音が響く。
「どけ」
「狂人に付き合わせるつもりはない。痛い目見たくなかったら――」
殴られた。横に殴り飛ばされ、地面を転がる。
「レニーさん!?」
悲鳴に近い声だった。周りがざわめく。
視線を動かす。相手は、気まずそうにレニーから目をそらしている。
「――平気だ」
レニーは立ち上がる。殴られた頬を拭い、砂利の混じった唾を吐く。
――痛かった。
「キミ、仕事は何」
「パン屋だ。その前は……冒険者」
「へぇ。等級は」
「カットルビーだ。もう何年も前の話だがな。だからもう、資格はない」
「右脚の怪我が原因かい?」
相手が右脚に視点を落とす。
「わかるのか」
「膝の動きがぎこちなかったからね」
「あぁ、そうだ。こいつが原因で引退した」
即答だった。
「嘘だね」
「……は?」
「キミは今首を振った」
首を指さしながら、レニーは言う。
「頷かなかった。言葉とは反対の動きだ」
「だからなんだ」
「体は無意識に動く。本音が出るんだ。だから、嘘だ」
視線がきつくなる。
「だったら、何だってんだ」
「何も? ただ、モヤモヤしてるならとっておきの解決方法がある。オレはルビー冒険者だ。で、キミは元カットルビー」
ぴくりと、相手の眉が反応する。
「オレはならず者だ。で、キミは何だった?」
「戦士だ」
「なら、こうしよう」
己の拳を自分の手に叩きつける。
「喧嘩をしよう。もちろん殴り合いだ。身体能力だけで争うなら、キミの方が有利なくらいだろ。オレが勝ったら、何も聞かずに諦めろ。キミが勝ったらデイリスさんに話を聞いてもらう。いいかい?」
相手は戸惑っているようだった。レニーを殴った手を見て、それからデイリスを見る。
「デイリスさん」
レニーが呼びかけると、デイリスがレニーを見る。
「いいよね」
「でも……」
「こいつが一番平和的だ。グダグダするより良い。女の前で恥をかけば、出てこれないだろ」
「あまり、無理しないでね」
レニーは頷いて、相手に向かって言う。
「人気のないとこでやろう」




