冒険者と運命の人
襲ってきた男は憲兵に突き出された。殺人未遂だ。しばらく出てこないだろう。
髪を染めて、バレないように利用していた頃とだいぶ雰囲気も変わっていたらしい。
店の中には女性を守れる戦闘ができるタイプの従業員もいるが、真っ先に動けたのがレニーだった。
接客中に酔ったりして横暴になる客がいても今回のタイプは今までにない。
オーナー室でレニーとデイリスはオーナーと向き合っていた。
「今回はうちの子を助けてくれてありがとう」
「いえ、ついでです」
「追加の報酬を払う。色をつけよう」
「ありがとうございます」
賊でもないただの暴漢相手に稼げるのなら大歓迎だ。
「今日の閉店だ。デイリス、レニーを癒やしてやれ」
「えっ? わたし?」
「少し疲れていそうだ。ここの設備使ってもいいから」
「いえ、オレは平気ですけど」
オーナーから肩を叩かれる。
「少し肩の力を抜いたほうがいいぞ。さ、出てった出てった」
オーナー室から出される。
レニーはデイリスと目を合わせた。
「えと……好きな服とかある? セクシーなのでもいいよ?」
「落ち着かないから普段着で」
「わかった。じゃあお店のテーブルでちょっと休憩してから帰ろ? あそこのソファ、下手なベッドより寝心地いいし」
オーナー室を見る。
「まぁじゃあ、よろしく」
座って休めばそれでいいだろう。
○●○●
店のソファでくつろぐ。長時間座ることを想定されているらしいそれは下手をすれば眠れてしまいそうだ。
「おまたせ」
デイリスが普段着でやってきた。
「隣、座っても」
「どうぞ」
隣に座られる。
「ちょっと寝ようか。ほら膝かしてあげるから」
トントン、と膝を叩きながらデイリスが提案してきた。
「このまま軽く休めば平気さ」
並んで座ったまま、会話を続ける。
「お姫様を守った素敵な殿方へのご褒美です。うちでくつろげてないの、わかるんだから」
レニーはデイリスの家で寝泊まりを続けていた。家を襲撃されぬようにだ。二階建てで、寝室は姉妹揃って二階だった。レニーは一階の入り口近くで眠っている。単純に侵入者に気づくためだった。
「休憩時間はほぼ寝てるし……」
休憩のタイミングはデイリスと同じだ。流石に店で休憩時間ともなれば安全だ。レニーはその時間にも寝ていた。
「リラックスしよう、ね?」
「ここでリラックスって言ってもねぇ」
「やっぱり彼女さんいるの?」
「いない。告白はされた」
「へぇ〜、もしかして保留中?」
興味ありげに聞かれる。フリジットとルミナから告白されたときのことを思い出す。
「断った。けどまぁ、保留中みたいなもんかな」
「じゃあ私も保留組に入れてもらおうかな。なーんて」
「報われない組だね。誰かと一緒になるつもりはない」
きっぱり言うと、デイリスは身をぐっと寄せてきた。肩がぴったりとくっつく。
「どうして?」
手を重ねられる。
「気持ちに答えられないから。ソロ冒険者として生きてきて、誰かと一緒になるなんてそんな想像できないし、いられる気がしない」
「覚悟がないと」
「そういうこと」
笑われる。
「同じね」
その言葉は、短いながらもひどく重いように感じた。
手を握られる。指を絡めて、そうして強く、優しく。
「温かいでしょ?」
「人だからね」
「あなたの手は冷たいよ。寂しがってる」
身を寄せられる。不思議と不快感はない。花のような甘い匂いと、人の温かさだけがあって、少しだけ安心してしまう。
「――ねぇ、運命の人っていると思う?」
「誰かしらにはいるんじゃない」
「自分にはいない、みたいな言い方ね」
レニーはすっと、息を吐く。
「さっきも言ったけど、オレ冒険者だから」
繋がれた手に、視線を落とす。
「ふたり、告白してくれたんだ。オレにはもったいないくらいの子たちで、凄く嬉しかった。オレはそれでも無理だった」
「選べなかったの」
「そう」
「ふたりとも選んじゃうのは?」
首を振る。
「オレが豪傑ならしたかもね」
「真逆に見えるわ」
レニーの中身は変わらない。空っぽのままだ。本質を憎んでも、恨んでもどうしようもない。変えられない。
「ふたりとも受け入れてくれたんだ、オレの在り方を。それで、救われたと思ってる。でも、救われたのはオレだけだ。オレじゃ、彼女らは」
「もう救ってるよ」
レニーの言葉を遮って、デイリスは断言した。
「救ってる。受け入れてくれたっていうのはそういうことだから。どういう結果になろうとそのコたちは、あなたのこと愛してるだろうし、大事にしてくれるよ」
「報われないだろ。オレがこんなんだと」
「報われてるから、恋をしたんだと思うよ。そのコたちは。だからあなたはあなたでいていいの。そのコたちに甘えたままで、あなたはいいの。甘えていいの」
握っていない手を、手の甲に添えられる。
「優しい人は手が冷たいの。心が温かいから、誰でも温めちゃって……自分の手が冷えてることに気付かないの。本当は自分も寂しいのに。温めてばかりだから、温められることがわからない。実感できない。受け入れられない」
「オレは、優しくない」
言外にただの迷信だ、と。レニーは否定する。
「特別じゃないからね。でも、周りは特別に感じてるよ。わたしも、ね」
返答に困り、黙ってしまう。
「わたし、この仕事やめたくないの。誰かの孤独を埋めるのが、助けになるのが好きで、嬉しくて……ここなら男の人も、女の人も、支えられるから。でも、ずっとは支えられない。わたしが好きなのは、辛さを取り除くことで、その人を愛することじゃないから」
「……似てる?」
「そう。似てるから、嬉しいの。周りが愛を囁く中で、孤独を囁やけるのって、とても素敵なことで、とっても安心できるから」
だから。
「あなたにも、安心してほしいだけ」
「……ありがとう」
どう返せば良いかわからず、ひとまずこちらを気遣ってくれたことに礼を述べる。
「どういたしまして」
デイリスはニッコリと笑った。
「実を言うとね。運命の人って言葉嫌いなの」
「よくわからないけど、あこがれるものじゃないの」
「だって、数年くらい早くあなたに出会ってたら、たぶん運命感じちゃってるもの」
さらりと言われる。
「その瞬間じゃないと手遅れになるなんて、運命っていう言葉は残酷じゃないかしら」
「まぁ、そうだね」
「わたしは好きに生きたいもの」
きっとデイリスも、そしてレニーももっと上手い生き方はあったのだろう。ただ、それができるほど、互いに賢くいられたわけではなく、大人しくできたわけでもないのだろう。
正解というのがあれば、良かったのかもしれないが。きっとそんなものがあるのだとすれば、さぞや苦しいものに違いない。
レニーは静かに目を閉じる。
「少し寝てもいい?」
「えぇ。どうぞ」
思考を投げ捨てる。
こたえの出ないものは考えなくて良いのだ。それはレニーの仕事ではない。
手にある温もりが、レニーを簡単に眠りに落とした。




